126 強い人は弱い人の気持ちがわからないみたいです
どうぞ。
「ほー。化粧落とした顔でも、ずいぶん美人だねえ」
「ありがとねー。とりあえず〈薬師〉になってきた!」
「よしよし。って言っても、レシピはアイテム化できるんだったね。直接会わなくってもよかったか」
「ありゃー……まあいいや、直接聞いた方がいいこととか、あるかもだから」
ガイコツに美人だと褒められるのも妙な気分だけど、今はもっとやることがある。
「チュートリアルは済ませてそうだね、ちょいと時間あったから。さてさて」
「さて!」
生前〈薬師〉と〈治療師〉だったシシィは、危険な海域で負傷する男どもにたいそう苦心していたらしい。海のモンスターは、ただ魔法で治療するだけでは足りない状態異常をかけてくることもあるし、用意した薬もどんどん減っていく。MPを回復するポーションも必要だけど、それは全員に言えることだった。
「しかもだよ? あいつら、不味くて飲めないなんて言いやがるのサ。いや、そりゃあ不味いよ? 美味しい薬なんてないよって言ったんだけど、嫌がるんだ」
「それで、どうなったの?」
「薬効がないこともない果物を酒で煮て、回りが良くなるようにしたのさ。ちょっと苦いくらいの果実酒ならいけるぜ、なんて言うから、レシピにしたんだ」
「そっか、基準が違うんだ!」
ワインは酸っぱくて渋い、なんてよく言われるけど、お酒なら「あれはああいうものだから」で通ってしまう。美味しくない薬ではなくて、ちょっと変わったお酒にすることで飲めるようにした……荒くれの男ども向けの創意工夫だったようだ。
「材料はなんでもいいから、バカでも作れるレシピだよ。あとで味を変えなきゃいけないのと、果物がちょっと高いかね……」
「うわ、ほんとだ」
材料はふたつ、「強いお酒/薬効のある果物 ※なんでもいい」という、ファジーというかほんとにばかみたいな書き方をされている。都合よく揃うんだろうかと思ったけど、どうやら倉庫に預けていたアイテムのうち、ギリギリ残ったものの中でもなんとかなりそうだった。
「フィエル、珍しく部屋に……あれ? なにそのガイコツ」
「昔の船医さん。どうしたの、シェリー?」
今はサブキャラで「プロミナ」という名前にして、やろうとしていることに必要だからレシピを教わっている――という説明をちゃちゃっと済ませる。
「へー……砂糖入れてないワイン煮みたいなもの、なのかなぁ」
「アルコールっぽい味なら、酒みたいだってことで飲むのさ」
「でも、アルコール飛んでるわよね……?」
「あったかいうちに飲ませるのさ、そんで酒も飲ませる。あいつらからすりゃ、酒が一杯増えただけでもいいことだからね。女に手酌させるんだ、いい気分で寝てくれるよ」
完全に荒くれ者たちを手玉に取っていたようで、事もなげに言ってのける。
「ところで、薬効のある果物ってどういうやつ? この中からでもできる?」
「ちょっと見せて、ふぃ……プロミナ。私、こういうのいっぱいもらってるから詳しいの」
そろそろ〈薬師〉を始めてもいいかも、と思うくらい、材料はいろいろともらっているらしい。頂き物だから、とかなり安く教会支部に渡しているけど、あちらも種を取って栽培し出したりで、貯まる速度の方が早いのだそうだ。
「えっと。まず、みかん最強で……ちょっとプロパティ見て」
「ん、どういう感じ?」
「アイテム効果に「薬効1」ってあるでしょう。この「1」が曲者で、スキルレベルが上がるごとに出せる薬効が増えていくのよ」
「最大でいくつくらい?」
「六つかしら」
「多くない……?」
あたしって素人だったんだねえ、とシシィは頭をぽりぽりやっていた。
「あ、ううん。私もぜんぜん。知ってる人に教わっただけだから……」
「すっごくありがたいよー、ありがとね。まずはみかんだね、それから……」
玉華苑で収穫できるものもあったけど、いつもの「フィエル」はともかく、今作ったところの「プロミナ」はまったく玉華苑を調節していない。いろいろと、メインキャラから持ってくるべきものは多いみたいだった。
「で、あんたはあんなの作ってどうするんだい? あんなもの必要なのは、陸じゃあ小さい子供くらいだろ」
「うーん……それはそうかも。でも、覚えといて損しないと思うし。シェリーも覚えちゃいなよー」
「棚ぼたね、ありがとう。真似させてもらいますね、昔の船医さん」
「いいよ、いいよ。レシピは広まってなんぼだからねえ」
言うほど複雑でもないし、と言われつつ、キッチンに移動する。本当は薬を作る鍋と料理をする鍋はぜんぜん違うみたいだけど、そこらにあるフライパンでも同じことができる、とシシィは豪語していた。
「船に積める荷物にゃ限りがあるんだ、そんなもん選んでられる余裕ないよ」
「頼もしい……!」
「プロミナもやるのよ?」
「だいじょうぶ、やるよー」
でっかい寸胴鍋をすっと持ち上げ、シシィは私たちがかごに並べた山盛りの果物たちを見つめる。そして、ワインセラーみたいなところに入っていたお酒を取り出して、その横に置いていった。ガイコツが料理してるのってシュールだなぁ、と思いつつ、皮むきも種類の確認もしないのはなんでだろう、と思っていたら。
「じゃ、始めようか」
目分量というにもちょっと雑、というかもはや乱暴を通り越して暴力、何か災害めいたものすら感じるくらいの……比喩表現だとどう言えばいいか分からないけど、とりあえずどばーざばーだっぽんだっぽぽんばちゃちゃっ、と材料がリングインした。
「よし!」
「何が……?」
みかんとかリンゴとか、ゲーム内の謎フルーツとかを、何種類かの強いお酒をブレンドした煮汁(?)に入れて加熱していく。持っている常識とあまりにも違いすぎて、見ている光景がちょっと信じられない。リアルでもできるのかもしれないけど、絶対に狙った味にはならないんだろうな、という予感があった。
「これでいいの? とてもじゃないけど、まともには見えないわ」
「もともとが素人で、馬鹿に飲ませる薬なんて独学で作るからこうなるのサ」
自覚あるんだ、とすごく失礼なことを言いつつ、思ったよりまともな香りを鼻の方にさっさっと扇ぐ。
「フルーツに火が通ったら、茶こしに通して瓶詰めするんだ。濾す前に瓶詰めしちゃだめだよ、火は通ってても泥だの虫だの混じってて口当たり悪いからね」
「あ、うん……」
本格的に後悔して蒼ざめつつ、私たちは瓶詰めの〈フルーツポーション〉をいくつも完成させることができた。
・その後
二人はこの瓶を「〇百年前のレシピ」だのと銘打って売り払った。飲んだ人は「栄養ドリンクみたいな味」「舌が混乱しそう」「効くけど謎の臭みがある」などなどとコメントを残しており、即刻「ミルコメレオ」に持ち込まれて改良された。なお、二人は責任を持って改良版のレシピをちゃんと買って、ちゃんと美味しくなった方をみんなに配布した。こちらは好評。




