10/11〜12深夜 夢
少女は少女は夢を見る
遠い遠い、異国の夢を――……
※うろな町外話含む
ホテル〈ブルー・スカイ〉のプライベートフロア。
太陽達家族にあてがわれたスペースにある、汐の部屋。
雨の降る夜。時間ももう遅く、すやすやと規則正しく寝息を立てながらベットで眠る汐が、ふいにコロンと寝返りを打つ。
するとその手と首から下げられていた夜輝石が、傍に置かれていたフィルのターバンに触れ。
夜の暗がりの中、夜輝石がキラリキラリと輝いて――……
「あぁもぅ!」
白を基調とした神殿のとある一室に、一つの声が響く。
細飾の刺繍が施された絨毯に机と椅子。小さなタンス。ベットの脇に燭台が置かれたチェストがある以外は、他に物のない簡素な部屋。
その部屋にいるのは、肩口で切り揃えられた白紫の髪に、高貴な者の証である紫水晶の瞳を持つ者。
神官のみが着る事を許された、白に金と紫の刺繍が施された法衣を身にまとっている。
床に無造作に転がった枕(たった今自分で投げた)を忌々しげに見つめ、その者がため息を吐いた所で。
「まぁ〜た、随分荒れてンなぁ、〈タリアちゃん〉ってば」
などと言いながら、この部屋唯一の窓の鍵を難なく開けて、入ってくる少年が一人。さらり、白の髪を揺らしてニカッと笑う。
それを、呆れたように見つめる部屋の主。
「……フィル。また貴方はそんな所から。落っこちても知りませんよ?」
それに、飄々としたまま答えるフィル。
「この俺様が落ちるかよ。郵便屋、ナメてんじゃね〜ぞ?」
言いながらさっさと部屋に入り込み、枕を拾ってどかりとベットに腰かけるフィル。
本来なら、承諾も得ずに入室する事も、こんな生意気な口を聞く事も、許される筈はないのだが。
苦笑を浮かべて見つめるだけのその者に、フィルはさらりと問う。
「んで? な〜にを荒れてンのかなぁ、ターリアちゃんは?」
「……いい加減改めないと、窓から吊るしますよ?」
それににっこり、笑う〈タリアちゃん〉。それを肩を竦めるだけでかわして、ニヤリと不敵な笑みを向け、一言告げるフィル。
「せ〜っかく、持ってきてやったんだがなぁ?」
懐から出した小箱をカタカタと振りながら告げるフィルに、驚きながら駆け寄るタリアちゃん。
「まさか、もう出来たのですかっ?」
「あったり前だろ〜? 俺様を誰だと思ってんだよ」
それにニヤリと告げるフィルだが、小箱に手を伸ばすタリアちゃんとは逆方向にひょいっと小箱を遠ざけて、蒼の瞳で怪訝な顔のタリアちゃんを見つめながら問う。
「すぐ、なんでも押し隠そうとすんのはお前の悪りぃ癖だぞ、〈ラタリア〉。話さねぇなら、コレはやんない」
「……ソレは私の分でしょう?」
「受け取ったのは俺様だぜ? コレをどーするかは、俺様にある」
「…………」
蒼と紫の瞳が、絡み合い。
暫ししてからはぁ、とため息が溢れ、外される紫の瞳。
「……ちゃんと話しますから。ソレは渡してくださいよ」
「いーぜ、ほら」
差し出された手に、フィルはニヤリとした表情のまま、そっと小箱を置いたのだった。
ラタリアイーデ・カラギュスタッド
雲をも突き抜けた、遥か先にある霊峰の頂に建てられた神殿の、最高位の神官を務める者。
村や町の子供達からは、ラタリア様、イーデ様、神官様等々親しみを込めて呼ばれているが、一昔前の大人達や近隣諸国の上層部らからは、神やら救世主やら、真の王やらと崇め奉られ、また畏怖されたりもしていた。
それというのもこの地帯一帯は、ほんの数十年前まで暴動やら戦争やらが頻繁に繰り返されており、平和や幸せ等よりは、殺戮や地獄といった言葉の方が、遥かに現実味を帯びていた。
傾く経済、悪化する治安。弱い者達は当たり前のように虐げられ、無慈悲に殺されていくのが現実(当然)だった、その場所に。
何処からともなく現れた、神代の声を聴く者が、そこら一帯を瞬く間に救済した。
それがこの地帯一帯に、語り継がれている〈お伽噺話〉。
その救世主は、霊峰の頂に建てられた神殿に今尚留まり、地上を優しく見守り続けているのだと、囁かれている――……
「そういえば、フィルは何にしたのですか?」
受け取った小箱から取り出した、汐から貰った夜輝石を加工して作った指輪を、親指に嵌めながら呟くラタリアに、フィルはコレコレ、と言いながら耳を指差す。
よくよく見るとその耳に、形そのままのイヤーカフスが付けられていた。
キラリ、夜輝石が輝く。
「ルドのは落とさねぇよーに、型番のタグに嵌め込んである」
「ふふっ。それなら落とす心配はありませんね。今度汐に会ったら、とっても喜んでいたと伝えてください」
「おーよ。……んで? そろそろ話してくんねぇか? 全く〈関係がない〉話って訳じゃ、ねーんだろ?」
ちらり、視線をくれて呟くフィルに、ラタリアはこくりと頷いて。声を潜め、囁く。
「〈連れ戻す〉つもりのようです」
「……元老院のジジィどもか?」
囁き声で聞き返すフィルに、はい、と小さく呟くラタリア。
元老院とは、神殿の建設以前から内部に関わっているとされている、今や神殿とは切っても切れない関係にあるもの。
神殿が表であれば、元老院は裏である。
それらは簡単に覆ったりもする程に力があるとされているが、繋がりは強固で深く、神殿の根本も元老院の根本も両者が互いに知り得ているからこそ、どちらからも切れる事なく、現在にまで続いている。
尚且つ、元老院に属する者達は古の時代の生き証人であり、神殿の〈実態〉を知る者が殆んどで、勢力もかなりのものである為、若くして神官の座についたラタリアには、御しきるのには限界がある。
いくら神殿が主で元老院が従であるといえど。
「神殿の管轄である神殿、もしくは元老院の名を冠しているのであれば、神官の名の下に留め置く事は出来るでしょうが」
「ジジィどもの〈子飼い〉にしてる奴等までは、ラタリア(お前)じゃ手ー出せねぇモンなぁ」
下手なタマは打たねぇだろうしな〜、と呟き頭を掻くフィルに、
「こんな時程――、自分の無力さを悔いた事はありません。ですが、永遠様との盟約を、反故になど出来る訳がありません」
拳を握り締め、ポツリと呟くラタリア。そんなラタリアに苦笑するフィル。
〈お飾り〉で神官の座に据えられている事を、ラタリアは十分に解っている。
しかし実際に、まだまだ導き手が必要とされているのも、解っていて。
「いーんだよ。お前は神官(お前)として、にっこり笑って其処にいてくれりゃあな。それだけで、救われる者はちゃんと救われてる。――大体、お前忘れてンだろ?」
頭を上げたラタリアに、フィルはぽんっと枕を投げて立ち上がり。ニヤリと笑って自信満々で告げる。
「なんの為に俺様が、俺達がいると思ってんだよ?」
「!」
それに、はっとするラタリア。ニヤリ、笑ってフィルは続ける。
「ま、お前みたいに、その身を神に全部捧げる――、なぁんて訳じゃねーけどさ。お前の目となり耳となり、手足となるくらいは、出来るつもりだぜ?」
今までだってそーだったろ、と付け加えるフィル。
それがなんともフィルらしくて、自然と苦笑が溢れてしまう。
自ら望んで翼を折り、神官の座に下ったけれど。
それはこんな風に、理不尽なモノに屈する為などではない。
本来ならあり得る筈もないのに、身を呈してこの地一帯を救ってくれた永遠様との盟約もある。
それを反故になど、させるものか。
「そうでしたね」
フィルの呟きに笑顔を返して。
ラタリアはキラリと、紫水晶の瞳を煌めかせる。
するとそれに呼応するかのように、右手の親指、指導者といわれるその指に、神官の証の指輪と連なるようにして嵌められた、夜輝石の指輪が、キラリと一つ瞬いた。




