138【魔王の道化様に挑みますわ!!】いきます(3)
どうぞ。
振るうたびに、外枠だけを書いたアニメーションのようなメイスが伸びる。ボールはかんたんに弾かれ、カードも吹き散らされていた。モンスター相手に苦戦したことはある、と言っていたフィエルが、初めて人との戦いで苦戦している……とても珍しい光景だった。
「ふーむ。あの解、恐ろしいものですなー……」
「ほぼ〈ギガントスケール〉だねぇ。しかも瞬間的なヤツ」
貴賓席にいる「水銀同盟」の面々と、「NameLLL」のサブマネージャー、そしてもう一人のメンバーは、二人の決闘を見守っていた。
「なんというか……超次元バトルよね」
「あれ人間なんですか? 中身、格闘家用のハイエンドAIだったりしません?」
「あれが〈ラフィン・ジョーカー〉です」
「さすが、よそに聞こえてくるだけありますね」
異名や別名は、界隈でしか通じない。略称がよそへ漏れるのがせいぜいで、身内ノリが外へ出ても通用することはほとんどないが……「白バニーさん」という通称ばかりが流布していたため、「フィエル」というキャラネームはあまり知られていなかった。
そして、配信アーカイブの残った時期と、再生数が伸びた時期がそれぞれ違うことに問題があった――「魔王チャレンジ!」は四月中旬、「ブレイブ・チャレンジャー!」は四月末。そして、今回のコラボ配信はゴールデンウィーク後である。コラボ以前にもアーカイブはよく再生されていたが、高評価率が高く、おすすめに先に挙がったのは直近の「ブレイブ・チャレンジャー!」のもの、そしてフィエルVSディリードという〆のハイライトを切り抜いた動画であった。
そのため、新規視聴者には「フィエルが「白バニーさん」もしくは〈ラフィン・ジョーカー〉と呼ばれていること」「『ストーミング・アイズ』には〈ラフィン・ジョーカー〉という猛者がいること」だけが強く印象づけられた。歴史ある大手バーチャルタレント事務所「NameLLL」の視聴者にも広まったそれは、各種掲示板やまとめサイトにも取り上げられている。
「辻映りしてこっちの知名度上げてね、とは言ってたんだけどぉ……ね?」
「ゲームの方で、すでに百万再生を突破した方がいらっしゃるのは好都合でした。そちらとつなげた時点で、ある意味で勝ちです」
明らかに不自然な挙動で、フィエルはメイスを避け続けている。合間にハットで作った異空間や、剣から飛ばしたオーラでダメージを与えているため、どちらかといえば優勢ではあるのだろう。勝つことはできるのだろう、しかしカメラに誓った約束を果たせるとは思えない。
「あの解……必殺技でしょうか。あれが強いというのは?」
「打撃力には遠心力も含まれます。単に大きくなっただけなら別ですが、威力も上がっておりますなー。何より、手に衝撃が伝わっていない」
「す、好きに振り回せるってこと!?」
「そうだよぉ。殴るときいちばん問題になる、相手の硬さが関係ないってこと」
ひたすらにメイスを振り回しているだけの行動から見ると、支払っているコストはMP、それも長時間継続するものだろう。武器を使い捨てにするか、HP半減でもなければ、とてもつり合いが取れないほどの強スキルである。
「それで、あの動きは……?」
「高速移動するスキルと、反射神経の合わせ技ですぞ。すごいでしょう」
「すごいんですけど、よく頭がついていきますね」
「あれは才能です」
古のオタク口調を無理やり作っているとっこからも、それが抜け落ちるほどの……ほかとは隔絶した“本物”。競技選手としてそれほどのスコアを残していなくても、飛翔物の落下地点を反響定位で読み取ったり、片足立ちの不安定な姿勢で手足の両方を使ってお手玉をし、軸足を払う蹴りや射撃を跳躍やその場の回転で避けたりといった……化け物じみた挙動は、人の限界に迫っている。
「けどあの人の動きって、格闘とかじゃないような」
「新体操だよぅ。最近、足をきれいに見せたい! っていって、蹴りの練習してたけど」
動きは格闘技のそれではなく、美しさを優先している。実用性こそないが、制動を〈アクセルトリガー〉に任せているため、動き自体にそれほど意味はない。
「カードは使わないんですね? あれほど便利そうだったのに」
「闘技場は、アイテム消費が禁止されておりまして……補給できないのです。あのへんな動きにも使っておりますので、あちら専用にしたようですな」
「なるほど。思ったより、遠距離攻撃はできないんですね」
「あのステッキ、実はほぼ見かけ倒しなんだよねぇ。って言ったらなんか撃ってきそうだけど」
フィエルが習得している魔法はほとんど初級で、唯一スクロールで習得した〈スパイラル・ブレーザー〉が中級か、という程度である。配信によく映る〈リンクボルト〉はとても強く見えるが、最低でも三十以上の連鎖で威力が底上げされているだけで、基礎威力はそれほどでもない。
「動きが!」
「解の効果、切れちゃったんだ!」
スキルを保持するためのMPが尽きたか、効果時間が終わったのか――外枠だけ書いたアニメーションのようなものが消失した。ハットを掲げると現れた空間の裂け目が、いちごの体へといくつも広がっていく。物理的強度により破断こそしないものの、魔法としてのダメージはあったのか、少女は裂け目を勢いよく破壊する。
切りかかった分身を一撃で粉砕し、もう一度大回転する特技を使って斬撃波を打ち砕くが……それが最後の足掻きになった。界隈では「I字開脚」と呼ばれるような、足を百八十度上げた蹴りが、メイスを高々と弾き飛ばす。
「なにあの蹴り!?」
「原理上、VR世界なら男の人にも「股割り」、百八十度の開脚はできるのですがー……なかなか、そうもいきませんので」
できると信じ込むか、VR世界の挙動を完全利用するかでもなければ、「現実には不可能な事象」を実現することはできない。股関節の柔軟性を信じるには、それができる特技を使うか、VR世界での訓練によってそれら技術を習得するほかにない。
かかと落としと回し蹴りが続き、落ちてきたメイスを掴んで横腹に叩きこんでから、のどにアッパー気味のつま先が食い込む。吹き飛んだモノクロの戦士が、どさりと地面に倒れ込んだ。
歓声と悲鳴が入り混じった混沌に、道化は一礼した。
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