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8/25 昼前の海の家ARIKA 2




 自分の事を話す時、というのは、大体限られている。


 自分の事を知ってもらいたい時。

 相手の事を知りたい時。

 もしくは。

 相手の事に踏み込みたい時、だ。


 フィルの様子から太陽(ひかり)は、フィルが『相手の事に踏み込みたい』のではないかと踏んだ。

 どうやらそれはビンゴだったようで。

 暫しの後、静かにフィルが言葉を紡ぐ。


「太陽さんはさ、何処まで知ってんの? 〈力〉の事」


 〈力〉というのが、〈何〉を指しているのかを正確に読み取って、一つ息を吐く太陽。呟く。


「……私だって、そう多くを知ってる訳じゃないわよ。もしかしたら子供達の方が、よっぽど詳しいかもしれないわよ?」

「けど、永遠(トワ)様の最期に傍にいたのは、太陽さんだろ? そん時何か、聞いてんじゃねぇの?」


 蒼の瞳を、合わせて言ってくるフィルに苦笑して。


「……〈信じていてあげてね〉。それだけしか、仰られなかったわよ。お義母さんは」


 ポツリと呟く太陽。

 その黒の瞳は、フィルを通り越して、遥か彼方を見ているようで。


「……そ……っか……」


 視線を外し、そう呟く事しか、フィルには出来なかった。


 しかし、ここで諦める訳にはいかない。

 まだ、何も聞けていないのだから。


「……太陽さん、その……」

「だけど、いいの?」


 フィルが何かを言おうとしていた所に、太陽が言葉を滑り込ませる。


「えっ?」


 それに驚いてフィルが太陽を見やると、じっ、と此方を見つめる黒の瞳と目が合って。

 きっちりとフィルの目を見つめたまま、太陽は告げる。


「――〈私〉から、聞いていいの? 〈(うしお)〉じゃなくて」

「っ!」


 それに、ドキリとするフィル。

 しかし、そりゃそーだよなと呟き、一つため息を吐いて。


「言いたくないなら言わなくていいよ、って――。〈言いたくないから言わせないで。聞きたくないから聞かせないで〉って、(あいつ)に言われちまったんだもんよ、俺様」


 それじゃ、流石に聞けねぇだろ〜? と苦笑を返すフィル。そんなフィルに、同じく太陽は苦笑を返して。


「……そう。やっぱりまだ、あの子(汐)も……」


 ポツリと告げてから、囁くように告げる。


「……最初にも言ったけど、そう多くを知ってる訳じゃないわよ、私は」

「俺様は、〈教えてほしくて〉訊いてんじゃねーんだ。〈確認したくて〉訊いてんだよ。でも、それでいい。太陽さんの、知ってる範囲の事で」


 囁く太陽に、呟いてこくりと頷くフィル。そんなフィルに頷き返し、太陽は静かに紡ぎ出す。


「お義母さん達が、〈創詠の者〉と呼ばれている事。〈それ〉は、いきなり白羽の矢が立つ事もあれば、アリカ君や汐みたいに、遺伝的に受け継がれて〈継承者〉となる者もいる、という事。それと遺伝的に継承者となる者は、何故か〈末子だけ〉だという事。……それくらいしか、知らないわよ?」

「…………」


 太陽のその言葉に顎に手を添え、ん〜と悩む素振りを見せるフィルだが、肩にとまっている白鷲の頭を撫でながら、告げる。


「本当に、そんだけか? 他にもなんか、あるんじゃねーの? ……例えば」

「……〈本当は渚が、継承者のはずだった〉?」


 フィルの言わんとしている言葉を、重ねる。それに苦笑するフィル。


「や〜っぱ知ってんじゃん、太陽さん」

「あの子達を産んだのは私なのよ? それくらい、わかるわよ」


 フッと笑うフィルを見つめ、苦笑まじりに太陽は呟く。


「あの子達(渚と汐)を宿した時。それに産む時。私は、アリカ君が視ている〈もう一つの世界〉を、垣間見たの」


 それが見えたのは、その時だけだったけどね、と太陽は続ける。それに声を返すフィル。


「……(ショウ)は、統番としては(レクタングル)で、所在(アリカ)さんからは(ペンタゴン)、永遠様からは(ヘキサグラム)だった。それに、渚が産み落とされた所では、継承者を抱え込むだけのエネルギーが、足んなかったんだよ。だから、直前で〈繰り越された〉」

「!」


 フィルの言葉に、驚いて目を見開く太陽。口元に手をやって、呟く。


「驚いたわ。まさかフィルが、そんな事まで知っていただなんて。……でもそれじゃ、汐の事も……?」


 訊ねる太陽に頷いて。


「元より〈ヤツら〉が欲しがってんのは、〈七の継承者〉なんだよ。だから繰り越させたんだ。太陽さんに〈もう一人〉、産ませる為にな。〈力を持つ末子〉が生まれねーと、〈継ぎ〉が出来ねぇ。新たな〈種〉を作るより、〈継承〉の方が遥かに楽だろ? けど神官(ラタリア)にとっては、予定外の事だったみたいだけどな」


 ま、早々思い通りにゃいかねーってこった。と呟いて、続ける。


「〈結果的には、上手くいく〉筈なんだがなぁ。五であり六であり(ヘプタゴン)である、汐(七の継承者)がいんだから。――まぁ、それも〈横やり〉が入んなきゃ、だけどな」


 言って、やれやれと肩を竦めるフィル。


「……俺様が知ってんのは、こんくれーだな。太陽さんのと、差違はねぇ筈だけど?」

「……そう、ね。〈知っている事〉しか、言ってないわ。でも……フィルの口振りからすると、まるで汐が……」

「〈狙われてるみたい〉、か?」


 フィルの呟きに、びくりと身体を跳ねさせてから、慎重に頷く太陽。黒の瞳が、フィルを射抜く。それを見返したまま、告げるフィル。


「今まで一度も、考えた事がねぇ訳じゃねーだろ? 今んトコ、上の連中が上手い事やってくれたからなんとかなってるが。(あいつ)が、〈何も知らされていない〉のは、上手いやり方だったかんな。だが〈それでもいい〉って奴らが出てきた時が、ちょいとヤベェな」

「……お義母さんとの、〈盟約〉は……」


 手を握り締めて呟く太陽に、フィルは苦笑する。


「……〈ヤツら〉が大昔の約束を、律儀に守ると思うか?」

「……っ!」


 太陽の目が鋭くなる。それを、真正面から見返して。


「……本当は、言うつもりなんかなかったんだ。伝承(真実)は隠されて、偽りの伽噺が、語り継がれてんだから。何処までが本当で何処までが嘘なのか。そんな事、現在(いま)の奴らが知るよしもないのに。だけど……」


 一端、言葉を切って。

 一つ息を吐いてから、フィルは呟く。


「……〈扉は、必ず開かれる。それが何時かは、分からなくとも〉。――……〈神官〉からの告げ、だ。確かに、伝えたからな」

「………………」


 太陽の、息を吐く音が聞こえる。

 波音が、大きく響く。


 暫し、波音だけが二人の周囲を支配する。



 息が、吐かれる。長く、長く。

 いつの間にか二人の周りを、マメ鳥達が囲んでいた。


「……今すぐどうこう、って訳じゃないのね?」


 膝に顔を埋めたまま呟かれた太陽の声に、海を見つめて言葉を返すフィル。


「〈心構え〉を、しといて欲しいってだけだ。本来なら、こっち側には〈関わらせない〉のがルールだが、〈元老院のヤツら〉が何もして来ない、なんて保証はねぇからな」


 今まで大人しくしてた分、何するかわかんねぇし。と続けるフィルに、太陽は静かに告げる。


「ごめんなさいね、フィル。それと、ありがとうね、伝えてくれて。……留めておくわ」

「あぁ。そーしてくれっと、助かる。……ホントなら、所在さんに伝える所なんだがなぁ」


 はぁ、と息を吐くフィルに、くすりと苦笑して太陽。


「そんな事言っても仕方ないでしょ。アリカ君は、いないんだから。……それはそうと、皆は元気?」

「あー。まぁ、な」


 この話はこれで終わり、とばかりの太陽の問いかけに、頬を掻いて。


「ラタの奴は、相変わらず籠の鳥だよ。カルサムのおっさんは鍛練に励んでっし、チェーイールーの奴は、未だに帰って来ねぇ。アプリとロパジェの奴らは生意気にも昇格しやがって、一人前と半人前だっつの。ムカつくったらねぇぜ」


 うろな(ここ)に行く事になった時なんか、アプリの奴超うざかったんだぜー、マジで。と続けるフィルに、訊ねる太陽。


「ジョウイとラルヴァ、は?」

「…………」


 それに一つ、息を吐いて。


「アイツらは還った(逝った)、よ。けど俺様達が〈七人〉から、〈増える事も減る事も〉ねぇからな。すぐ〈次〉が来たっつーの。なっまいきな双子のガキ共でさぁ。エトゥリカとエリュレオ――リカとレオってんだけど、二ヶ月前に来たってのに、もう同伴見習いだってよぉ〜」


 あり得ねぇよ〜とため息を漏らすフィル。

 そんなフィルを苦笑まじりに見つめ、視線を外して海を眺め。

 暫ししてから、ぱちんっと頬を叩いて立ち上がり。


「さぁてと。そろそろ戻らないと、いい加減陸(むつみ)がおかんむりだわ。フィルはどうするの?」


 いつも通りの、太陽みたいな顔で笑って呟く太陽(ひかり)を、眩しげにフィルは見上げ。


「ん〜? どーやら一羽足んねぇっぽいし、手紙も最低ラインすら越えてねぇみてえだからなぁ。暫くしたら探しに出るぜ。ま、挨拶には戻ってくっけど」

「そう。あぁ、行く前に器だけ返しにきなさいよ〜?」


 告げて、店に戻っていく太陽にヒラヒラと手を振って、フィルはもう一度、手紙とマメ鳥の数を数え出すのだった。






 時間が少し戻って。

 調理場で洗い物に専念していた渚は、ふと確認したい事があって、太陽のインカムに入電をする。


 食事中である為セミオートになっているようで、繋がるまで僅かに時間がかかる。


 その間に食器を洗い終えた渚は、水を止めようと蛇口に手を伸ばし……


『……〈本当は渚が、継承者のはずだった〉?』

「…………!?」


 混線でもしたのか、聞こえてきた太陽のその言葉に。

 渚は暫し、動く事が出来なかった。



 水が溜まり、桶から溢れ流れる音が、静かに周囲に響くのだった。



バザー回にこんな色々挟んじゃってすみませんです(汗)

進むに連れて消化していければいいなぁ、と思います


しかし、七人から増えも減りもしないって…

七人岬みたいですね…

いや、そんな怖いのじゃないハズ…っ!!


次からまたバザー回、午後の部へ続きます〜

今週中には上げれたらいいなぁ…



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