114 月に矢を、星に剣を
どうぞ。
ただ一人であり、どれほど抑えていても、彼の歩みには誰もが注目するものである。しかしながら、もっとも目立つ見た目を変えてしまえば、彼だと気付くものが少なくなるのも事実。
ディリードの身に着けている黒血の鎧は、HPとMPを消費して作り出したものだ。アイテムとしての品質はあまり高くはなく、単にコストのバックアップにできる、という以上に装備する目的もない。ゆえに、とげとげしい黒の鎧を装備せず、長い銀髪もまとめて帽子を斜めにかぶってしまえば、気合いの入りすぎたマフィア風に見えなくもない……少なくとも、集まる視線の種類はかなり変わっている。
黒曜石のようにしっとりした、灰と黒の中間にあたる色のスーツ。ジャケットは腕に引っかけ、月光のもとにあって青白い、幽霊じみた印象さえ受けるシャツを際立たせている。よく磨かれた革靴をコツコツと鳴らしながら、男は情報をまとめていた。
(ここまでしなくてもよかったか? ……少し、感情が行き過ぎている気がする)
フィエルという少女、『ストーミング・アイズ』の配信企画であちこちに辻映りするいちプレイヤー、〈ラフィン・ジョーカー〉という二つ名を持つ魔王の道化。彼女のファンとして、ディリードはあの事件を追っていた。
大人気企画「魔王チャレンジ!」第二弾、「ブレイブ・チャレンジャー!」予選において、挑戦を受け付ける魔王サイド=「水銀同盟」の主幹メンバーであるフィエルが、何者かによって討たれた。これは、大きな功績である。
もともとの「魔王チャレンジ!」は、メンバー勧誘合戦を破壊するために行われた。暴走を冷却するため、四大ギルドの鼻っ柱をへし折るための企画である。これには正当な目的があったが、ひとつの問題が生じたことは言うまでもない――ギルド対抗戦を扱った動画の伸び悩み。彼女らは、意図せず「人の流れの独占」……メンバー勧誘合戦と同じ現象を引き起こしてしまった。
君臨した魔王は討たれなければならない。それゆえに、彼女らは「ブレイブ・チャレンジャー!」という企画を打ち立てた。過度に膨らみ過ぎた期待を破裂させ、話題の寡占状態を取り払うことができるものと思われた。しかし、彼女らの目論見は失敗した。
(仲良しグループの前提がマズかったのか)
ファンは怒り狂い、“弓取”は表に顔を出せなくなった。ここからできることがあるとすれば、ひとつ。かれは無惨に敗北するかしかない。あるいはこのまま消えればいいのだろうが、それは惜しかった。
ベンチに、腕を組んで座っている男がいた。人を待っているのか、目を閉じている。ベルターの外れにあるこの場所にいるということは、狩りの待ち合わせか何かだろう。
「……少し、いいか」
「何でしょうか」
「“弓取”と話しに来た」
「その銀髪。もしかして、“最強”の……」
ああ、とうなずく。促されるままに、隣に座った。
「どうやってここを?」
「俺の仲間にも、弓使いがいる。装備の購入履歴をたどった」
「そこまで。しようと思えばできそうですが」
「やりすぎたとは思っている。顔向けできんな、これでは」
遠距離射撃に向いた装備の候補は、そこまで多くない。そして、弓使いに向いた装備の中でも、とくに質が良いものは「タイトルタイルズ」が一手に取り仕切っていた。職人と商人を兼ねているTTは、購入履歴も残している。信用第一の商売人に、顧客情報を売れと迫るのは心苦しかったが……ある超高額アイテムの無償提供と引き換えに、一人分だけを手に入れることに成功した。ねらいを説明したうえで、「二度とやらへんで」と念押しされながら、ではあったが。
事実、「水銀同盟」にも同じことはできたはずだが……パイプになっているのがフィエルとレーネであると仮定せずとも、ブレインであろうアンナととっこがその指示を出すとは思えない。この行動は、きわめて危険なストーカー行為だ。
「それで。そこまでして、僕を探し当てた理由は何でしょうか」
「取り合いをしよう。次の本戦には俺も参加する」
「取り合い。つまり、僕も参加すると……させると言いたいわけですか」
「君の想定するシナリオはなんだ? 炎上したから終わり、か」
女の子の仲良し配信に水を差したから炎上した。ほとぼりが冷めるまで逃げ続けるか、このままゲームを辞めるか。そんな思考も行動も、ディリードが……何より、彼女ら自身が望むものではないだろう。今後のためにも、「水銀同盟」は無敗であってはならない。期待だけが膨らみ続けることは、その破裂の衝撃がどんどんと大きくなることを意味する。負けたからと視聴者が減る、勝ったものに過剰なヘイトが集まる……ディリードは、“最強”の名を以てそれを終わらせようと決意した。
「俺は「水銀同盟」の五人を斬る。だが、少し長引くだろう。何より、君が討ったフィエルは連携に向いてない。分かるな」
「大した自信ですね。ここまで無敗をまとめて倒すと、宣言しているんですよ」
「君は、最強だから強くならないとでも思っているのか」
「……ふっ、それは。確かに、おっしゃる通りだ」
待ち人が来たのか、“弓取”が立ち上がる。背に現れた装備に、ディリードは総毛立った。それは確かに弓ではあるが、技術の粋を集めて作られた「矢のない弓」である。物理的実体の伴わないものを併用しても、矢を使うときの勘が鈍らない……ほんとうの達人であることが見て取れる。
「名前を聞いてもいいか?」
飛んできたフレンド申請に、ディリードは微笑んだ。
「剣が必要なときは言ってくれ、達人」
「そのときは、お世話になりましょう」
スペルが間違っているな、と思ったが、それを指摘するほど狭量ではない。
(英雄の名前でも、負けずに見えるとは)
背中を見送ったディリードは、手を握って、開いた。
(俺も、“最強”であってみせよう。彼が陽を落としたように)
三つくらい候補あったんだけど結局これになりました。有名すぎるから誰でも知ってる人の名前……これまでなんか英雄とかの名前借りたことあったっけ。覚えてないな。




