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いつでも真面目ちゃん! ~VRMMOでハジケようとしたけど、結局マジメに強くなり過ぎました~  作者: 亜空間会話(以下略)
3章 噴血いと烈しきは生まれ出ずる折の

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100/166

100 赤に赫に朱に紅ニ緋ニ沈メ(し)

 ちょっと変わったテイストを入れます。


 どうぞ。

 少しずつ生き残った参加者は、ゆっくりと集まりつつあった。もとより回復もアイテムも禁止されていないのだから、一瞬の生存さえどうにかなれば、立て直しはできる。このイベントの要旨はバトルロワイアルだったが、もはやそんなことを言っている場合ではなくなった。


 玉鋼陣営「白竜騎士団」に所属する「レーゲル」は、逃げ惑っている。


(どうすればいい!? どうすれば……!)


 現在“奪う側”にいるのは三つ。アマルガム陣営の総本山「水銀同盟」、そして――


「こんなところにいていいのかあ!? 配信に一秒も映れずに終わっちまうぞぉお!」

「くそっ、また来た! なんなんだあいつは!!」


 家ほどもあろうかというアザラシのぬいぐるみに乗った、黒いボディスーツの男。まるで怪盗が映画でトンチキな絵面に巻き込まれたかのような、とんでもない光景だった。もう一人アザラシに乗っている女もまた、今までまったく情報のなかったプレイヤーである。


(あのイカレクソ野郎! いったい何を考えてるんだ!?)


 テイマーか何かなのか、それともまた別なのか。ジョブは別として、スライディング移動するぬいぐるみ、そして自身の周りに広がる氷のフィールドという組み合わせによって、二人は高速移動し続けていた。通常であればそれほど強くもないコンボなのだろうが、こと広いフィールドという場所にあって、一気に凶悪化している。


(考えてみればその通りだ……このイベント自体、PKし放題、略奪し放題なんだ。ギルドホームをぶち壊せば、損害を与えながら物資も奪える。個々人で持ち出すにも限界があるからな……)


 参加したギルドすべてに、奪う権利と奪われる義務が存在する。この機会に稼ごうというものがいてもおかしくはない、それ自体はあっても不自然でない思考だ。しかしながら、趨勢が定まりつつある現在にそれをやられても、死に際の足掻きとしか思えない。


 この世界の大きな月を背景に、ひとすじの影が差した。逆光にあってなお白い、エナメルのレオタードは、それが誰なのか示すにはじゅうぶんだった。


「みなさん、こんばんはー。「水銀同盟」のフィエルです、初めましての人も多いかな。おっとっとー、あいさつ中だから攻撃はNGですよー」


 すっと掲げた指に従って、ボールが殺到した魔法を防いだ。恐ろしい規模の爆発に巻き込まれてボールが燃え尽きるが、すぐに虚空からぬるりと現れる。


(いくつもの武器を無数に揃えている、というのは事実らしいな……)


 考えたレーゲルの耳に、どうやら止まったらしいアザラシ男の声が聞こえた。


「来たぞっ、フィエル! アザラシジャンプをしてやろうか!?」

「ふふふ。ちょっとした演出のあとなら、いいよ? 変身は大事だから」

「おぉ……!」

「全員構えろッ、変身が終わった隙を狙う!」


 浮遊するカメラに見せつけるように、彼女は黒いカードを指で挟んで示した。そして、コールする。


「【おもてさかさま情転図(ローリング・ロール)】!!」


 かの〈ラフィン・ジョーカー〉最強の能力として語られる「変身」……【愚者】の意志と「カード」という武器の共鳴アビリティ、時限付きでメインジョブを強制変更する大技である。さっと塗り替わった背景から、波がどっと押し寄せる――


 月夜を黒々と染め上げた海から、幾人もの人魚が彼女を薄いカーテンで覆い、代わるがわる服を着せていく。アクセサリーをつけ、体ごと融け合い、ばしゃりと溶けた下半身が魚のものに変わる。ふわりと風に吹かれて飛んでいったカーテンの向こうから、ゾッとするほどの妖艶な美女が現れた。


「人魚……!」

「〈ネレイデス:“ベアトリーチェ”〉」


 古典的な人魚のようでもあったが、あちこちの装飾をサンゴやクラゲに置き換えて、透け感やエロティシズムを演出している。血のような赤をメインに、闇を溶かし込んだような赤紫や不穏な桃色を配したそれは……先ほどまでのおどけた様子を喰い尽くして、静かな夜さえ圧するほどの恐怖を放っていた。


「か、かかれぇ!」


 裏返った声に反応して、魔法や矢がすさまじい勢いで集中する。爆発や光が炸裂し、夜の闇が押しのけられるほどの光が弾けたが――


「なんだ、あれは……?」「膜?」


 クラゲの内側にいるかのような、透き通る膜。瞬時に崩壊したそれの正体は、誰にもわからなかった。まるで攻撃そのものを楽しむかのように、彼女は手に持った金属製の杯を揺らしていた。ゆらゆらと揺れる尻尾がさっと揺れたかと思うと、アザラシの突進を上空に飛んで逃れる。


「一通り終わっちゃったし……じゃあ、私から攻撃するね?」


 無敵化、耐性強化、絶対回避。いくつもの特技が行使され――


「ル――……」


 衝撃も圧迫もない。ふんわりと甘くはあるが、年頃の女性としては特殊でもない……音程を守っただけ、ただ真面目なだけの録音めいた歌。


「この「ハーダルヴィード」の、オリジナルソングのカバーか……」


 歌姫としては、あまり情感が乗っていない。酒場で聞くならそれでもよかろう、旧式のゲームで戦闘BGMとして流れるのもよいかもしれぬ。月を背景に美女が歌うには、少しばかりムードに欠けていた。


 が。


(体が、動かん……!)


 ギリシャ神話には、神や精霊が人をかどわかす話が多い。歌で人を惑わす怪物は、あのあたりの海の伝説にはつきものだ。


(防具の耐性を間違えた! いや、両方か!)


 ブクブクと体中から噴き出す泡は、どうやら精神耐性と幻惑耐性に応じてダメージを与える、あるいはHPを直接奪う攻撃であるようだった。


「〈わだちづくるおおぐち〉」


 ごぼり、ごぼりと血の泡が集まり、おぞましい赤の竜巻が生まれる。そして、ゆっくりと動き出した。いくつかの光る眼が、ぎょろりと生存者を睥睨する。


「じゃあね?」


 襲いかかる暴力的な水圧に、レーゲルは即死した。

 兄の攻撃だけガチ回避するフィエル。ちょっとスティル推しとしてやっておきたいことがですね……これはそのためだけにやっていると言っても過言ではない。




曲名:「独りで見上げる月」

 船員の恋人が作った歌。「月が何色か覚えていて」という意味の歌詞が繰り返され、離れていても思い出を共有したい強い執着がうかがえる。フィエルはこの歌を幽霊船のオルゴールとして発見し、酒場の人々に習って覚えた。


 海辺や水中で戦えるスケルトンやマーメイドがこの歌を歌っていることがあるが、酒場の定番であるために世界中に広まっているだけのこと。死者が末期に思い浮かべる光景など、何の関係もない。「〽叶うのならば今一度 口づけをかわしてから旅立って……」

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