113 生きてない生き証人は語らない
どうぞ。
湖畔に戻って、流木に腰かける。
突発的なクエストで、しかもずいぶん難しかったから、何がもらえるかなと思っていたけど……これは確かに、すごいかもしれない。
「……」
「寝て、るのかな……」
植物系モンスターでも、とくに弱くておとなしい「フューチャーシード」。ヤシの実みたいな一抱えくらいの固い種子が、目の前にかざしたケージの中に、ころんと転がっている。テイムできたというか、クエスト報酬で転がり込んできたというか……なんだかよく分からないけど、仲間になっていた。
でも、それ自体が動けるはずの種は、ずっと動かない。モンスターを育てるコツはいろいろあるらしいし、種類ごとに工夫することもあるようだけど……意思疎通もできない、どうしていいか分からないのは初めてかもしれない。
「フィーネ。こういう子のことって分かる?」
「種はたくさんの魔力を吸って育ちます。もしくは、寝るのが好きなのかもしれません」
「寝るのが好き……」
「ひとまずは、宝石や魔石をあげてみましょう。赤ん坊は食べて寝るのが仕事ですから」
この前使った「イデアイドラ」のカードは、このフューチャーシードから進化したモンスターのものだ、と知ってはいた。けれど、実際に見てみるとぜんぜん違う。手持ちにある宝石と、そんなに貴重じゃない魔石をケージに入れて、しばらく反応を見ることにした。衣装は白バニーから青の即席コーデに戻して、ギルドホームに戻った。
玄関には、見たことのあるド派手な色彩があった。
「遅かったね。頼んだ仕事はどうなってるのか、教えてもらえるかな」
「いくつか仕上がってます」
過去でも名前を聞いたジェロゥは、水球を破った彫刻たちの出来に、それなりに満足しているようだった。
「どうしてここに?」
「フィエルはどこだ、と聞いたら教えてくれたよ。ここにいるかもと」
「飛び回っててすみません……」
「なに、ボクも同じだからね。どうかな、クエストの方は」
あまり進んでません、と正直に言うことにした。この人は、そういう進捗を責める方ではない……と、思う。
「何か訊きたいことがあるような顔をしているね。ボクは才能がありすぎて、ものを教えるには向いていないんだが」
「いえ、そういうことじゃなくて。えっと……イニーズ、レヴィロム、ロディリア。って、知ってますか?」
ふむ、とジェロゥは時間をかけたまばたきをした。もしくは、目を細めてから閉じたようにも見える。
「レヴィロムは、人の体にモンスターの強靭さを足し込めないか、と考えだした狂人だ。あれが純粋な善意から行われていたのだから、恐ろしいものだよ。自分の体も実験に使って、化け物になる寸前に術式を完成させた」
正教会と傭兵団の争いが激化した原因だったな、とため息をつく。
「ひとりの体に十を超えるジョブを宿して、そのうち四つがモンスタージョブだったか。このボクが一度死んだといえば、その脅威が分かるかな?」
「し、死ぬんですね……」
「あれは強かった。イニーズは、あの「イニーズ・ドリームパーク」を作った偉人だ。原初の〈座長〉、すべての人形の祖。パークの謎と秘宝を手に入れなければ、……」
「入れなければ、なんでしょう」
混ぜっ返すんじゃない、と鼻を鳴らされて終わってしまった。
「あの、ロディリアは」
「知らないね。キミは、研究者の名前が世に知れ渡る仕組みを知っているか?」
「えっと……ろ、論文が評価されるとか」
「あれは内輪の話だ、よその人間は聞いても分からないよ。もうひとつ」
すぐに答えを言え、とばかりに視線が突き刺さる。教授が無茶ぶりをするときはこんな感じなのかな、とちょっと焦りながら考えた。
えっと、と言葉にするのに時間がかかる。新聞に載ったりインタビューが出回ったりするのは、すごいことをしたときだ。すごいことを言い換えると大発見で、大発見は……たぶん、すごく大きな変化をもたらしたとき、だろうか。
「や、役に立つ発見をしたとき……?」
「キミは動いた方が役に立つタイプか。うん……そうだね、すぐに人の役に立つ発見をしたものが、その成果から評価される。では、レヴィロムとイニーズを知っていた理由はなぜか、という話に移るのだが」
レヴィロム博士は、人がただモンスターに怯えることなく暮らせるように、人の暮らせる土地を拡大したり、兵力の底上げに貢献したりした。正教会のうち一部の教えには抵触するところもあったけど、その技術は現在も使われている。
始祖イニーズは、労働力や兵站の仕組みを劇的に変える人形を作り出した。そして、その人形を自動化するシステムまで構築し、没した。その後も人形は動き続け、彼の遺産は世界を支え続けている。
「察するに、成果を発表する前に死んだか、ほかと似たような応用研究をやって、誰かに先を越されたんじゃないかな。そもそも、魔術には術式を考え出した人がいくらでもいるはずだが、名を残したのは世紀の大天才だけだからね」
「たしかに……」
数学者とか国語学者は山ほどいるはずで、その人たちが作ったものには絶対に触れているはずだけど、ちっとも知らない。きっと、それと同じような感覚なのだろう。
「さて。何年生きても時間は貴重だから、ボクはこれで失礼するよ。キミも人形を作ったら教えてくれ、素材が欲しいなら売ろう」
「あ、ありがとうございます……あれ、作れるんでしょうか」
「何のためにその水球があるんだい。手足をパーツごとに作って、組むんだろう」
「あっ、そういう!」
また教えに来る、とやや呆れ気味のジェロゥを見送って、私もログアウトすることにした。




