127【超緊急!!!】例のあの人連れてきた【顔見せもあるよ】(1)
どうぞ。
自室にこもって何か作り始めたフィエル改めプロミナを放置して、シェリー・ルゥはゲームからログアウトし、メタバース「NOVA」のとあるプライベートルームに向かった。
大昔は、メタバース関連プロジェクトが立ち上がるたびに頓挫し、「ゲームでいいのでは」と語られたが……仮想世界が浸透するにつれ、国民的ゲームIPが一定の世界観的傾向を持ち、万民にとって受け入れるわけではないことが判明していった。そのため、いくつかのエリアに分かれた超巨大同時接続型VRスペースが設立されたとき、すでにゲームに飽きていた中高年層のVRネイティブが殺到した。
静かな洋館の廊下のような場所を、ゆっくりと進む。そして、突き当たりにある大きな扉を押すと、沈むように開いた。
「やっほぅ。どうしたの、聞きたいことがあるって」
「フィエルのことなんだけど」
「なに。そんなに気になること、あった?」
「……うん」
たてわきサフォレ=「アンナ」が立ち上げた「水銀同盟」は、彼女を中心として集まった五人である。そのため、サフォレとのつながりはあれど、それ以外の三人とは知り合いではない。ある程度有名なとっこのことは知っていても、新体操選手であったというフィエルのことも、どこかの道場の跡取りであるというレーネのことも知らない。当然、ちょっとした中小企業の社長令嬢であるシェリーのことも、誰も知らなかった。
「あの子、たまにおかしくならない?」
「私たちの中に、常識人っているのかなぁ」
「私はわりと常識あるんじゃないかしら」
「んー……たしかにシェリーがいちばん普通だよねぇ」
先日の配信の切り抜き動画で、もっとも再生数が伸びていたシーン……エンターテイナーであろうと心がけているフィエル=〈ラフィン・ジョーカー〉が、急にコメント欄をまったく無視して大笑いし始め、“弓取”を執拗な攻撃で追い詰めた箇所があった。
「あれ、ネットだとバーサクモードとかジョーク抜きとかアガリとか、いろいろ言われてるけど……演技じゃなかった気がするの」
「あの子もいろいろ抱えてるから。爆発するときって、あるのかもねぇ」
いじめの加害者を倒しに行ったときの表情は、見たこともないものだった。それ以上の暴走を引き起こしたあの感情は――なんと名のついたものなのか。
「えっとね。ほぼ妄想なんだけど、聞いてくれる?」
「うん、いいけど。身近にいる人だし、思ったより当たるんじゃない?」
つい「アカネ」と本名を漏らしてしまうほど、二人は仲がいい。「燃料」や「太陽紅炎」をもじって名前を付けるほどなのだから、実際に赤あるいは炎を思わせる名前ではあるのだろう。その彼女が言うことなら、ある程度以上の説得力を持っていても不思議ではない。
「あの子、人との距離感バグってるんだよぅ。私が今の家だと養子なのは、もう話したんだけど……お義兄ちゃんお義姉ちゃんとは、最初ちょっと距離あったんだぁ」
「それはそうでしょ。というか、義理の両親になる決断ってすごいね」
自分の両親が、おかしな親が原因で苦しんでいる子供を引き取って、家族にするかと問われれば……おそらく、そこまではしないだろう。児童相談所への電話や、その他の働きかけこそ行えど、自分で育てる決断まではするまい。思春期の少女ならなおさら、である。
「でもあの子、最初からいっしょにお風呂に入ったり、二人の部屋でもいい感じの距離感保ってくれてたり、だったんだよねぇ。たぶんだけど……」
いったん途切れた言葉は、やや深刻そうな表情から放たれる。
「好感度のメーターが、一瞬で振り切れちゃうんだと思うよぉ」
聞こえた言葉に、その表情の意味が分かった。
「え、……? じゃあ、」
「かも」
主語も述語も省いた、日本語の文章としては何の意味も持たない言葉。しかしながら、サフォレとシェリー双方に、その意味は完全に通じていた。
「まずい、わよね。あの子が「銘菓ラヴィータ」と配信したとき、モデレーターさんが愚痴ってたって言ってたじゃない」
「そうなんだよぅ。「水銀同盟」って、「たてわきサフォレ」が集めた女の子たちってことでプロデュースしてるから」
百合だと公言している少女が集めた少女たちが、必ずしも“同じ”である必要はない。しかし、視聴者にはある程度、そのようなバイアスがかかる。いちばんのお気に入り、同居する家族だと明言されている少女が、もしも。
「……これ、本人に釘刺しといた方がいいんじゃないかしら?」
「あの子、コントロールできると思う? できるだけ、表に出さないようにするしかないよねぇ……最近目立たない服も買ったって言ってたから、それを」
何かコールがあったのか、サフォレは耳に手を当てた。
「え、あーちょっとそのことで今話してて……は?」
「どうしたの、サフォレ」
配信、今から、と――少々混乱したような、怒ったような表情のサフォレが言った。
『こんばんはー。ごめんねぇ、緊急で配信回してるの。ほんとに緊急』
『例のあの人を連れてきたと聞いて』『緊急すぎん?w』『いったい何があったんや』『アーカイブもっぺん観に来たら配信しててビビった』『例のあの人って誰?』『なんか表情固まってないのがガチで緊急感ある』『なになにどうした』
コメント欄も混乱している。何より、先に就寝したレーネと、話題の中心であった彼女が来ていない。それだけでも、話題の緊急性が伝わったのだろう。
「えー、っと。私から話すわ」
『聖女さま!!?!?!?!』『どうした急に』『マジでどうした今日』『おかしなっとるで』『この人無言キャラじゃなかったんか……』『メイン二人が混乱してる異常事態』
「いつもの「白バニーさん」ことフィエルが、サブキャラを作るって話をしていたの。私もちょっとだけ協力したわ。それがだいたい、一時間も前の話じゃないくらい直前だったのだけど……」
『だけど??』『まあレベル自体はアイテムで上がるし』『そんなにおかしいことしたん?』『またネタビルドで強くなろうとしてるんか』『これ以上なんかあるんか……?』『↑七つ道具はネタじゃなくてフル活用定期』『それが無理だから道化師がネタ呼ばわりされるんだよなぁ』
「サブキャラが面白い形になった、っていうのと。話題のあの人を連れてきた、らしいわ」
ぱんぱんと手を叩くと、新ギルドホームのうち、前と様子が変わらない木造風の部屋に、不可思議な恰好……否、異形の少女が入ってきた。
「紹介するわ。白バニーさんのサブキャラの「プロミナ」と――「ホウイ」さんに「アヤコ」さん。“弓取”コンビよ」
十年前ならギリ、って感じの展開になります。ごめんね……
じゃあちょっと今(2025/11/16 19:24)から「ふつうに強いビルド&これはアカンor罠だったビルド」について設定を作るので、このお話が投稿されたあたりで出てるだろうか、どうでしょうか。




