131 バベル手繰る……前に美味しいものデートする
やりたかった内容とまったく違う内容になっているので、三章のタイトルを「3章 最強だいすき! お姉ちゃんバトル!!!」から「3章 噴血いと烈しきは生まれ出ずる折の」に変更しました。ご了承ください。
どうぞ。
兄と義姉の里帰り最終日、私と義姉――揺城緋魚璃は、デートしていた。二人でお出かけすると、だいたいそういう感じになる。ぎゅ、と鳴ったソファーの音を聞きながら、フォークでくるりと鯛を巻き取って口に入れる。義姉は優しい顔で口を開いた。
「配信観てたぞ、アカネっち。あすたーらぶりーだったね」
「アスターって、ヒナギクだっけ」
旨味とスパイシーが交じり合ったカルパッチョソースの香りが、言葉とともに抜けていく。はしたないこと考えちゃってるな、と思いつつ、ざらりとした舌触りといい感じのしこしこ感を楽しむ。
「そー、薄紫の小っちゃい菊。かわいいのだ」
「かわいいよね。なんか勝手に色変わってた」
過ごそうと思えば一日過ごせてしまう大型のショッピングモール。ファミレスよりちょっと高い、洋食なのかイタリアンなのか分からないお店で、赤身と白身が混じったカルパッチョと、カニのパスタを食べている。
「アカネっちは、自分で配信しないの?」
「んー、私は二人ほどそういう才能ないし……」
「そうなんだ。まぁ、見に来る人いても楽しんでもらえなかったら、だもんねえ」
「そう、そうなんだよー……」
配信は、誰かに見てもらう前提でやることだ。あの二人みたいに企画を思いついたりもしないし、面白そうな絵面も作れそうにない。何かそういうネタがあればいいけど、毎度面白いことをできるか、と聞かれたら絶対にノーだ。
「ステージに上がったのに「つまんない」って言われたらおしまいだよー」
「それはそうかもねえ。アカネっちには絶対イヤなことだもんね」
競技選手だったけど、舞台に上がれたのは一度だけで、自分でもあの演技にはあんまり満足していなかった。だから、ゲームの中であってもたくさんの注目を浴びて、自分も楽しみながら誰かを楽しませられるのは、すっごく楽しかった。
くるくると巻いたパスタの、確かなコクのある香りが上がってくる。
「まーいいや。えんじょいぷれいんぐだから輝くとこ、あるかもしれないしー」
「かなー。ほんとに本気だと、わりと引かれてるみたいだった」
「本気……。あれのこと?」
「うん。体がしっかり温まって、いちばんいい動きしてる! って思ったんだけど」
ぎゅっと寄り集まったアルデンテをまとめて裁断する歯が、危うく舌を噛みそうになった。ほかのことを考えていると、やっぱり食事は牙を剥く。できるだけ落ち着いてもっきゅもっきゅと咀嚼し、キハダマグロの豊かな滋味を飲み込んでから考えをまとめる。黄色い照明と外の青空に照らされた薄めの赤身は、ものすごく緻密にまとまった虹色を反射していた。
準備運動、柔軟とスムーズに終わって、ほかの人が付けてるテーピングやサポーター類もぜんぜん付けていない私は、あのとき高校総体に出られた中でも、いちばん健康体に見えたと思う。その一瞬に輝くアスリートにとって正しいことなのか、その後何十年も生きる人間にとって間違ったことなのかは別として――やっぱり、真剣に練習をして調子を悪くしたり、わずかのケガを経験したりした人の方が、競技スコアはずっと高かった。
同じスポーツクラブのあの子……銀メダリストの烏野曖音選手は出た競技を総なめして、三位になった子が部内での最高順位だった。
あの日と同じくらい、自分の感覚と周りの評価がかけ離れていて、ちょっとだけ怖い。
「アカネっちは、あの二人とは違う感じなんだよねえ。すまいりんぐふぃーるず……自分だけの雰囲気を周りに広げてく。周りを全員呑み込んじゃうんだ」
「だから、解が結界系なのかな?」
「それはどーだろねー。解ってほんとに千差万別だし」
「敵も持ってたよね、けっこうすごいやつ」
よく見る〈アステリス・ランドドラゴン〉の解は、隕石があるどこかと空間をつなげる、ちょっと驚くような大技だ。フィエルの仮面が持っているあの結界も、配信のコメントではやたらとチート呼ばわりされている。
「だいたいの解、ほかのジョブとか武器のスキルでできちゃうことだからねえ。アンナっちの身体強化とか、自前なのと倍率高いのとで確かに強いけど、どこにでもあるよ」
「だよね……」
「だから、いくつも効果がある「複合型」とか、普通のスキルでできない「不可能型」はチート呼ばわりされちゃうんだよねえ。正直、言われてもしょーがない」
上級職でようやくできる結界の展開と、並立できない複数のデバフ。ひとつずつの効果量が低くても、種類の多さでカバーできるほど無法だ。言われてみて初めて意識したけど、考えてみればその通りだった。
お義姉ちゃん、と声をかけてちょっとまとめたカニの身を口に入れると、お返しに茄子とベーコンをもらった。
「ん、と。あのあすたーらぶりーちゃんの方はどう? 解、何か出てきた?」
「レベルは上がったけど、同じことしかしてないからかなー……出てこないんだ」
クラゲと鳥かごの仮面と、傘の仮面。きっと面白くなると思って生成してもらったけど、今は見た目だけだ。少し温度が変わってきた料理を静かに食べ進めながら、止められない思考に、ならばと栄養素を足していく。
「いろんな経験がしたいなら、陣営の人に頼るといいよ。ほんと、あそこはめちゃくちゃ面白い人がいっぱい揃ってるからね」
「サーフボードに乗ってギター演奏してる人とかいたよね。すごかった」
「んん? アザラシに乗ってぐらんどですとろーいしてる私たちはー?」
「すごいけど、なんか……よく分かんなかったかな……?」
敷いてあったタマネギとレタスも食べ終わって、料理がなくなる。
「一流の人だけと交流してても、見えないものがあるのだぜー。びるでぃんぐばべる……人は交流して初めて価値を得るんだから、ね?」
「んむぬぬぬ……やっぱり、人生経験が違うなー……」
ふふん、とドヤ顔している義姉と割り勘して、私たちは再びショッピングモールに繰り出した。
イタリアンとは不思議に縁がありまして、たまたま入った店がイタリアンだったり、今までに食べた一番高いものがイタリアンだったりします(七千円ちょい)。物怖じしないからいいお店に突っ込んで会計で蒼ざめるのだ。父の知り合いが経営する店がそっち系だったり、よく行く場所の近くにイタリアンがあったり。いやまあ好きだけど、そんなにあってもさ……また食べに行きたいですね(完堕ち)




