ある日、便りが届きました
「エリザベス様、プリムローズは元気にしていると?」
豪華客船にて優雅にクルージング旅行中のエリザベスの元に実家であるレントン公爵家より連絡事項などの定期便が届いた。
その中に入っていたプリムローズからの手紙を読んでいるエリザベスに、クルージングに同行しているフランシーヌがそう訊ねたのだ。
エリザベスは東和の和紙に墨と筆にて書かれたプリムローズ直筆の文を読み終わり、思わず吹き出しながら答えた。
「ふふっ、エクトル様はやはり後を追って東和まで行ったみたいね。それでプリムローズはわたくしのアドバイスをきちんと守って、エクトル様を振り回しているそうよ」
「え?振り回す……ですか?」
「今、東和中で追いかけっこをしてるみたい。プリムローズったら、実家に頼んで転移魔法魔道具を送って貰って随分楽しんで逃げ回っているみたい。ふふふ」
「まぁそれは……ワーグナー令息も大変ですこと」
「きっと必死に追いかけてるのよ。……あの二人は大丈夫そうね。問題はこちらよ……」
エリザベスはそう言って届けられた私信の中から一枚の封筒を取り出した。
封筒に王太子妃の表象が箔押しされたその封筒を見て、フランシーヌは目を瞠る。
「それは……メレンディーナ妃殿下からですか?」
「ええ。メレンディーナ様がご懐妊あそばされたそうよ」
「まぁ……!なんておめでたい……!ご成婚あそばして早や二年。ご懐妊の兆しがない事をエリザベス様も心配しておられましたものね」
「メレンディーナ様には幼い頃から本当の妹のように可愛がっていただきましたもの……王太子妃となられてからというもの一向にお子を授からず、近頃では側妃をという声が上がり始めていたから本当に良かったわ……!」
メレンディーナからの手紙には、安定期に入り母子共に健やかで順調であると書いてあった。
「喜ばしい事ですのに、エリザベス様は浮かないお顔をされていますわ。一体どうされたのです?」
姉のように慕う王太子妃メレンディーナの懐妊はエリザベスにとってとても嬉しい慶事であるはず。
それなのに憂いの表情を見せるエリザベスをフランシーヌは不思議に思った。
エリザベスは手紙に同封されていた招待状をフランシーヌに差し出す。
「それは……」
「ごく親しい者だけを招いて、妃殿下の懐妊を祝う宴を開催されるそうよ。これはその招待状。おそらくフランシーヌ、あなたの家にも届いていると思うわ」
「宴ですか?」
「ええ。お茶会より規模が大きく夜会よりはプライベートなものであるから、あえて宴と銘打っておられるのでしょうね」
「兼ねてより深い親交のある妃殿下が主役の宴ですもの、当然エリザベス様はご出席されるのでしょう?」
「もちろんよ。メレンディーナ様にお会いして直接お祝いを申し上げたいわ」
「私もです」
「でも……という事は王都に戻り、登城しなくてはならないという事になるわ」
「……あ……!」
ここへきてフランシーヌはエリザベスの表情の訳を理解した。
父親たちに婚約解消の手続きを任せ、その事であれこれと騒がれるであろう社交界から離れてクルージングや外遊をしまくってやり過ごそうと思っていたのに、早々に帰らねばならぬ事になる。
そして王家主催の宴では当然ルドヴィックやその側近候補である執行部の面々とも顔を合わせる事になってしまうのだ。
エリザベスは招待状をピラピラとさせながら思案する。
「なんだか誘き寄せられている気がしますわね……」
「誘き寄せる……?一体誰にですの?」
「それは当然……」
実家からの定期連絡にはまだ婚約解消は成されていないとあった。
ならば肩書き上ではいまだに婚約者であるルドヴィックが画策したのではないか、エリザベスはそう睨んでいる。
───だけど一体何のために?
このままいけば王家とレントン公爵家の間にそれほど確執が生じる事もなくある程度は穏便な婚約解消となるはず。
両家の関係性を考えれば、そんなわざわざエリザベスを呼びつけて断罪するという暴挙に出る必要がない。
それとも物語通りにどうしても直接、公の場で婚約破棄を突きつけたいのだろうか。
───そこまでは嫌われていないはず……と思いたいわ。
それに例え他の女に心を移したとしても、ルドヴィックはそのような事をする人間ではない。
物語の中ではエリザベスたち高位令嬢が執拗に悪辣な虐めをリュミナにした為に断罪された。
しかし前世の記憶を取り戻し、断罪と国外追放を回避するために虐めも何もしていないのだ。
物語の強制力が働いて、とも考えられるが冤罪を掛けられぬよう、レントン公爵家直属の影にエリザベスたちの行動は具に記録させている。
だからその心配はないだろう。
「エリザベス様……?」
黙り込んで長考するエリザベスが心配になり、フランシーヌが声をかける。
エリザベスは覚悟を決めて、フランシーヌに告げた。
「とにかく。他ならぬメレンディーナ様からのご招待を無下にする事など出来ないわ。宴へ出席するために王都へ戻りましょう」
「では次に寄港する町で船を降りなくてはなりませんわね。残念だわ、せっかく船旅を楽しんでいたのに」
「ええ本当にね。でも次はきっと、旦那様となるお方と来れるわ。その時にまた楽しみを取っておきましょう」
「ええそうね、エリザベス様」
そうしてエリザベスとフランシーヌは豪華客船によるクルージング旅行を切り上げて王都へと帰る事になったのであった。
一方その頃、王都では……。
第二王子ルドヴィックの執務室でコラールが言った。
「レントン公爵令嬢やフランシーヌは王都に戻って来るでしょうか……」
「この計画を最初に立案したエクトルの話では、エリザベスや高位令嬢たちは王太子妃の慶事ならば何を置いても馳せ参じるはずだと言っていたからな……誠にその通りだと私も思う」
ルドヴィックがそう答えるとコラールは頷いた。
「皆、幼い頃から妃殿下によく遊んで貰っていたらしいですからね。お優しい妃殿下を皆が慕っていると聞き及びます」
「そうだ。だから今回安定期に入り、そろそろ公に懐妊を公表するというのに乗じて義姉上に頼み込んだのだ。小規模な宴を催してベスたちが戻るように協力して欲しいと」
「妃殿下は快諾して下さったんですよね?」
「……不甲斐無し!意気地無し!考え無し!と叱られたよ。任された仕事に一生懸命になるのは結構だか視野が狭くなり大切な事を見落とすからこうなるのだと……国を支えていくつもりなら、常に視界は広く全てに気を配れるようにならねばならぬと諭されたよ」
「さ、左様でしたか……き、肝に銘じておきます」
「そうだな、私もだ。でも散々叱られた後、宴の開催を兄上に進言し、エリザベスたちに招待状を送って下さったよ。まぁそれもベスたちの事を思っての行動だろうがな」
「それでも。本当にありがたいですね……」
「だが自分に出来るのはそこまでだと言われたよ。後は自分でなんとかしろと」
「エクトルはどうなります?戻ってくるのでしょう?」
「発案者はアイツだからな、プリムローズ嬢と共に何がなんでも戻ってくるのではないか?」
「なるほど……」
ルドヴィックとコラールはその後、来たるべく宴にてどようにするべきかを相談しあった。
東和ではハッスルして逃げ回るプリムローズを、エクトルが必死になって追いかけている事を二人は知らない。




