9/21 知らぬ事が武器
「…………」
小雨の降る中、太陽が訪れたのは、源海の部屋のドアの前。
どうしても聞きたい事があって、ドアの前まで来たのはいいのだが。
そこから先に、なかなか進めないでいた。
ノブに手をかけては外す、を繰り返し。
「…………」
ごくり、唾を飲み込み意を決してノブに手をかけ、ガチャリとそのドアを押し開こうとした所で。
「何をしておるのじゃ」
「きゃああぁっ!?」
背後から声をかけられ、少女のような悲鳴をあげて慌てて後ろを振り返る太陽。
するとそこには、目を瞬く源海の姿が。まだ帰ってきてなかったらしい。
「おっ、お義父さん。まだ、お帰りになってなかったんですか。そ、それじゃあ私、また出直して……」
「よい」
慌てて告げて、そそくさとその場を去ろうとする太陽を一言呟くだけで留め、源海は自らドアを押し開けて告げる。
「――入りなさい」
長い眉毛から覗くその瞳は真っ直ぐで。
〈何を訊ねに来たのか〉など、とうに知れているようで。
「……」
こくりと頷き、太陽はその部屋へと足を踏み入れる。後について部屋に入った源海が、誰にも邪魔されぬようにと、そっと錠をかけ。
茶の用意をして、和室に正座で向かい合う二人。
ずずっと濃く出した渋い茶をすすり源海がふぅと一息ついたのを、太陽は座したまま微動だにせず見つめ。
そんな太陽を見つめ返して、「渚から聞いての。そろそろかとは思っとったんじゃ」と呟いて源海は静かに言葉を紡ぐ。
「永遠は、間際になんと言っておったかの?」
信じていてあげてね
源海のその言葉に、死の間際、永遠(お義母)さんが言っていた言葉が脳裏を過る。
それにはっとする太陽だが、膝に置いた手を握りしめ、絞り出すように声を出す。
「ただ……、待っていろと言うのですか? 危険が、及ぶかも知れないのに」
太陽のその言葉に、全てを察したかのような表情で、源海はただ静かに告げる。
「〈保持者〉と〈その他〉が、隔たれておるのは太陽さんも知っておろう。それが〈配偶者〉であれ、同様だという事も」
「っ!」
ぐっと喉を詰まらせる太陽を見据え、源海は決して大きくはない静かなその声で、囁くように告げる。
「儂らには〈監視〉がついておる。汐がどうこう、ではなく〈部外者〉が情報を知り得すぎないように、との意味合いでの」
全く、回りくどい事をしおるわい、と呟き息を吐く源海。そんな源海を睨み、ひとつ呟く太陽。
「……お義父さんでも、たとえ汐(あの子)に危険が迫っているのだとしても、お教え頂く事は出来ない、と仰るのですね?」
鋭い眼差しを向ける太陽を、源海はただ見返し告げる。
「情報を知り得すぎたが故に、永遠に手の届かぬ所に据えられるか。時が来るのを待ち、今ひと度その情に堪え、今まで通りの平穏を手にし続けるか。――どちらが得策かのぅ?」
その言葉にビクリと、身体を震わせる太陽の黒の瞳から、一筋の滴が滑り落ちる。
「でもっ……でもお義父さん! あの子がっ……汐が狙われているのを知っていて、何もっ……、何もしないでいろだなんて……っ!」
押し殺しきれなかった嗚咽が、涙が溢れてシミをつくる。
そんな太陽の側に寄り、その肩に手を添えて源海は囁く。
「酷な事を申しておるな。儂とて子を持つ身。親の気持ちが分からぬ訳ではないが、監視者(奴ら)とて〈力〉の事は分からぬが故、周りの〈変化〉には悟いのじゃ。少しでも違和感があれば、直ぐにでも行動を起こすじゃろう。――今は、堪えてくれぬか」
「……っ……」
源海に頭を預け、口元を被って涙を流す太陽。そんな太陽の頭を、その背を優しく撫でながら源海は呟く。
「〈知らぬ事〉が汐の武器じゃ。そしてそれは儂らも同じ。〈知らぬ〉を通せば手出しはして来ん。まぁ、ちょいーとはあるじゃろうが。儂には〈枷〉もかかっておるしのぉ。所在が居ればもう少しは楽じゃろうが〈面倒事〉は、それ専門の奴らに任せておけばよいのじゃよ」
「……え……?」
ニカッと笑う源海を、泣き濡れた顔で見上げる太陽。その涙を指で払ってやりながら、笑みを深めて呟く源海。
「〈あやつら〉は、本来その為におるのだからの」
ふぉっふぉっふぉっ。
笑う源海を、太陽はただただぽかんとした顔で見上げるのだった。
堪える事の方が辛い。でも今の所それしか術はない
そして更に出来た疑問…
太陽の悩みは尽きませんね…




