132 歯車:推進は空気を切り裂く速さで
※今日はおっさんしか出てきません
どうぞ。
今のところ最新のゲームである『ストーミング・アイズ』の運営会社「星見遊戯場株式会社」、本社ビル二十三階の会議室にて――広告部門配信課長と、他社マネージャーたちが話し合っていた。
「では、そのように」
「どちらにとっても良い話になるかと。よろしくお願いいたします」
バーチャルタレント事務所「O-Level」「NameLLL」との契約成立。揺城弘は、ほっと胸をなでおろしていた。
「じゃあ、お互いの推しの話をしませんか!」
「おっ、いいですね! 揺城さんもどうです?」
「ああ、いや。私は妻がいちばんでして。娘も可愛いんですが」
「おー。羨ましいなあ、じゃあじゃあ聞かせてくださいよお」
小太りのマネージャー、「O-Level」の大井洋は楽しげに言った。
「料理上手で、いつでも笑顔で迎えてくれる妻です。少し、あれですね……ヤンデレ気味と言いますか。そういうところもあるんですが」
「リアルじゃ初めて聞いたなあ! ちょっと、想像できませんね?」
妙に声の大きい宵待朝日は、大袈裟に表情を作った。
「あはは……あまり表で言えることばかりじゃありませんが。傷が消えないほど噛んだり、まあ、……そのくらいかな」
「傷が」
「ここにね。一生ものです、私は気に入ってるんですが」
「ははあ、染まってますねえ!」
彼女も精神的な成長を迎え、二児の母としての安定期を経て落ち着いた。何より、一度しかなかったことを蒸し返しても仕方がない。DV被害者もそうして洗脳されるのだ、と言われてしまえば反論はしにくいものの、彼女が別のところにまた噛み痕をつけようとすることはなかった。
「うちはねえ! やはり看板の宮島朔牢ちゃんですかね! もう本当にね、ファンを捕らえて離さんのですよねえ!」
「あー分かりますね、本当にかわいい。しかしだ、こちらの「あくありうむ」も負けてませんよ。あれは本当にいいチームで」
バーチャルタレントの歴史は長い。VR世界が生まれる前から、アバターと同一化する技術は発展を続けに続けていた。「O-Level」は最古参に近く、去年で創業八十年を迎えている。それ以前から存在し、歴史をともに過ごしてきたゲーム配信という文化は、お互いにとって良い化学反応を引き起こす。
「どうしました揺城さん。ヒロシヒロシの仲でしょ、悩みくらい聞きますよ」
「はは、歴史ある事務所の方にそう言っていただけると、助かりますね……」
どちらも独身らしく、仕事に命を捧げる仕事人間である。家族の悩みを言っていいものか、と一瞬は考えたが……他人に話してみて、事態が暗雲に覆われることもあるまい。わずかな時間に巡らせた思考で、彼は悩みを打ち明けることにした。
「娘にもね。妻のヤンデレが遺伝しているようでして」
「ほほう! ふむ、……うん? どうやってそれが分かったんです?」
「娘が出演した配信で、すこし。気になるところがありまして」
「器質的なものでもないだろうし、真似するほど見ることもなさそうですがねえ」
愛情深い性質、あるいは依存体質と分類できようか。事例が少なく、そもそも受診なり症例が残るなりすることもなかろうと思われるそれは、はっきりとした分類がなされていない。ゆえに、なぜ母から娘に受け継がれたのかも不明である。
「あの、目の……色は。同じでしたね」
地元の夏祭りで再会した、高校時代の知り合い。その程度の仲だったはずだが、同級生には「そもそも男女で仲いい時点でよ、はよくっつけ案件だろーぜ」と一笑に付された。ぐっと美しくなった彼女に揺らいだが、大学が遠いことも、部屋に人を招けるほど掃除が行き届いていないことも、素直に告白していた。苦笑する少女は、その瞬間にぱっと明るく照らされた。一瞬前の大人びた表情が噓だったかのように、彼女は花火を指さしてはしゃぎだした。
花火を見る横顔がこちらを向いたとき、瞳の奥にとろりとした妖美が……何か異様な紫色がのぞいたように感じられた。理性に入った亀裂に、細い指がするりと入り込んできたような気がした――関係は、収まるべきところへ収まった。
「はあ、惚気ますねえ……! アツい! これだけ愛情深かったら、奥さんも幸せでしょうねえ!」
「いやすごい、なるほど推しの話で妻と言い出すわけですね」
――だからこそ。娘のゲーム内アバターが、あの日見た妖美と同じ……よりにもよって右目に、イナズマ模様の入った紫の瞳を使ったことに、ゾッとした。きっと、“そう”ではないと……娘たちの配信をチェックしたり、妻とテレビを見たりしながら考えていた。否、頑なに信じ込もうとしていた。
「……ああ、寄ってくる男の質が気になると? それはまあ、弊社も心配が尽きないところですがね……コラボ先に注意しなけりゃならんのは、もはや宿痾ですね。娘さんですと、もっと心配でしょう」
「やめてください、その話題は! 我々業界人が言い出すと、愚痴が止まらんですよ!」
「いや、申し訳ない。お話がまとまったところで、そちら側のタレントさんのことを……できる限り簡潔に、お聞きしてもよろしいでしょうか」
もとがオタクでなかったサラリーマンがハマった結果は、推して知るべし――そう、“推して”こそ分かることがある。すさまじい熱量は、ある程度抑制しなければならぬ。そのことをよく分かっているのだろう、事前にまとめた資料が取り出された。
「もちろん! まず大看板の「あくありうむ」の面々ですね、それから「カイエンズ」と「てらりうむ」にも参加希望者がおりまして」
「ああ、語りたい! まずは「シェイズ」に「ウィスプ」、「やかんげんきぶ!」もですね!」
やはり長くなりそうである。今夜の「あそびばー」も観られないか、と……弘は笑顔の二人の話を聞き続けた。
要するに:今後は本職のVさんたちも来る
私はVtuberとかのことはあんまし知らないので、どこの事務所がどうとかは知りません(無能)。知ってもあんまり得しない気がしてね……でも確かホロライブが海モチーフって聞いた気がするんで、古豪ということにしておきました。正しく時代考証すると、最低でも2096年以降なのか……




