グラツィアーナの謝罪
星辰の儀の数日前、転移陣を使い王城にやってきたアンナは、豪奢な客室へ通された。王城に宿泊できるのは限られた貴族のみだ。
一緒に来たフィアラークの面々は陛下に挨拶に行ってしまい、アンナは久々にグラツィアーナとお茶をすることにした。
「グラツィアーナ様、ご足労いただきありがとうございます。こちらから伺いましたのに」
「待っていてもそわそわしてしまうばかりだから、いいのよ。それに、自室にいればひっきりなしに訪問があるのだもの」
「国母となられるのだから、みな一目見たいのでしょう」
「わたくしにも予定が詰まっているのにやってきて、無下にも出来ないし……だからアンナのところに避難させてちょうだい」
「ええ、存分に」
くすくすと笑いあったふたりはお茶を飲み、気づかないあいだに張り詰めていた気を緩めた。
「グラツィアーナ様、お手紙ありがとうございました。励みになりました」
「わたくしもです。アンナ、仕草が洗練されていてよ。さすがメアリー様だわ」
「メアリー様は、本家で一番厳しい方です。ワーズワースとゲーデルを星辰の儀に参加させたのも、メアリー様のおかげと聞いています」
「あれは、陛下も見せしめのために参加させたかったのよ。内々に決まっているのだけど、アルベルト様の姉君が降嫁されるの」
昔は、家族内の虐待は罪ではなかった。躾として鞭打つことも珍しくなく、談笑のネタにされることもあるほどだった。
事態が変わったのは、数代前の王が溺愛していた娘が降嫁したときだった。その娘は嫁ぎ先でも何不自由なく愛されて過ごし、やがて子を産んだ。その子を、嫁ぎ先の舅が厳しく育てた。
いきすぎた躾は足の骨を折る大怪我となった。それを許す王ではない。新たに法律を作り、舅を厳しく罰した。
「だから陛下は、間違っても同じことが起こらないよう釘を刺しているのよ。この法が施行されることは滅多にないから、みな忘れかけているわ。ワーズワースとゲーデルは生贄よ。法を思い出させ、破ればこうなると見せしめにするの」
「素敵ですね!」
「アンナならそう言うと思ったわ」
アンナはメアリー直伝の微笑みを浮かべた。
(確かにエレナには痛めつけられたけど、それにしては対応が良すぎると思った。裏に王がいたのね。子爵令嬢が家族と伯爵の婚約者に虐待されているよりも、フィアラークの養女とフィリップの婚約者となることが決定していた令嬢を虐げていたほうが、よっぽどインパクトがあって重い罪になる)
「……わたくし、ずっとアンナに謝らなければと思っていたの」
「そうなのですか?」
「あなたがエレナに酷い目にあわされている時……わたくし達は、知っていて助けなかったの。機を待っていたのよ……。王の道に、犠牲や血は必ずあるわ。それでも、少しでも減らそうとアルベルト様と誓ったの。でも、実際アンナを見て……わたくしは上辺だけの決意をしていたのだと思い知らされたのよ」
「そうですか」
揺れる声で告解するグラツィアーナに対し、アンナの声はあっさりしていた。
「アンナは怒っていいのよ! 見捨てておきながら友人などと図々しいことを言うわたくしを!」
「ワーズワースとゲーデルと縁を切れましたし、お金もいただきました。わたしにとっては、それで帳消しになる罪です。だいたい、人は誰もが大なり小なり何かを捨てたり選んだりしているのですよ? 誰もが見捨て、見捨てられている。真摯に謝罪してくださるグラツィアーナ様を許します」
「アンナ……」
「グラツィアーナ様は良き友人です。グラツィアーナ様がいらっしゃらなかったら、きっと同性も嫌いになっていたでしょう」
「……わたくし、あなたの思いに応えてみせますわ。アンナの復讐を、陛下にすら邪魔させません」
「つまり……クズの家を破壊していい?」
「許可します!」
「やったー!」
淑女らしくなくはしゃいでしまったアンナはハッとしたが、部屋にはグラツィアーナと、グラツィアーナが最も信頼している侍女のエマしかいなかったため、存分に喜ぶことにした。
るんるんと鼻歌をうたいながらクッキーをつまむ。
「あのクズたちは莫大な賠償金を支払えないから、屋敷や価値のあるものは国が回収する予定だったのでは?」
「それはいいのよ」
グラツィアーナは口をつぐみ、それから赤みを帯びた茶色の瞳を優しく輝かせた。
「言わないでほしいと言われたけれど、アンナには知る権利があるわ。フィリップが、星辰の儀での褒美を辞退したのよ。その代わり、ワーズワースとゲーデルの処罰はアンナに一任してほしいと陛下にお願いしたの」
「フィリップ様が?」
星辰の儀で一番活躍した者に与えられる褒美は、平民であれば孫の代まで遊んで暮らせる額だ。英雄で負けなしのフィリップに与えられる金銭と名誉を、アンナは想像もできなかった。
「きっと、アンナに重荷に感じてほしくなかったのね。フィリップは自由なアンナが好きだから」
「たった今グラツィアーナ様が暴露しましたけどね」
「あら、いいじゃない。わたくしもフィリップの恋を応援したいのよ」
アンナは返事をしない理由を作るためにお茶を飲んだ。
フィリップは確かに口説いてくるが、肝心の「好き」という気持ちは聞いていない。それがアンナにとって何だか胡散臭かった。
ちなみにフィリップは、もう好きだと言ったつもりになっている。
「明日のお茶会が楽しみね。フィリップを狙っていたご令嬢方はきっと悔しがるでしょうから」
「グラツィアーナ様、意外といい性格をしていますね」
「ずっと婚約の話を持ってきて、しつこかったもの。色仕掛けまでしてきて、キリがなかったし。お茶会では、ふたりがアツアツカップルだって知らしめましょうね!」
「グラツィアーナ様、大変申し上げにくいのですが、アツアツカップルは死語です」




