実はちょっとほだされている
最初は緊張していたが、話すうちに徐々に笑顔が増えていくアンナは、たしかにフィアラークに合っていた。出された紅茶とケーキはおいしく、魔獣で話が弾む。しばし談笑していると、星辰の儀に話がうつった。
「実は一度も行ったことがありません。いつもワーズワース家に残されていたので」
「まさか! いや……アンナはそれどころじゃなかったな。すまない」
「謝罪は必要ありません」
星辰の儀を見るのは貴族の特権で、最大の社交場だ。よほど遠かったり金欠だったり領地で問題が起こっていないかぎり、王都へ集まる。フィリップは謝罪したが、アンナの返事はいつもと変わらない。
「……ならば、今年の星辰の儀では特等席を用意しよう。その……白薔薇を、期待してもいいだろうか」
星辰の儀に出る者は、試合前に婚約者や想い人に白薔薇を贈る。身分差がある者からのプロポーズや、秘めた想いを伝える者もいて、かなりの盛り上がりをみせる。
白薔薇を贈られた者は、試合後に返事をする。勝敗が決まったあと、イエスならば白薔薇にキスをして返し、ノーならば地面に落とす。
アンナは口を開き、思い直して閉じた。どんな意見でも言っていいとはいえ、さすがに本家で言うのは憚られる。
「アンナ、好きに言ってごらん。私たちは気にしなくていい」
ほんのり香る色恋沙汰に目を輝かせたローからの援護が入り、フィリップはぐっと腹に力を込めた。アンナは必要だと感じれば、白薔薇を贈り返してくれるだろう。でも、そこに心はない。できることなら、アンナの心ごと贈ってほしかった。
興奮を隠しきれない瞳に見つめられ、アンナはどう返そうか迷った。
(フィリップ様ってもしかして趣味が悪いの? 最初はあんな態度だったのに、魔力暴走が起きて目覚めたらやけに優しくなって気持ち悪かったし、冷たくしても熱のこもった視線は変わらないし……。まぁ、はっきり言うしかないか)
「……アンナ、どうだろうか」
「口説きたかったら、ちゃんと真正面から口説いたらどうですか? フィリップ様は視線ばかりよこして行動ではあまり示さないし、言葉も態度も回りくどくて本心がわかりません。わたしは、結婚したくないとはっきり伝えました。だから気持ちに応えないと思いますが、感想は伝えておきます」
「………………ど……」
「ど?」
「努力する…………」
撃沈したフィリップをよそに、ローとメアリーは爆笑していた。涙まで浮かべている。
セドリックだけはフィリップを慰めていたが、ときおりどうしても漏れる笑いに、フィリップは余計に落ち込んだ。
「き、きみの言うとおりだ、アンナ。フィアラークたる者、真正面から愛を伝えなければね」
「フィリップは昔から引っ込み思案だもの。それにしても、あぁおかしい!」
「わっ、笑ってはいけません。フィリップも、フィリップなりに頑張ったんです。ね、アンナ?」
「伝わってませんでしたけどね」
「ぶふぅ!」
フィリップには冷たいアンナだが、こんなに笑われてうなだれるフィリップを見ると、さすがに罪悪感がわいてくる。フィリップをこうした原因であるアンナは、しょぼくれているのが笑われているせいだと思い、広い背中に優しく手をおいた。
「ギュンターよりフィリップ様のほうがいい人間ですよ」
「………あのクズと比べないでくれ………」
「それもそうですね」
慰めは失敗に終わった。
笑いがおさまったころ、顔合わせのお茶は終了した。好意的に受け入れられ、アンナはほっとした。ここには期間限定しかいないとはいえ、できるなら居心地のいい場所にしたい。
まだショックをうけているフィリップはどこかふらふらしており、何度か呼びかけてようやく気づいた。
「あ、ああ、ぼんやりしていてすまない。なんだろうか」
「フィリップ様とふたりでお話ししたいのですが」
意気消沈していたフィリップのテンションが一気に上がる。期待してはいけないが、期待してしまうのが男心。
フィリップの自室に案内され、お茶を用意した侍女が下がると、フィリップはそわそわと尋ねた。
「なんの話だろうか?」
「実は、フィリップ様の事情を知らないので教えてほしいのです」
「…………そうか……」
「家の事情は本に書かれませんし、そういった情報が得られる機会はありませんでした。グラツィアーナ様に尋ねたのですが、本人に聞いたほうがいいとおっしゃって」
「知らないまま婚約したのか?」
「聞ける雰囲気ではありませんでしたので」
そう言われると、フィリップが言える言葉はない。アンナは、珍しくララといる時のようなやわらかな微笑を浮かべた。
「フィリップ様のこと、教えてください」
「……わかった」
惚れたほうが負けとは、よく言ったものである。
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