105 練習は一歩進めば大成功
どうぞ。
モンスターの生息域を聞いた関係で、蹴り技を鍛えられそうな敵はピックアップしてあった。まずは野良リザードマン、次に人形、そして人間大のゴーレム。人形は近くにマスターがいるかもしれないから、探すとしたらリザードマンだろうか。
「たしか、カンデアリートからディーコノジーヴに向かうあたりにいる? ……だっけ」
聞いた話によると、ディーコノジーヴは宗教都市で、モンスタージョブに就いている人はほぼ立ち入れないらしい。ディリードさんたち「BPB」本隊はいろいろ貢献したから別だけど、そもそも旅人自体が歓迎されていないようだ。
その代わりに運営が用意したのか、少し離れたところに「デュデットワ」というもうひとつの街がある。こっちは普通のところで、けっこう大きなところらしい。
「カンデアリートの道がこっちで、その先だから……あの湖のあたりかー」
けっこう山を登ったのに、降りる道を行くことになった。街の解放クエストが終わるまで、モンスターの出現率や強さはめちゃくちゃレベルが高いみたいだけど、ディリードさんたちが毎度のように消化してくれる。そんなに強くない、レベルで言っても四十くらいの敵しか出てこなかった。
たまにいるレアモンスターは、こちらが先に逃げ出せば深追いはしてこない。けれど、挑めば死ぬまで追撃してくる。
「ゴロロルル……」
「こんばんはー。ちょっと付き合って?」
鈍い水色のメタリックなウロコ、幾度も重傷を負ったらしい古傷がいくつも刻まれていて、リザードマンというより人型の恐竜みたいな敵だった。手に持っている剣と盾も、ただ金属で作ったわけではなくて、ちゃんと凝った細工が施されている魔剣だ。
威嚇で済むラインを踏み越えて、足をすこし引く。私の動きを予想してか、ちょっと怪しむような目がカッと開いた。
「ロァッ!」
二人の間にある空気を切り裂きながら、魔剣が振り下ろされる。敏捷はこっちの方が早いけど、あっちは目に見えて「経験がある」ことが示唆されている。単純にかわすだけでは、軌道を合わせられて当たってしまう。
パパンッ、と……剣を横から蹴った。体をくるっと九十度回して、体勢を上下ぐるりと入れ替えて繰り出したキックは、ちゃんと当たる。殴りかかってきた盾を、倒立の姿勢で後ろにスライドして避けた。
「ロロゥ……」
「とっ、と。ふつうの格闘技とか知らないし、「これ」でやってよかったー……」
前衛職の格闘っぽい技は、筋力や攻撃力依存でダメージを計算するものが多い、らしい。けれど、中衛・後衛や邪道に近い技は、敏捷や器用に依存してダメージを出す。初期も初期に考えられていた「殴り型道化師」は、いちおうシナジーとしてはまともな方だった……けど、けっきょく「無限リリープ」には勝てなかったようだ。
「ロォウ!」
「尻尾も剣もっ、思ったより! 遅いねー?」
元体操選手として、姿勢を崩すのは事故そのものだから、かなり怖かった。けれど、〈アクセルトリガー〉は動きが早すぎて、思ったより姿勢が崩れない。だからこそ、崩れかけてきたときの立て直しも簡単だ。倒立も現実よりはずっと簡単だから、スキルアシストがかなり利いているようだった。
手だけでジャンプして、空中で使った〈アクセルトリガー〉でかかとをぶつけ、返したつま先を刺す。ぐっと突き出した盾に足を曲げて着地して、腕がいっぱいに伸びた瞬間にまた〈アクセルトリガー〉を使って、下から盾を蹴り上げた。思いっきり吹っ飛んだ盾に、ジャンプしてから〈アクセルトリガー〉を使って追い付く。
「はあっ!」
「ゴォアッ……」
蹴り入れた盾が、剣を弾き飛ばす。拾いに行ける時間はないと考えたのか、相手は格闘戦の構えをとった。対するこちらは、カードと飾剣を取り出して分身する。
「分身の動きも、ちゃんと見ないとねー」
私自身の動きをトレースしたAIの動きは、わりと私よりいい動きをしている。ボールでトランポリンをしているときも、私はちょっとだけやらかしそうな着地をすることがあるけど、分身はぜんぜんそういうことがない。
分身はすっとかわす動きが多くて、〈アクセルトリガー〉はぜんぜん使っていない。かなりすごいとは思うけど、あんまり参考にはならなかった。
「じゃあ、仕留めて終わりでいっか」
ぱちんとふたを開けた時計で、〈熔充送戯〉から〈ホット・アラーム〉を使う。いくつも命中したオレンジ色の斬撃は、そしてリザードマンを光の粒に変えた。
「ここが湖かー……地底湖とつながってたりするのかな」
遠くが青くかすんでいて、一部は向こう岸が見えないくらい広い。岸に見える風景には、戦っているらしい爆発や雷光が見えた。
「そういえば、水中戦闘とかできないんだよね……」
一瞬〈ウィ・ザード〉で水を呑めば、なんて思ったけど……さすがに、〈大きく開けて?〉を使ってもまだまだ、キャパシティーを超えている気がする。せっかく青系の衣装で固めているんだから、時間いっぱい湖周を歩いてみることにした。
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