119【最強襲来】ブレイブ・チャレンジャー!【最後に強いのは物理】(4)
どうぞ。
巧い人だな、と直感的に思った。鎖使いは身内に二人いるけど、あの二人はリーチの長さだけを重視している、ように思う。線を作る薙ぎ払いと、鎖をまっすぐ伸ばす点の攻撃……私はそればかり考えていたけど、鎖を引き戻すという「判断力への攻撃」もある。
「すっごく、上手いね」
「あなたこそ。引きすぎないの、怖いです」
振り回す長さは、ほとんどそのまま破壊力につながる。近い方が厄介だけど、離れた方が威力は上がる……恐るべきジレンマは、私に武器たった三つしか使わせてくれない。戦いが終わった悪魔は消えてしまい、ハットを使っている隙間もできそうになかった。
鎖に基点はない。強いて言えば、分銅というかとげ付き鉄球はあるけど、鎖鎌みたいな持ち手の棒は見えなかった。時間差をつけてカードを投げ、相手をちょっとずつ削りながら、できるだけ隙を探す。鮮やかな青の振袖がふわりと踊るたび、桜色の軌跡が空気を切り裂いて、樹が折れたり枝が弾けたりと破壊が起こる。
片手だけでカードを飛ばし、杯と飾剣を手と足の両方でお手玉してときどき使う。ちょっとだけ回転を付けることで、ちょっとだけ風切り音がするから、今どこにあるかを耳で把握できる……鉄球で弾かれそうになったら手で取ればいいから、小さくまとめた方が楽になる。
「本っ、当に……! どうしたら、こんなに強くなるんですか」
「アスリートだもん。毎日毎日、目標に近付くか、一ミリでも先に進むかしなきゃ」
投げ上げて受け止める演技は、新体操だといっぱいある。ボールにバトン、リボンもフープもそうだけど、戦いではあんなに目で見ていられない。固めの下駄を履いてわざと音を立てて、回転を付けることでもっと聞きやすくする――曲芸っぽく見せてはいるけど、武器をいくつも使う〈道化師〉にとっては損しないテクだ。
私もこうして頑張ってみているけど、相手もめちゃくちゃに強い。
「鎖の使い方、私が見た中でいちばん巧いよー。最強」
「ふふふ。光栄です、そう言ってもらえて」
兄が見せてくれた特撮でも、鎖を振り回してフェイントや牽制をするシーンはあった。けれど、特技や壊したものを巻き込んでの多段攻撃、鎖の一部を固定してからの自身を引き寄せる移動は、モンスターよりも最適化されていた。
当たっても、この距離なら死にはしない。その代わりに、鎖が巻き付いて次の攻撃の起点にされてしまう。そうなったら終わりだ。
「っしゃ、ここなら漁夫れ」
「邪魔」
ゾボッ、とボウガンを構えた誰かの頭が消し飛んだ。飛んできたナイフを弾き、全力の薙ぎ払いが木々をきれいに切断する。コメント欄はどうなっているんだろう、と思うくらい、ゾッとするような威力だった。
カードが少しずつ削り、鉄球には一度も当たらず、杯から飛び出た液体金属がわずかずつ削っていく。どちらに軍配が上がっているかは明白だけど、あえて口にしていないようだった。
「自分で戦う〈道化師〉って、こんなに難しいんですね」
「頑張ったぶんの結果は出てる感じ、するよ」
大きな火力が出る技は使えないけど、一撃が極端に弱いかといえばそうでもない。勝敗は、ゆっくりと決まろうとしている。少しずつ撒いた液体金属の種を、檻のように伸ばして相手を捕まえようとする……動きのクセ通りに、彼女はすべてを真っ二つに断ち切った。
「これも仕込みだよ」
「しまっ――」
いくつもの金属片と伸びた金属の枝に雷が弾け、連鎖した威力が少女を焼き尽くす。がっくりと崩れ落ちた体に、ひとつ聞いた。
「ごめん、名前聞いてなかった」
「私は、アヤコです。いつか、肩を並べましょう」
「うん。それじゃ……」
きゅっ、とちょろたちの声が聞こえた。
ほんの一瞬の光に合わせて使った〈アクセルトリガー〉が、〈ヴェンジェンス・キッカー〉と併せて矢を弾き返す。
「自害して、配信見てますね。応援してます」
「えっ!? っと、ありがと……」
胸に懐剣を突き刺して、アヤコは自害した。矢が飛んでいった先を見据えて、ちょろたちに案内をしてもらう。
「……あはっ」
自分の中で、何かが疼くのを感じた。
まだ幼くて記憶があやふやな頃のこと、私はきちんと閉まっていない両親の寝室から、何かが聞こえるのに気付いた。トイレに起きた時間がいつだったのかは分からないけれど、子供のことなんか気にしないような時間だったのだろう。
カーテンからわずかに透ける月光が、女の影を作っていた。苦しそうに、もしくは嬉しそうに大きく息をするそれは、兄が見せてくれたテレビに出てくる「化け物」たちによく似ていた。よく見れば、化け物の足元では、こちらも苦しそうに息をする何かがいた。思わず息を呑んだ私に、化け物は聞いたことのある声で言った。
――女は、ジブンをオトシテくれた男をクウものよ。
そのあとの記憶はあやふやで、言葉の意味もよく理解できていない。
そしてまた、別の日なのか次の日なのか、脱衣所のゴミ箱に大きな傷テープが捨ててあったことがあった。弧を描いた大きな血の跡がはっきりと見えて、思わず取り出して母に見せてしまったけど……母は「お父さんも大変なの」とだけ言って、血の付いたものや捨ててあるゴミは触らないように、と言っていっしょに手を洗った。
そういえば、昔から父とお風呂に入ったことはない。どうしてかは分からないし、考えてみれば不自然でもないから、忘れてしまっていた。一度だけそれを口にしたとき、母はなんだか不思議そうに、けれど何かに納得したような顔をしていたのを覚えている。はっきりと言語化はできていないけど、それが何なのか、大学生になった今は分かっていた。
私の中にあるイメージ――「愛する人に喰らいつく女」が、どうして今まで出てこなかったかも分かった。
(誰も、私を倒せなかったから。「堕として」くれる人がいなかったから)
いるわけがない。けれど。
「あは。あははっ、ふふ……」
喰いに行く。
言葉になった化け物が、私の中で息をしている。
「あははは……アハハハハハ……!!」
一途で、今でもアツアツで、しっかり二人の時間も作れるあの人の。
「アハハハハ、ふふっ、アハぁハハハッ!!」
受け継いだ化け物の血が、心臓から全身に送り出されて、全身を巡っていた。
アカン方の遺伝というか継承というか。きょうだいが多いとこういうのも見えるんですよね……




