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緑の手のキトル〜極貧で売りに出されたけど、前世の知識もあるから全然生きていけます〜  作者: 斉藤りた
ドラヴェリオン帝国編

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エピソード 84

「どちらか選べだと?」


ううっ・・・眉間にしわを寄せた美形の眼力は迫力が半端ない。


今日も今日とて執務室にお邪魔して、ソファにドッカと座って長い脚を組んだドラゴンさんの前に立っている。そして何故かまたシャツの前は開いている。ボタンの止め方を知らないのか?


考えた名前の案を二つ持ってきたって告げたんだけど、何故かご不満な様子。


「我はお主に名前を付けて欲しいと言ったのだ。自分で決めるとそれはもうお主が決めた名前ではn」


「良いな!我が国の伝統では帝王の名前がそのまま首都の名前になるし、バランスを考えるならば候補があった方がこちらとしても助かる!」


書類の山の向こうからエルガ君の声。助け舟を出してくれたのかもしれないけど、顔が見えないから真意はわからない。


しかしその仕事量、子供にさせる量じゃなくない・・・?前世の新卒で入った漆黒のブラック会社でもそこまで酷くなかったぞ。


私の考えを読んだのか「すまぬな!もうすぐ役人の採用試験が終わるのだが、それまでは忙しくて」と声が飛んできた。


「竜王様がご帰還された事で種族間の対立も無くなる見込みでして・・・。途絶えていた国交を復活させる手続きやエルガ様の成人まで延期予定だった行事の再開などやる事が山積みなのです」と話すのはさらに書類を追加しに来たジイランさん。


「首都の名前・・・ふむ、そういうものか。では聞こう、どのような名なのだ?」


後ろに立ったナイトがゴクリと生つばを飲み込む音。いやそんなに緊張しなくても・・・。私まで緊張してきちゃうじゃん。


「えっと、ドラゴンさんにはこれからもこの国を守って欲しいという思いを込めて、ドラヴェリオンと守護者って意味のガーディアンを組み合わせて『ドラディアン』か『ガーデリオン』って名前を考えて来たんだけど・・・」


何だか自信が無くなってきて目を見れない。ドラゴンさん無言だし。


え、気に入らなかった?


「ふむ・・・二つとも良い響きだ。その二つから選ぶであれば我は『ドラディ」


「『ガーデリオン』ですね!ドラヴェリオンの首都がドラディアンだと、ドラドラの響きで混乱しますし!」


書類の山の向こうから聞こえてきた声がドラゴンさんの話をバッサリ。


「う、うむ、我もそう言おうと思っていたところだ。『ガーデリオン』、守護の竜王である我にふさわしい名d」


「では首都名の変更は『ガーデリオン』として各国へと通達いたしますね。国民への周知と国境警備隊への通達も一気に行いましょう。大会の開催前までには首都名変更の手続きだけでも終わらせねば。竜王様、こちらの書類は署名が必要となりますので昼までに終わらせてください」


とエルガ君、目の前のテーブルにバサッと書類を積みあげる。


「ぬ、ぬう・・・。千年前にはこのような紙切れなど何もなかったのだが・・・」


「千年前はわかりませんが、今は目の前にありますから。字は書けますね?」


「う、うむ・・・」


仕方なくペンを持ったドラゴンさん改めガーデリオン、のそのそと名前を書き始めようとして固まる。


「の、のうエルガよ。ガーデリオンと言う名前を一度紙に書いてくれぬか・・・?」


「もう書いてあります、ジイラン!」


「はい、こちらになります」


とお手本を持って来られる。


なんだかしっかり者の弟の尻に敷かれる兄みたい。


これはこれで上手くやっていけそうだね。


このままニヤニヤしながら見ていたいけど、お仕事の邪魔になりそうだしそ~っと執務室を出る。


「幻と言われてたドラゴンも、頼もしい弟の前では形無しっすねぇ」


廊下を歩きながらナイトも同じような事を考えてたみたいで苦笑い。


と、大人しかったヘブンが小さな声でポツリと漏らす。


「・・・もしフェンリル族が王様になってたら、ワタクシがガーデリオンさんみたいになってたんでしょうか・・・」


あ~それは・・・そうかも?


ヘブンが恐ろしい事を考えてしまった、と想像を追いやるように頭を振った。







『ただいまの試合、フェンリル族ラグノス・フェンリルの勝利!』


ヘブンを散々追い掛け回してた肉おじが闘技場の真ん中で両手を上げている。


今私達は、観客席より数段高い位置に設けたVIP席で『ドラヴェリオン杯☆目指せ、未来の守護ファイター!』を観戦している。・・・屍のような状態で。


ドラゴンの命名が終わった後、大会が開催されるまでやる事ないからリゾート感満載の首都でジャングル料理に舌鼓を打ちつつゆっくりまったりのんびり羽を伸ばしてつかの間の休息を楽しもう・・・と思ってたんだけど。


多忙に多忙を極めたエルガ君はあの愛くるしい少年の姿はどこへやら、現場監督をする鬼上司と変貌し。


国で一番強くて偉いはずのガーデリオンは元のドラゴンの姿で会場予定地を整地し。


ゲストのはずの私も連日駆り出されて草木を抜いたり生やしたりで会場を作り。


ナイトやヘブンもあっちへ行ったりこっちへ行ったり、手伝いで走り回り。


やっとこさ開催された今日にはもうヘトヘトのクタクタになっちゃったというわけ。


大会は基本的に何でもありなんだけど、武器の使用はなし。肉体の強さのみで競うらしく、これは「強き者を決めるのに武器など邪魔だ」というガーデリオンの一言で決まった。でも獣人化はオッケーらしくて、初めて見る身としてはとても興味深い。


『皆さま、健闘したボア族のバルグにも大きな拍手を~!』


会場全体から大きな拍手が送られる。


・・・ボア族って何だろと思ってたらイノシシだったんだね。でもあの人は獣人化する前と後と見た目あんまり変わらないな。


前世の野球場をイメージして作ったこの会場は、中心にドーンと戦いの舞台。そのまわりをぐるりと囲むように観客席が並び、私たちの席は一番見晴らしのいい、高台に作ってみた。


「ほほう、ボア族とな。あの者は身体が大きいから門番などに向いてるのではないか?!」


手すりに身を乗り出してウキウキで話すのは、先日までこき使われてたこの国の帝王様。


「ガーデリオン元気だね・・・」


「うむ!我はキトルと違って元の姿で足踏みしていただけだからな!」


そうね、私の方がいっぱいお手伝いしてた気がするわ。おかげ様で会場作りをしてた獣人さん達の中の緑の使徒はイメージアップしたと思うけどさ。


「それに大会中は紙切れにチマチマ文字を書かずに済むからな!このままずっと大会を行いたいくらいだ!がはは!」


「終わったらまた書類が沢山出てきますからね?」


ガーデリオンの奥に座ったエルガ君がにっこり笑ってガハハ笑いがピタッと止まる。


完全に力関係が逆転しちゃったねぇ。


『次に出てきたのは・・・ナガ族のシィラ!柔らかくしなやかな身体と毒のある牙で相手を仕留めますっ!』


司会をするのはオウム族の男の子。大会前に挨拶に来てくれたんだけど、マシンガントークで盛り上げ上手。


『対するはっ・・・我らが守護隊の前隊長、ゾルガン・リザルドォ~!』


観客席の一部分からウォォォォ~!と地鳴りのような野太い声援が上がる。


あぁ、あのゴツおじか。


「ねぇジイランさん。なんで名前の後ろに名前がある人とない人がいるの?」


「我が国では一定以上の階級や役職を得た者は自分の種族を名乗る事が許されるんです。一種のステータスですね」


ほ~ん。じゃあ私はキトル・ニンゲン?うん、ダサいね。やめとこ。


そうこう言ってる間に、ゴツおじがもう一人のヘビっぽい身体になった人の頭を片手で捕まえ、もう片方の手で胴の真ん中を掴んで勝負を決めたみたい。


色んな種族を見れるのはいいけど、正直私は誰が強いとかあんまり興味ないんだよね。


ナイトとヘブンは楽しいみたいで「いけっ!そこだっ!」とか「あっ!危ないっ!」とか騒いでる。男の子よねぇ。


知ってる顔も少ないから応援しようがないし・・・。あ、入国の時にマタタビでゴロにゃんしたヤマネココンビはいたけど早々に負けてたっけ。


でも、そろそろ終盤かな?


『お待たせしました~っ!!いよいよ決勝戦の幕開けです!勝者はこの国の守護隊を率いる、新たな隊長に就任いたします!『強き者に従う』この掟に則って開催されてきたこの大会も、ついに最後の戦い!

見逃し厳禁!観客の皆さま、ご着席はお早めに~っ!』


あの子上手いなぁ。前世なら名司会者になれそうだ。


『では最後の戦いに挑むお二方に一言いただきましょう!』


そう言うと、出てきたのは守護隊の隊長だったゴツおじと、フェンリル族の肉おじ・・・おじおじ対決か。


ゴツおじがそつなく型通りの挨拶をする。と、続いて話を振られたフェンリルの肉おじ、マイクを乱暴に奪うとこちらを指差して叫んだ。


『自分が勝ったあかつきには!そこのリザルドの小僧!貴様と、尊きドラゴン様に仕える栄誉をかけて勝負だぁ!』


ご指名されたのは・・・エルガ君?!


えぇっ?!まさかあの肉だるま・・・!


世紀の美少年と絶世の美青年の間に、割り込もうとしてるんじゃないのっ?!

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