109 あなたが花開かぬように(4)
どうぞ。
立ち尽くしたまま口にした言葉は、風が吹くでもないのに、夜にさらわれていった。
あると言っていいのかは微妙だけど、意志は五つだけではなく、あと二つあるらしい。らしいというか、これは意志なのかどうか、名前が付いているだけでは? という議論が起こっているからだけど……ともかく、あとふたつが記録されている。
ひとつは【異神】、外なるものの中でも、この世界の法則とはまったく異なっていて、既存の法則では観測不能なものたちだ。いちおう、「サイオウクワガタ」は【常人】だったけど、あれよりも世界からズレまくっていると、五つの範囲内に収まらないと判定されるらしい。
もうひとつは【有為】……これは、誰かや何かの意図で作り出されたもので、そもそも意志ではない。観測上はそうなるけど、実際には意志ではなくて、とくに補正やそれらしい特徴がないものたちなのだそうだ。自我を獲得すると意志の証が生えてきたり、それを壊されるともとに戻ったりと、聞くたびにとにかく残酷な事情ばかり出てくる。
「造った人がいるなら、この村の中だよねー……」
執拗なくらいに「村の外は危険だ」と強調しているから、安全圏はここだと誰よりも理解しているのは、仕掛け人その人に間違いない。事情を話したがらなかった宿屋の主人を信用するなら、これまで見てもいなかった奥の方か、もっと隠されたものがあるか、だろうか。
手っ取り早く「守るべき人がいる場所」を探すには、と考えて……さっそく実行する。村を守る柵の近くに歩いて近付き、三十個くらいのボールを順繰りに投げ上げて柵の外に放った。
「〈ギガントスケール〉、と〈は図み軽魔ジック〉」
数瞬置いて、村の外からズドドドドンッッ!! という轟音が、地面を揺らしながら響いた。木々がなぎ倒され、村を取り囲むように音が轟き続ける。
「お客人。避難を」
「ありがとうございます」
私のしていたことを見ていなかったのか、さっと走ってきた衛兵は、私を避難できるところまで連れて行ってくれた。村の中央にある井戸……の近くにある会議所の入り口、そのわきには、地下に続く階段があった。けっこう高い場所にある土地で、地下構造もある。土地柄にはそうとう恵まれているみたいだ。
まだフルムになっていない子供や、引退したフルムらしき老人、外から連れてこられたフルムではない人間などなど……頑丈そうな地下壕には、まばらにしか人がいなかった。この村には“弱い人”はいないのだろう。
そんな中で、明らかに強いフルムらしい、屈強な男たちに囲まれた【賢者】がいた。肩に「燃える黒薔薇」の刺青を入れて、あちこちにいぶし銀の装飾を身に着けた、紺色のローブをまとった美女。
「見つけた」
ハットを使ってボールを回収してみせると、相手は目を見開いた。
「稽古着の道化などどこから、と思ったら……このロディリアの蒔いた種をたどって、時間を超えたか。なぜここが分かった」
「あなたって、褒められたがりなんでしょ? 子供の純粋無垢な言葉がとくに好き」
「……道化なら、幇間の真似事でもしてみたらどうだ」
「自分から子供たちに説明とかしたでしょ。子供が覚えて、手毬唄にしてたよ」
さすがに苛立ったのか、眉が少しぴくぴくと動いた。
「これ、時間に干渉してることにならないんだね。それとも」
「やめろッ!」
一歩近付くだけで、答えが出た。
近くにいるもの、目に入るものが無差別に死ぬ……自分だけ隠れていれば死なないけど、同じスペースにいる今は違う。見回せば、人に見えたものはみんな停止していた。
「一部だけでも、なんでモンスタージョブが禁忌扱いされてるか分かっちゃった。聖遺物の取り合いに参加できるようなすっごいの、一人で作れるんだもんねー」
「オマエこそ、聖杯の残り香を漂わせておきながらよくほざく。仮面も二枚、魂も馴染ませて……この世のものではないだろう? 化け物が」
コメント欄で見慣れた煽りを聞き流して、笑う。
「何がしたかったの? 転生?」
「なかなか察しがいいな。それなりに話せるようだから、少し説明をしておいてやろう。長生と転生……命を長らえるにはふたつのアプローチがある。永続か跳躍か、だ」
ひたすら長く生きるか、意識を保ったまま転生するか。言われてみれば問題だけど、現実に生きていると実現可能性がないのが分かるから、フィクションだよねとしか思えない。
「永遠は存在しない。であれば、両立させねばならん。長い命を研究に費やし、そのバックアップも用意する。合理的だろう? だから器を作った」
「フルムが器?」
「愚物が。あれは実験用の種だ、もっといいものを作っているに決まっているだろう」
「あ、そうなんだ」
あれはあくまで手下で、本体になるものはもっと違う形をしている。それなら、やりやすい。腰をとんと叩いて、聖堂とブーツとペンギンの仮面をこめかみに置く。そして、服装をいつもの白いバニースーツに戻した。すべての武器を完全に使うなら、これがいちばんいい。
「ああ、面倒なことになった。ここでオマエを倒さなければ、ワタシの未来はとても小さく押し込められてしまう。“それ”でもよい、とは思えんな、とても」
「文字盤に埋め込んだ種が、三度の血を浴びて芽を出す……目が開く前に根に縛らせる。確かにすごいけど」
ある条件で起動する種を「時計」というシステムに仕込んでおく――言葉にすれば神の所業だけど、今までに一度も「時間移動したのに時計のせいで失敗した」なんて聞いたことがない。つまりこのクエスト専用の条件であって、これ以外のお話で彼女が出てこなければ意味のない、ぽっと出の設定だ。
「命の向こう側、だっけ? あなたには分かったの?」
「一般的には、思想の伝達がその答えにあたるだろう。だが、オマエはそれほど強く他者を信頼できるか? すべてが完全に伝わると確信できるのか」
「それが完全じゃないから、新しいものが生まれるんじゃない?」
「……なるほど。基礎研究と先行研究の違い、というわけか」
「十秒で価値観変わるくらい、誰とも話してなかったんだね」
「く、ふふふ。なかなかに口が巧いな? オマエ、道化よりも詐術をやってみてはどうだ」
じゃあ、と――投げたカードが分身を作り出し、巨大なボールが跳ねる。
ばらりと解けた美女の体へと無数のツタが寄り集まり、歯車がガキン、ガキンと噛み合って避難所の底が抜けた。山ひとつが丸ごと洞穴と化して、巨大な魔女が完成する。鉄色をした髪を長く長く垂らし、四本の手を順番に握って確かめる化け物は、大蛇とロボットを混ぜたように見えた。
『悔やむがいい、オマエがワタシの計画を早めたのだ。ジェロゥも、レヴィロムも、イニーズも、すべて滅ぼして! ワタシだけが真に永遠となるのだ!』
「あの人、もういたんだ。じゃあ永遠の手始めに」
星くずのようにボールを散らして、足元へ呼び寄せる。飾剣を逆手に持った九人のフィエルが、壁から空中へ跳んだ。
「――全力出すから、受け止めて?」
次回、フィエルの全力100%!
ちなみに。
・ジェロゥ
完全上位互換。現在も生きている。
・レヴィロム
モンスタージョブ(魂魄融合術式)の基礎を作った人。
・イニーズ
原初の〈座長〉。その遺産は未だに機能し続けており、「永遠の体現者」とあだ名される。




