110 花の落つるは世の定め(5)
どうぞ。
機関銃の音を百倍に大きくしたような、耳がおかしくなりそうな音が、何重ものエコーを伴って響き渡った。
『なる、ほど。ただの道化と侮ったのは失策だったか……』
四本あった腕が一本ちぎれ、はるか下の地面に落ちる前に、空中で砕け散って消滅した。迎え撃つように歯車がいくつも飛んでくるけど、ボールは壊れても攻撃力が上がるだけだから、何の意味もない。
「これ一発目だよー」
初手の〈ヴォルカナイト〉に続いて、〈どど怒涛潰終エル〉をぶつけた。上半身がぐらぐらと揺れ、いくつもの付加ダメージが花火のように弾ける。
『何を苛立っている? 未来にあるオマエは、過去の人間を踏み台にして生まれたのだろうに。ワタシの作り出した命を使って、オマエの生きる未来ができているのやもしれんのだぞ』
「私は……天才が作り出す答えも好きだけど、凡人が集まって出す答えも好き」
『カオスの濃淡を論じるか。結晶を手にする機会があるというのに!』
「でも、それより。子供を大事にしない人、キライなんだー」
飾剣にまとわせたエネルギーが、連撃になって殺到する。ざわめいたツタがバラバラと切断されて、空中で溶けていく。
『凡人の怒りなど、何の価値もない。永遠に残るのはワタシなのだから』
「未来に残ってたの、ジェロゥさんの方だったけど」
『貴様ッ、言うに事欠いて……あの狂人を!!』
「いまの録音しといた方がよかった? 何ディールだろ」
ジェロゥさんも、おかしい側の人間だ。語られていることが本当なら、今目の前にいるロディリアと同じように、何百となく殺戮するし、人を踏みにじるのだろう。けれど、たったひとつだけ違うところがある。
「あなたは何も残せなかった。あなたの“命の向こう側”には、何もない」
歴史上で何度も同じような考えが繰り返され、そのたびに潰されてきた……推理とかではなくて、残っていないという事実がそれを示している。後世では話のタネになればマシくらいのどうでもいい健康法や、時代とともに説得力を失って廃れたオカルトのように。
「それに。時の番人が本物だとしても、何が起きたかは分かるよ?」
『オマエごときが歴史を変えるとでも言うのか。このワタシを笑わせようとは、道化の鑑ではないか?』
「違う、違う。私じゃ歴史を変えられないの」
遺跡もなく、形もない。世界のシステムに介入することだけはできたけど、それも縁ある場所に来るまで判明しなかった。ロディリアの死、村とフルムの全滅、研究の失伝は歴史通りだ。
では、何が起きたのか。
「やってんなァ! そこの白いの、ちっと降りて来いよ!」
「いくら棺に食わせても、ろくに満足してくれないと思えば。被造物なら仕方ありませんね」
できるだけ早く駆け下りて、歴史の当事者――聖遺物の戦士たちの前に降り立った。黄金の槍を持った長身の戦士。そして、真っ黒くてやたら大きな棺を鎖で引きずった、血の匂いのするシスター。
「来ていただいて、ありがとうございます」
「火山みてぇな音がするっつーからよォ、ちっとな。わざとか」
「助けなら素直に呼んでください」
聖遺物の取り合いは、実際にやっていたのかもしれない。けれど、どこかのタイミングでことが露見して、邪魔者を排除しようとロディリアはこの姿に変身した。その人が勝ったか負けたかは別として、その騒ぎがこの二人にバレた。自前のMPだけで、大都会のスタジアムより大きな空間と、その空間にみっちり収まるクラゲを作り出せたグレリーさん……よりも強いであろう、聖遺物の戦士たち二人に。
そうでなくても、「モンスターが出てくる村」は異常だ。どこか、いつかバレて、戦力が踏み入る。それが全滅か壊滅かするたびに、より強い人がやってくる。未来からやってきた私がいなくても、当然の流れで起こることだ。
『ちょうどよかった。一度負けたふりをして逃げるのも良かったが……やはり、強者を叩き潰してこそのチカラ。種となって惨めに永らえても、こうまで条件が整わなければ目覚めないのなら……』
ツタのあちこちに紛れ込んだ歯車が、地面に垂直に立つように並んだ。
『時の番人よ、ワタシの一部となれ! 歴史ごときに屈するものか、時などこの手で操ってみせよう。さあ、開け!!』
「おいおい、大丈夫なのかァ!?」
まるで、クローゼットに入っていた死体のように……縛り上げられた時の番人が、力を失った全身をだらんと投げだす。その姿は、哀れみよりも先に静かな恐怖を感じさせるものだった。
柱時計を巨人に見立ててカーテンをかぶせ、歯車とジャイロスコープを胸に、振り子を腕に置いたような何か……いたずらっぽい子供がイマジネーションを膨らませた結果みたいな「時の番人」は、体中からツタを生やしている。砕けた石膏像のような顔は、目も口もあさっての方向にズレていて、すさまじく不気味だ。
ばき、ばきと砕けていく時の番人は、ロディリアに吸収されていく。
「まさか、神の眷属を捕らえるとは……何という冒涜でしょうか。許しがたい神敵です」
「お二人とも、手を貸していただけますか?」
「もっちろんだぜェ。そのために呼んだんだろ? やってやるよ」
「ありがとうございます。では――」
ただ武器の効果を高めるだけの解を使い、杯から美酒を振りまいて聖遺物の性能を高める。ぐぐっとMPが減るけど、変化していく敵にはこれでも足りる気がしなかった。
『もう隠れる必要もなくなったな。さっさと使えばよかった』
星空のようなベール、黄金の円環を天使の輪や光背のように配置して、長針と短針をそれぞれ剣として両腕に持っている。のっぺりした顔面は、いっさいの陰影を失って、むしろ美しくなったように思えた。
『このまま聖遺物を奪い、次の神を喰らうか。さらに強いものどもを束ねて、よりよい体を作るか。時間があればあるほど、夢は膨らむものだな』
「させないよー」
まだまだ“最強”には並べないし、本当の強者にも並べないのは分かっていた。
「全力出す、って言ったでしょ」
ハットにたくさん武器を投げ入れて、杯から出した美酒も注ぎ込む。ぎょっとしたような顔をする二人には悪いけど、これも私の「全力」だ。何か異常があるのか、フィーネは呼び出せなかったけど、これでも過剰戦力なくらいだ。
「地獄で夢って見られるんだっけ? 好きなだけ、夢が見られる時間あげるから……いくらでも楽しんでね」
『ああ、楽しんでやるとも。オマエたちを踏みしめて、未来へ飛んでやろう』
呆れ気味の戦士たちを背に、私は大きく跳んだ。
時の番人の捕獲は自前だったり、死んだのは歴史通りなのに種は残ってたり……昔の人ヤバすぎん?




