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【連載版】氷は存外簡単に溶ける  作者: 皿うどん


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回復魔法の見せどころ

「アンナ、本当に気をつけてね。無理をしないで。バルドヴィーノ様は剛毅だけれど気のいいお方だわ。それと、エレナ・リドマンの件はやはり難しいみたい」

「気になさらないでください。確かにエレナ・リドマンにはやられた10倍返しくらいしたかったですが、国に身柄を拘束されたのだから仕方ありません。拷問のプロがいるのですから、そちらに任せたほうが死なずに安全にできるだけ長く拷問されるでしょう」

「安全に拷問……?」


 フィリップのつぶやきは誰にも反応されなかった。今はアンナがフィアラーク領に行く前で、グラツィアーナが別れを惜しんでいる最中だ。グラツィアーナは揺れる瞳を隠し、くちびるを噛んでアンナの手を放した。


「アンナはきっとフィアラーク家に馴染むでしょう。何かあればすぐわたくしに連絡をちょうだいね。フィリップ、アンナを任せます」

「この命に替えましても」

「それは重いのでやめてください。わたしよりララを守ってくれれば」

「まあ、アンナ……」


 いつものグラツィアーナの微妙な顔で別れを終えたアンナは、フィリップに連れられて転移陣の上へ乗った。ララも続くと、トトを手招きする。


「あの、ぼく……あの、失礼します」


 緊張しきったトトはぎくしゃくと歩き、ララの手を握り姉を見上げた。

 保護されたトトは薬を飲んで養生すると、すぐによくなった。リハビリも順調に進み、やや細いものの健康な少年になると、ララは泣いて感謝した。今後ララはアンナの侍女となるべく教育をうけ、トトはフィアラーク領で合った仕事をする予定だった。

 最終決定はアンナに委ねてくれ、アンナの望み通り手配してくれたのはフィリップだ。


(もしかすると、フィリップ様もそこまで悪い人ではないのかもしれない。少なくとも、機嫌が悪いなんて理由で人を殴らないし)


 初日の悪印象を拭うべく、グラツィアーナにダメ出しを受けながらアンナのために奔走したフィリップの行動が、ようやく実を結びつつあった。


「グラツィアーナ様、御前を失礼いたします。アンナは星辰の儀に連れてまいります」

「グラツィアーナ様、お手紙をお出ししますね。字はあまり綺麗ではないのですけど」

「わたくし、すぐにお返事を書きますわ」


 転移陣を起動すると、名残惜しく見つめるグラツィアーナがすぐにかすれていく。一瞬の浮遊感に目をつむったあとアンナが目を開けると、そこはもうフィアラーク領だった。


「こんな一瞬で着くなんて」

「フィアラーク家は特殊で、手に負えない魔獣の被害があったとき、すぐに救援を呼ぶために転移陣がある。ほかの領では、転移陣を使ったとしても移動に最低でも数日かかるだろう。その前に、莫大な魔力を用意できるかどうかだが」


 フィリップがアンナをエスコートして転移陣を出ると、待機していた使用人たちの中で、ひとりが顔を上げた。


「おかえりなさいませ、フィアラーク様。ようこそおいでくださいました、アンナ様。おふたりをお出迎えする栄誉を与えていただき感謝いたします。馬車を用意しております」

「アンナ、今からアンナの義両親になる分家へ行く。そこのフィアラーク家はここから近いから、すぐに着くだろう」

「はい。ララ、トト、また後でね。ふたりとも無理はしないで」

「アンナ様も」


 ララとトトはこれから別行動だ。アンナが望んだため、教育が終わっていなくてもララは侍女としてアンナにつくが、それでも最低限というものはある。

 メイドから侍女になるには厳しい教育が必要で、それをララに強いるのは気乗りしなかったが、ララは前向きだった。


「これでアンナ様が婚約解消しておひとりになっても、私ひとりでお世話できますね。今の時代、手に職ですよ! アンナ様も何か身につけてきてくださいね!」


 アンナとララは似た者同士だった。





 自室へ通されたアンナは、まず湯浴みをさせられた。フィリップいわく、


「これは義両親からの心配りだ。アンナを歓迎し、少しでもリラックスしてほしいと示している。準備が終わるころに来る」


 だそうだが、特にリラックスは出来なかった。今朝、出発する前に湯浴みしたばかりなのに、そんなにすぐ汚れるはずもない。

 数人がかりで丁寧に洗われるのは気持ちいいが、王城で最初のころ感じた視線が突き刺さる。回復魔法をかけてもらったとはいえ、小さい頃からあるものや、深い傷跡は消えない。火照るとくっきり浮かび上がってくる火傷の跡を見る侍女たちの目は


「なんとお可哀そうに……こんなに気丈に、健気に耐えていらして。少しでも痛くないようにしなければ。ああ、なんて小さくて細いの……痛ましいわ」


 と語っている。アンナ自身は、今までされてきた以上のことをお返しするから気にしなくていいとさっぱり考えているのだが、口に出せる内容ではない。結果、同情の視線を黙って受け止めるしかなかった。


 湯浴みを終えたアンナはたっぷりのオイルで体を保湿し、それらを蒸しタオルで拭い、また保湿され、眠気が襲ってきた頃にようやくドレスに着替えた。

 ドレスとはいってもワンピースとの中間のようなもので、貴族の普段着だ。淡いレモンイエローとアンナの目に合わせたロイヤルブルーが、白い生地に映えている。若さや華やかさではなく、清潔な爽やかさを押し出したドレスだった。

 同じ色の花を髪に編み込みながら、侍女のひとりが言う。


「アンナ様のために、フィリップ様が選ばれたドレスでございます。よくお似合いですね」


 いつも同じ服を着ているフィリップを思い出す。星辰の儀に出る者に与えられる大変栄誉な服らしいが、同じがゆえに、フィリップは濃紺を金で彩ったものしか着ないイメージがついてしまっていた。

 いつもぴくりとも表情を動かさない氷の貴公子が、若い子女しか着ないレモンイエローを前に熟考しているのを想像すると、なんだかおかしかった。


 アンナの支度が終わりお茶を飲んでいると、フィリップがやってきた。アンナを見てしばし動きを止め、下手な咳払いをする。


「その、よく似合っている」

「フィリップ様も。濃紺以外の服をお召しになっているのは初めて見ました」

「……これはアンナに合わせたのだ」


 ロイヤルブルーの上で、長い銀髪がさらさらと揺れる。夜明けの海の波打ち際のようだ。


「では行こうか。バルドヴィーノ殿がお待ちだ」



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[一言] 人命に配慮した拷問という非人道的行為
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