13 災王の鉤:愚者の一度目
どうぞ。
道行く人からの視線は生暖かい。もともと「NPCからの初期好感度が低くなる」とは書いてあったけど、想像以上だ。
人の意志は五つ、言ってしまえばどのくらい神様を信仰しているかに左右される。神話がきちんと伝わっているうえ、神の実在が証明されている世界だから、不信心はいわば国家反逆罪みたいなものだ。現実で言う、大統領のポスターに鼻毛を書き込むくらいで収まればいいけど、はっきりと敵対宣言をするのは危険すぎる。
意志でいう【常人】がいちばん多いせいか、国や街は【常人】のもので、【愚者】は歓迎されていないし【狂妄】はそもそも入れない――このシステムは、そういう理由からできあがったものだった。見た目でごまかせるのかどうかは分からないけど、白バニーもレオタードもぜんぜん見かけないから、街中にずっといる【愚者】はけっこう少ないのだろう。
ナビが終了した、とアナウンスが出た瞬間に「おっと」とにこやかな声が言った。
「玉華苑に植える花を買いに来たんだね。種と苗しかないけど、いいかい?」
「現物も売ってもらえるんですか?」
「大きなお店だと、そういうところもあるね。それで、何が欲しいんだい」
「えっとですね……」
ウィンドウがぱっと開いて、ずらずらっと商品が並んだ。見ると、チュートリアルにあったものとだいたい同じラインナップが揃っている。
「えっと。〈オオヤガシ〉と〈ヤイバアザミ〉、〈アマタチバナ〉と〈カタブキユウガオ〉と〈朽ちた倒木〉。を、まとめてください!」
「うんうん。だいじょうぶ、チェックリストを入力してくれればいいからね」
「あっはい」
「あはは、旅人はいいねぇ。システムになじんでない子がいると、らしいなって思うよ」
忘れていた〈シンフォニウム〉もチェックして、いっきに買う。ほんとうは木を買っても有利にはならないけど、木を植えるとキノコが生えたり、木の上に他の花を置けたりする。アンナたちが言っていた「木は二本植えた方がいい」というアドバイスは、木そのものではなくて、いろいろついてくるオプションを重視してのことだったのだろう。
「あっ、そういえば……【愚者】の人は賭けが好きなんだったね? 面白い木があるんだけど、買うかい?」
「面白いって、どんな?」
楽しげにスワイプされたまま、すっとこっちに飛んできたウィンドウには〈レイニーチェリー〉という名前が書かれていた。最初のチュートリアルで植えることができた、初期配布の木だ。
「そいつを植えると、〈魔王虫〉が出てきやすくなるんだ。庭がむちゃくちゃになるが、倒せばすごいアイテムが手に入る。試してみないかい?」
「うーん……? まおうちゅうって、虫ですか?」
「そうそう。基本的に、害虫はぜんぶ虫だからね」
「そ、そうなんだ……」
どっちがハジケているんだろうか、と一瞬だけ考えたけど、安定より不安定、順当より唐突の方がハジケに近い気がする。というわけで、植え替えはしないことにした。最初から罠が用意されているなんて、とは思ったけど、効果をよく読んでいなかったのがいけなかったのだろう。
「毎度ありぃ。何度でも来てくれていいよ、あんまり荒らされないといいけど」
「どうなんでしょう、【愚者】は危ないみたいですけど……」
意志アビリティのなかでも、デメリットが全然ないのは【賢者】くらいしかない。玉華苑に関するアビリティでも、害虫の警報が出ないだとかの不利なものがあったし、ランダムでアイテムを勝手に変換してしまうアビリティは、けっこうひどい。
「ま、楽しくやんなよ。そのうちどこかの【愚者】からお誘いが来るかもしれない……かれらなら、旅人も歓迎してるんじゃないかなあ」
「そんなのもあるんですね」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。期待しないで待つといいよ」
からからと笑う露天商に手を振って、もう一度〈玉華苑〉に戻った。五×五マスの両端に木の苗を植えて、真ん中あたりに〈アマタチバナ〉……たぶんミカンの仲間っぽい名前の小さな苗を植えた。重なる場所にユウガオも植えて、その近くにアザミも植える。地面に半分埋めるように倒木を置いて、だいたい完成した。
木を植えると「波濤」ダメージが発生するようになる……けど、「波濤」はHP依存だから、基礎ステータスがあんまり高くない【愚者】で〈道化師〉の私にはあまり意味がない。しかし、消費MPに応じた「光芒」ダメージを起動できるキノコは木がないと生えないし、根っこがない扱いの草は木にも植えられる。大型の木には、生命のゆりかごみたいな役割があるらしい。
「条件は、っと……日照/月照オッケーで、風通しもだいじょうぶ」
条件が合わないものはないから、うまくいきそうだ。無事にぜんぶ起動したみたいだ、と安心できたところで、お金を稼ぐ方法を考える――今のところ、カードを売るか強めのモンスターを倒しまくるかしかなさそうだけど、他に何かあるのだろうか。
お金を稼ぐにはと考えて、低コストで敵をたくさん倒せればいい、と思い至る。
「あれっ、けっこう無駄多い……?」
カードはけっこう威力が低くて、たくさん投げることでパワーを補っている。いくらでも作れるからお金はかかっていないけど、将来売れるものを変換しているなら、それも損かもしれない。
「むむ……壊れないやつでいっぱい稼ぐ方法、練習しないと」
街に戻ってすぐ、私は装備のことを思い出した……けど、先にお金を稼がないといけない。けっこうな数をまとめ買いしたから、他にいろいろ買い揃えるお金がなくなってしまった。ナチュラルにお金を使いすぎているところは、ちょっと【愚者】っぽいかもしれない。
流されてるのかなぁ、と思いつつ、私は門をくぐった。
〈レイニーチェリー〉
害虫アリ(甲虫・「魔王虫」類)・保有2マス(日照マイナス1)
4マス/地上3・地下3/ 日照3以上
性能付与:キャラの攻撃が「砕焔」を誘発する。すさまじい数の花と実が生るが、害虫だけでなく、王と称される虫たちまでもが訪れる。
其は揺籃なり。其は玉座なり。其は宝冠なり。其は魔剣なり。降誕せよ、君臨せよ、殄戮せよ。訪れるものこれこそが、平穏のまことの意義なり。
※レイニーチェリーが魔王虫を惹きつけることは明記されています。よいこのみんな、説明書はきちんと読もうね!




