ある日、再会したのは…
「さ、財布がないっ」
「私も!」
「儂の巾着も失くなっておる!」
野分(台風)のせいで魔力灯が消え、唯一灯りのある大広間に集まった宿泊客の貴重品が消えるという騒動が俄に起きた。
「えぇっ!?」
薔薇之介は慌てて自身の浴衣の懐を探る。
「良かった……有った……」
路銀や通行手形が入った薔薇之介のポーチは無事であった。
しかしホッとするのも束の間、それを見ていた五十代の男性が薔薇之介を指差して声を荒らげる。
「みんな盗まれているのに、なんでアンタだけ無事なんだっ!」
「え?」
一体何を言われているのか解らず、薔薇之介はきょとんとする。
その様子を見て五十代の男性宿泊客は更に薔薇之介に向かって言い放った。
「まさかアンタがみんなの所持金を盗んだんじゃあるないなっ!!」
「……へ?」
まさか盗っ人の嫌疑を掛けられるとは思いもよらない薔薇之介は素っ頓狂な声しか出せない。
それがますます怪しいと感じたのか、男性宿泊客は広間にいる皆に向かって大声で告げた。
「みんな!どうもコイツが怪しいぞっ!!」
「なんだって!?」
「このお兄さんがっ?」
「貴様が犯人か!」
「ちょっとお客様!皆さん落ち着いてください!まだそうと決まったわけではございませんよ!」
宿泊客や宿の従業員の様々な声が聞こえる中、ようやく薔薇之介は自身に疑いが掛かっている事を理解する。
「まっ……待ってくださいナリ!某は盗みなんて働いてはござらんナリ!」
「ムキになって否定するところが更に怪しいじゃないかっ!」
「やってないのだからムキになって否定するに決まってるナリよ!」
薔薇之介が何を言っても男性客は薔薇之介を犯人だと決めつけたもの言いをしてくる。
そして男性客が皆に告げた。
「みんな!コイツを取り押さえていてくれ!儂は外部と通信出来る魔道具を持っているから部屋に戻ってそれを取って来よう。そして自警団に連絡をする!」
「ちょっと!本当に某は犯人ではないナリよ!」
「煩いっ!盗っ人は皆そう言うのだ!」
そう言って男性客はその通信魔道具とやらを部屋に取りに行くために大広間を出て行こうとした。
しかしその時、あの盲目の女性客が広間の入り口に立ちはだかる。
「な、なんだアンタはっ?邪魔だ、そこを退いてくれっ!」
男性客は声を荒らげながら女性客の横を通り過ぎ、広間を出ようとした。
が、女性客は瞬時に男性客の腕を取って捻りあげ、腹這いになるように床に組み伏せる。
そして捻りあげた腕を男性客の背に回し、体重が乗るよう膝で押さえ身柄を拘束した。
盲目の女性客はそれまでとは別人のように打って変わった話し方で男性客に告げた。
「そこまでだ。他者に容疑が掛かるように仕向け、適当な理由を付けて自分の部屋へ戻る……なるほど、なかなか悪知恵が働くようだな」
突然のその状況に、理解が追いつかない皆が唖然として男性客を制圧する女性客を見ていた。
ハッと我に返った薔薇之介が盲目の女性客に訊く。
「ど、どういう事ナリっ?」
「皆の貴重品を盗んだのはこの男だ。コイツ、こちらが盲目だと言ったのをいい事に目の前でやりたい放題だったぞ。まずは俺の財布をスリ、広間の皆に話しかける態を装って次々に財布などをスリまくっていった。口惜しいがなかなかの妙技だったな。そうして適当に理由をつけて部屋に戻り、盗んだ貴重品を置いて戻る算段だったんだろう」
「えっ……で、ではその人が犯人ナリかっ?」
「そうだ。この男のデカい腹はフェイクだ。中には脂肪ではなく皆の財布や巾着袋などが出てくるはずだぞ」
女性客のその言葉に男性客は血相を変えて慌て出す。
「なっ……い、いい加減な事を言うなっ!離せっ!儂は何もしておらん!やめろっ!触るなっ!!」
そう言って男性客は拘束を逃れようとじたばたするも、女性客に完璧なまでに押さえ込まれていて身動きひとつ取れない様子だ。
そして男を調べてみると、女性客の言った通り皆の貴重品が次々と出て来た。
「くそっ!くそうっ!!」
悔しそうに悪態を吐く男性客……いや窃盗犯に、女性客は「煩い」と言って魔力を流して意識を狩った。
「………え……?」
その瞬間に感じた魔力に、薔薇之介は目を瞠る。
大人しくさせるために眠らされた犯人を宿屋の男衆が縛りあげ、閉じ込めるべく別室へと連れて行った。
そうして無事に宿泊客それぞれの元に貴重品が戻った。
その様子をやれやれと見ていた女性客に向かって薔薇之介が言う。
「嘘でしょう……?どうして#女性客に変身__・__#して東和にいるの……?」
その声を聞き、女性客は眉を下げ、肩を竦めて答える。
「……キミを追って来たんだ。でもあまりに活き活きと東和観光を楽しんでいるから、ある程度満喫するまで待とうと、変身して側で見守る事にしたんだ……」
そう言って女性客は薔薇之介の目の前で変身魔法を解いた。
その姿を薔薇之介は固唾を飲んで見守る。
そして元の姿に戻った相手を見て、薔薇之介はその名を呼んだ。
「追って来たって、どうして……?………エクトル……」
「……プリム」
盲目の女性客は変身魔法にて姿を変えていたエクトルであった。
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何故エクトルが盲目を装ったのか、訳は次回に。




