9/8 曇り空の海で
今日の空模様は、生憎の曇りで。
それがまるで、今の自分の心を表しているかのようで、ため息が出る。
小型ボートの上。海を見つめながらそんな事を考えていると、ため息と共に声が投げられた。
「今日は止めじゃ」
「!」
師匠(源海)のその声に、ハッとする。
師匠との授業中だった。
忙しいのに合間をぬって、時々授業してくれている。
海女の腕を磨く為に。
今は、想像を現実に持ってくる、という授業の最中だった。
まずはイメージ。
鳥の目になって、空を飛んでいる所から、波間に映った魚影を捉えて、急降下。
がっしり、その手(足)に獲物を捕らえるまでを、頭の中にイメージする。
それがしっかり描けたら、今度はそれを実践にする。
鳥みたいに飛ぶことは出来ないから、ボートの上で。
海全体を捉えながら、定めたポイントに映った魚影に、すかさず銛を突き出す、もしくは網で掬いにかかる。
そして見事、獲物を捕獲することが出来れば、想像を現実にきちんと持ってこれた、という事になる。
この前の授業は、海に潜って息の続く限界まで身を潜めていた状態から、どれだけの獲物を捕獲して海上に上がって来れるか、というものだった。
師匠の授業は、いつも違ってて面白い。
だから、毎回何をさせられるのかと、ワクワクする。
今日も、突然授業が受けられる事に驚いたけど、やっぱりワクワクしながら海に出たんだけど。
ある事が頭にちらついて、全然集中出来て無かった。
「…………ごめん、なさい」
ポツリと呟くと、師匠は笑いながら私の頭を撫でて。
「よいよい。調子の悪い時は誰にでもあるでの」
告げて休憩じゃ休憩、とその場にゴロンと横になる。
その隣に、ちょこんと座る私。
「………………」
「………………」
静かな波音だけが、周囲を満たす。
「何か、あったかの?」
波の音を聞きながら、ふいにかけられた言葉。
それに黙したまま、暫し。
「…………おじいちゃん」
呟いただけで、察してくれたらしい師匠が、起き上がって私と同じように座る姿勢を取る。
師匠と弟子じゃなくて。
お祖父ちゃんと孫として。
話したい事がある時の、二人のポーズだ。
立てた膝に顔を埋めたまま、私が話し出すのを、静かに待って。
「…………おじいちゃん、は……知ってた?」
「何をじゃ?」
私の問いに、ただ言葉を返してくれるお祖父ちゃん。
それに、一瞬だけ息を詰めてから、告げる。
「…………本当は……本当は〈私〉が……、〈継承者〉だったんだ……って事」
「!」
お祖父ちゃんの、驚いたような、気配が伝わる。
ただただ、波の音だけが、静かに響く。
暫くしてから、長く長く、息を吐く音が聞こえて。
ただ眼前を、広がる海を見据えたまま、お祖父ちゃんが呟く。
「……誰から聞いたんじゃ?」
「…………聞こうと、思ってた訳じゃ、……ない。フィルと母さんが、何か話してたみたい、で。……その時、混線してたまたま…………」
ぽふり、呟く私の頭に、手が置かれる。
その手は優しく頭を撫で。
「うわの空じゃったのはそれが理由か」
呟くお祖父ちゃんに、コクリと頷く。
「……〈意味〉を、知りたいかの?」
突然、真剣な声音が降る。それに驚きながら、
「…………深く、関わらない事。それが、〈ルール〉」
首を振って呟き。でも、と、その後を続ける。
「…………もし……もしも、私が継承者だったなら……、〈こんな事〉にはならなかったんじゃ、ないかって……。……汐が……あんなめに、合う事も、なかったんじゃ、ないかって……」
「本当に、それでいいかの?」
呟く私の耳に、お祖父ちゃんの言葉が響く。
「渚(お前)が継承者(末子)だったとしたら、汐は、この世に生まれておらんのじゃぞ? そんな世界で、渚は本当によいのかの?」
「っ!」
それにハッとして、顔を上げる。すると、此方を見つめるお祖父ちゃんの瞳と目と合って。見返しながら、はっきりと告げる。
「それは、嫌」
私の言葉に、お祖父ちゃんがニッと笑う。
「よしよし、渚は良い子じゃの〜」
言いながら、ぽふぽふと頭を撫でるお祖父ちゃん。
「悩むのは大いに良い事じゃ。思い悩む事で、人は成長するからの。ま、思い詰めてはいかんがのぅ」
苦笑まじりに呟く、お祖父ちゃんの言葉は続く。
「それに、儂らに過去は変えられん。どうあってもの。現在の儂らに出来る(変えられる)のは、現在と未来だけじゃ。それは、よう解っておるじゃろう?」
「…………ん」
頷く私。それに頷き返し、お祖父ちゃんは続ける。
「じゃが、その〈思い〉は大事にせい。渚の良い所でもあるからの」
「…………うん」
お祖父ちゃんの言葉に呟いて。
寄せては返す波音を聞きながら、二人で、遥か彼方を見つめるように、広い広い海を眺めた。
お祖父ちゃんの授業は多彩(笑)
渚的には、なんとか折り合いをつけた模様…?
問題は太陽さんかなぁ〜




