☆9/10 町をぶらり
ボストンバックを持ったまま、栗色の髪をした男はふらりふらりと町を歩く。
丁度商店街に差し掛かり、賑わう商店街の雰囲気と流れにつられ身を任せるままに入っていく。
「〈調和〉と〈結束〉――それに、〈温かみ〉のある商店街だね。うん、良い所だなぁ」
ふわんと呟く男。その男の顔に浮かぶ笑みは、本当に嬉しそうで。
そんな表情のまま、流されるままに商店街内を暫し、うろうろとして。
「……あれ?」
商店街を出た時には、両手に抱える程の袋たちが。
それを見やり、うーんと考え。
「まぁいいか♪」
にぱっと笑んで、若干スキップしながら歩いていく男。
向かう先は町の北側。
「ふふ〜ん♪」
機嫌良く住宅街を歩く男。その男が手に持つ袋が、がっさがっさと音を立てる。
「おや?」
そんな中、ふと前方を歩く少女に気を止める。
黒髪の、ロングヘアーが風に流れ、毛先のみつあみが空に踊る。
黒の長髪、なんてこの日本ではそう珍しいものでもない。
そもそも、この男はそんなものに気を留めたのではない。
ワンピース姿のその小柄な少女の、頭の上にちょこんと乗っているモノ――茶色と白の毛並みの、ハムスターに目を止めたのだ。
「うわぁ、可愛いなぁ〜♪」
そうしてついつい、駆け寄り声をかけてしまう男。
『な、なんだにーちゃン!?』
いきなり声をかけられ、びくっとして慌てて振り返る少女と、まるでぎょっとしている表情が見えるかのような、頭の上のハムスター。
「あぁ、いきなり声をかけてしまってごめんね。驚かせちゃったよね」
それに、申し訳なさそうに謝る栗毛の男。しゅーんとしているその様はまるで、捨てられる前の子犬のようで。
『ちょっと驚いただけだゼ! だからそんな顔すんなよ兄ちゃン!』
無表情な少女とは違い、慌てたように手を動かし、言葉を紡ぐハムスター。
それにほわり、笑顔を向けて呟く栗毛の男。
「ありがとう。えぇと、僕の名前は青空所在。君達の名前は?」
『オレの名前はハム太だゼ! こっちはヒナタ。ヨロシクだゼ、兄ちゃン!』
ビシリ、指を立てるハムスター、ハム太にほんわりする栗毛の男、アリカ。
ピコピコ動く手を見つめ、うずうずしながら呟く。
「さ……触ってみてもいいかなぁ?」
キラキラしたその瞳に、若干気圧され気味にハム太。
『し、仕方ねえナ、そっとだゼ』
ハム太のその言葉にぱぁっと笑顔を向けてそっと、その小さな体に触れるアリカ。
「ふあふあだぁ〜♪」
暫し、至福の時を満喫するアリカ。その間、ハム太を頭に乗せたひなたは、終始無言状態だった。
「そういえば、君達は何処へ行こうとしてたんだい?」
ふかふかを存分に堪能したアリカが、今更ながらにそう訊ねる。
『そうだっタ! 夕飯の買い物に行く途中だっタ!』
それに、ハッとしたような顔をするハム太。そんなハム太に、にっこりしてアリカが告げる。
「そうだったんだ。でも、それなら丁度よかったかな」
『どういう事ダ? 兄ちゃン』
訝しげなハム太に尚もにっこりとして、アリカは両手を差し出しながら告げた。
「いや〜、商店街でついつい買いすぎちゃってね。僕はここに来たばかりだし、こんなに沢山あっても仕方がないから、どうしようかと思ってたんだ」
その言葉に差し出された手を見ると、その手には大量の、袋たちが握られていた。
「ひき止めちゃったお詫びも兼ねて。どうかな? 一袋でも、貰ってくれると嬉しいんだけどな」
にこり、半月の目を細めて呟くアリカ。
その顔と、手に提げられている袋を交互に見やり。
『困ったときはお互い様だからナ! 有り難く頂戴するゼ!』
ビシッと指を立てて告げるハム太と、沢山ある袋の中から、冷やし中華のセットが入れられているものを手に取り、ペコリとお辞儀をするひなた。
それに微笑むアリカ。
すると。
「お――い、ヒナ――っ!」
アリカが見つめる先、ハム太とひなたの後方から、一人の少年が声を上げながら自転車を走らせてくる。
その声に、後方を振り返るハム太とひなた。
「どうやら迎えが来たようだね。それじゃあ、僕はこれで。会う機会があればまた」
そんな二人にぽつりと呟いて、アリカはそっと歩き出し。
「自転車取りに行ってる間くらい、待っててくれてもいいだろ。一緒に買い物行こうっていったじゃないか」
ハム太とひなたに追い付き、何処か拗ねたように呟く少年。
『もたもたしてるテンヘイが悪いんだロ!』
その少年、天兵にハム太がそう告げ。むぅとしつつハム太とひなたを見やった天兵が、ふと気付いたように呟く。
「もう買い物行ってきたの?」
『親切な兄ちゃんがくれたんだゼ! なぁ兄ちゃン!』
そう言ってハム太とひなたが傍らを振り向いたその時には、既にアリカの姿はそこにはなく。
慌ててキョロキョロと辺りを見回すハム太とひなただが、其処に〈他に誰かがいたような痕跡〉はなく。
それに、首を傾げる二人なのだった。
「しゃべるハムスターかぁ。可愛かったなぁ〜♪」
何処へともなく歩きながら、ふふっと笑って呟くアリカ。
そろそろ日が傾きかけてきているが、その足取りは尚も軽く。辺りを見回しながらてけてけと歩く。
そんなアリカの目の前に、一つ大きな家が見え。
そこから出てきた少女達を見て、その栗色の瞳を瞬く。
二人の容姿は瓜二つ。着ている服までまったく同じもの。二人を見分ける方法は、首から下げられた赤と青のペンダントだけだろう。
その事にも驚いたアリカだったが、なんといっても、その容姿に目を奪われる。
まるでお伽の国から抜け出てきたかのような、意匠によって精巧に造り込まれた丹精な――、西洋人形でしかないその姿に。
瞳を瞬くアリカに気付く事なく、二人は手を繋ぎ歩き出す。
「ねぇくーちゃん」
「なぁにみーちゃん」
「まさか」
『おしょうゆきれちゃってたとはおもわなかったよねー』
くすくす笑いながら、まったく同じ声でそんな事を話ながら歩く二人に、はっとしたような顔をして。
ついつい、声をかけてしまうアリカ。
「こんにちは……いや、もうこんばんはかな? よかったらだけど、これどうぞ」
袋をあさり、差し出された〈それ〉に目をぱちくりとしながら、立ち止まり眼前のアリカを見上げて訊ねる二人。
「おにーちゃんだぁれ?」
「おにーちゃんだぁれ?」
「しらないひとから、ものもらっちゃだめってならったよ?」
付け足されたその言葉に苦笑して。屈んで二人と目を合わせると、アリカはにっこりと笑って呟いた。
「そうだよね、ごめんね。えっと、僕の名前は青空所在。君たちのお名前は? 可愛らしいお嬢さんたち」
「私、降矢くるみ」
「私、降矢みるく」
それに素直に自己紹介を返す二人、くるみとみるくに微笑んで。
「これでもう、僕たちは〈知らない人〉じゃないよね? だから、これ。貰ってくれると嬉しいな」
そう言って差し出される〈それ〉と、アリカの顔を見つめ。暫し思案してから互いを見やり、くるみとみるくはこくりと頷き。
「ありがとーおにーちゃん」
「ありがとーおにーちゃん」
そうしてそれを、今から買いに行こうと思っていた、〈お醤油〉のボトルを受け取り、二人で抱え持つくるみとみるく。
その時微かに触れ合った手と手に、アリカの右手に付けられた〈夜輝石〉のバングルが、仄かにほわんと光をまとい。
しかし、それに気付いたのはバングルを付けているアリカのみのようで。
一瞬だけ瞳を瞬き、目を細めて微笑み。
くるみとみるくが醤油+お菓子の入れられた袋を抱えながら、ちゃんと家に入ったのを確認してから、踵を返して機嫌良く降矢家を後にするアリカ。
鼻歌まじりにスキップしながら、何処へともなく歩みを進め。
暫ししてから、誰にでもなく呟いた。
「ビスクドールの九十九神に、猫又。それに、人間との混合かぁ〜。――本当に、うろな(この)町は素敵で面白いものに満ちているね」
その声は誰に拾われるでもなく、夜を深め出した周囲に溶けるようにして消え去った。
ふらふらと、町をお散歩中です〜
やっと名前でましたよ、この人(笑)
何を、どれだけ買い込んだんでしょうね(笑)
裏山おもて様のうろなの虹草より、ハム太くん、ひなたちゃん、天兵くん
パッセロ様のくるみるくより、くるみちゃんと、みるくちゃん
お借りしております
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ




