140 海は広くて大きいからいつも想定を超えてくる
どうぞ。
プロミナの方で戻ってくると、みんなは調べものをひと通り終えたようだった。攻略サイトは私も見たけど、ひとりだと限界がある。五人で意見を交換できるのは、すごくありがたいことだった。
「呪符はひと通り作れるのでしょうか? ネットの情報そのままでも強そうなものが、いくつかあったのですが」
レーネが見せてくれたのは、〈呪符・惹目〉と〈呪符・末護〉を組み合わせた魚、敵の注意を惹きつけて一撃だけ受ける〈夢現・調兆王〉のレシピだった。さっそく作ると、縦に幅広いけどちょっと丸っこい折り紙の魚ができる。
「……どういう場面で使うんだろ」
「注目を瞬間的に強く引き付けるので、敵の強い技をぜったいに避けたいときなど、でしょうか。HP爆弾を使うなら、それなりに確保しているのでしょうけど……受けてしまえば、そんなに強くはないのでしょう?」
「ん、確かに……」
めちゃくちゃHPが多いから、受けてもいいやと思っていたけど……考えてみたら、装備できる防具が少ないから、耐性や一撃のダメージの数字はちょっと怪しい。出すタイミングにもよるけど、いくつかは確保しておいた方がいいかもしれない。
「魚以外もけっこう強いみたいだねぇ。この〈藍餐互〉とか〈階量凍血〉とか。そのわりにはって感じだけど……まあ当然っぽい」
「どういう感じ?」
「HP吸収とか、敵のHPが減ったら凍らせるとかだよぉ。減らせないなら意味ないし」
「そういうことかー……」
同じように攻略サイトを開いてみると、〈階量凍血〉は「敵のHPが三割以下にまで減ると凍らせる。設置した数に応じて、追加で氷属性ダメージを与える」と書いてあった。補助的な役割だから、そもそも減らせないと意味がないみたいだ。
「湿地帯は歩きにくいので、問題なく戦えるだけで有利なのですぞ。しばらくは、そのアドバンテージを活かしてやってみてはどうでしょう」
「素材集めてから、ってことだね。〈薬師〉に使えるのもあるかもだし」
そういえば、とレーネは宙を見た。
「浜辺でいくつか地震や大波が起こったそうですが、何か知りませんか?」
「地震は知らないけど……や、ナマズいたなぁ。死ぬほどおっきいやつ」
「死ぬほどって、どんだけなのよ」
「五十メートルくらい? 体力めちゃくちゃ多くて……八十万くらいかなー。ほんとに焦ったよ、怖かった」
「倒したんだ……」
一人で倒すには、体力が多すぎる敵だった。
「湿地帯のモンスター、どれも食材に使えるらしくって。いつものほら、あの陣営って食事にはめっちゃお金出すんでしょ? こっちでも儲かるよぉ」
「いいこと聞いた! フィエルの方でも、またカード使わないとね」
カードに封印したモンスターは、時間が止まった状態になっている。料理人やその系統のジョブで倒すと、より品質のいいアイテムが落ちるようで、「スヰートパレヱド」の人にはお願いされていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
たくさん作った呪符の折り紙をかごに入れながら、私は沼地に出た。
ついついとゆっくり尾びれを動かしながら、静かな潮風が吹く湿地帯の草原を渡る。浜辺にはゴミが多めで、ビーチというにはちょっと良くない状態らしい。そんなゴミの中にもいろいろ混じっているから、ボランティアではなくアイテム目当てでゴミ拾いする人もいるそうだ。
「そういえば、鶏ってトカゲから進化したんだよね。ワニもカエルも食べると美味しいっていうし……ナマズも美味しかったし」
養殖も天然も、スーパーにけっこうよく並んでいる。ギルドホームの倉庫にいろいろ収納しておいて、サーを呼ぶときに料理をいっぱい入れよう、と計画を立てて……水面がちょっとだけ動いたのを確認する。
「エサだったっけ。ていっ」
オタマジャクシ素材はグロかったので、【ひどい手癖】で変換するかインベントリから掴まずに投下することにした。寸詰まりの足がボチャンと池に落ちると、ざぷんと飲み込まれて消えてしまった。
「む。エサ取り名人か!」
釣りの話題で出てくる、釣り針からエサだけ取っていって釣れない魚のことだ。世の中には頭がいい魚がいて、針に気付いて「その手に乗るか!」とばかりにエサだけ抜いたり食いちぎったりするそうだ。まさかこんなところで、と思いつつ、オタマジャクシ素材を実体化してインベントリから落とす。今度は尻尾、目玉と目を逸らしたくなるグロさのアイテムがぽちゃぽちゃ落ちていった。
でっかくてヤバい顔の魚が、何匹かやってきてエサを突っつき始める。警戒が薄くなったかな、と思ったタイミングでカジキをぶつけて、瞬殺する。しゅわっと消えた同族に、魚たちはかなりの速度で逃げるけど……三枚を連ねた〈呪符・槍突〉のスピードにはギリギリで敵わない。しっかり倒せたな、と思ったところで、ゆーっくりと泳いでくるものが見えた。
「……ワニ?」
アニメかドキュメンタリーで見たような、水面からちょっとだけ出た目が、すいーっとやってくる。先手必勝、とカジキをぶつけてみたけど、なぜかバシュッと音を立てて消えてしまった。そこで、その形に気付く。
長い首と小さめの胴体、縦長の尻尾。どう見てもワニではないし、魚でもない。どちらかというとトカゲに近いような……たぶん、竜だ。
「なんでこんなのいるの……!」
誰に向かって怒っているのか分からないけど、ちょっと怒りが出てきてしまった。いくらなんでも、固定ダメージで倒す敵ではない。この間のナマズより弱いだろうな、と一瞬だけ思ったけど、砂地に上がった竜はものすごく大きく息を吸い込んで、全身をぶるぶるっと震わせた。そして、吸った息を吐きだす……潮風の匂いを含んだ、霧状の息だった。
光る。
「えっなに……」
ババァンッッ!! と――すさまじい電撃が、目を焼いた。
「海焔竜」
海やその付近にいる竜の一種。【賢者】の一陣営「懐疑の杜」によると、ワニから進化した爬虫類に分類できるものと推測されている。水魔法・風魔法により超高速航行を可能としており、魔法使用時は毎時60ノット(時速110㎞程度)で泳ぐ。……のだが、これはあくまで補助的なものにすぎず、真の脅威は身体機能にある。
きわめて特殊な筋肉組織を持ち、大きく震わせることで体外へ大電流を放出する能力を持つ。それに加え、大電流を空中に伝達するため、塩分を含んだ霧を口から吐き出す能力をも兼ね備えている。轟音とともに船を襲い、船の外から火事を起こすため、船乗りにはひどく恐れられている。これはあくまで生体組織による能力であり、かれらの習得した魔法とはいっさい関係ない。つまり、成長すればさらなる大電流、そして異なる魔法を習得した個体が現れる可能性もある。
どう見てもラギアクルスだって? いやそりゃ、「生物学的に説得力のある爬虫類モンスター」はあっちのお株だし、どうやっても同じになっちゃうんだ……カッコいいので大好きです、とくに亜種(自白)




