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8/25 早朝の海辺で




 日が、顔を出すには少々早い朝靄の中。はばたき音を頼りに、その場所へと歩いていく(うしお)

 お店の方の仕込みの為に起きていた(あみ)に、ここに行くことは言ってきてある。

 さくさく、砂を鳴らして、鳥たちが集まっているその中心へと歩いていく。


「……フィル」


 汐のその呟きに、


「う、汐っ!? え、ちょっ……ま、待てっ!」


 フィルが驚き、慌てて制止の声を上げるが、


 バサバサバサバサバサ――ッ!


 汐に気付いたマメ鳥たちが一斉に、汐目掛けて飛び込んでくる。


「ふぇ!? わわっ、ちょ、ちょっとま……」


 などと汐が慌てている内に。

 あっという間に、鳥まみれになる汐。頭にも肩にも腕にも、ちょちょんと鳥たちが群がりとまる。


 マメ鳥たちが入れ替わり立ち替わり、汐にとまっていく中、次第にくすくすとした笑い声が上がり始め。


「――ったく」


 それを見つめ、苦笑するフィル。数歩で汐の傍に寄り、


「お前は。鳥が好む匂いでも漂わせてんのか?」


 顔を寄せて、その鼻をふんふんとさせる。


「ひゃっ!? そっ、そんなんじゃないよ〜〜っ!」


 フィルのその行動に驚いて、びくっとする汐。それにより数羽のマメ鳥がバサバサと汐から離れるが、また別のマメ鳥が、空いたそこにちゃっかりと収まる。


「…………」

「…………」


 それにはぁ、とフィルはため息を吐き。汐はあはは、と苦笑を浮かべる。


「……ま、いーわ。ついでだから手伝ってくれ」

「うん」


 汐の鳥寄せ(これ)は今に始まった事じゃねぇな、と早々に諦め、マメ鳥の足に付いている筒を、交換する作業に戻るフィル。

 いつもの事なので、汐もそれに習い作業を手伝う。


 右足に付いていた筒を外して袋に入れ、左足に新しい筒を付けて、マメ鳥を空へと放す。

 その作業を手伝いながら、ふと呟く汐。


「……たぶんね、傷付いている人が、寂しい人が……この子たちにはわかるんだよ」


 苦笑を浮かべてぽつりと呟かれた汐の言葉に、視線を返し、フィルは訊ねる。


「ふぅん? ――それはそうと、汐(お前)、何も聞かねぇんだな?」

「…………」


 フィルのその問いに、困ったように苦笑して。


「フィルが、言いたくないなら、言わなくていいよ。……それに、神殿でお世話になってた時期があるんだもん。〈その事〉をフィルが知ってたとしても、別におかしな事じゃないでしょ? お父さんからの預り物を、持ってたのはフィルなんだから」


 それに……と、作業の手は止めずに続ける汐。


「わからない事は、お母さんに聞いたらいいの。それでもわからない事は、お父さんに聞いたらいいんだから……。フィルのそれは、〈それでもわからない事〉でしょう? なら、お父さんに聞いたらいいんだよ」


 そうでしょう? と汐は笑う。それが、容易に叶わない事だと、わかっていて。


「……そうだな」


 汐のその言葉に、その表情(かお)に、敵わないなと苦笑する。


 全てを、知っている訳じゃない。

 深く踏み込める事でもない。

 自分が、臆病なのを知っていて。

 だからこそ、きちんと〈線引き〉をしてくる。


 確認するかのように。



 ぽふり、その栗色の頭に手を置いて。


「またパンクしそーになった頃に、俺様直々に泣かしに来てやる」

「あはは、なにそれ〜。そんな毎回毎回、泣かされてなんてあげないよ〜? ……うん、でも。ありがとうね、フィル」


 ぐしゃぐしゃと汐の髪を掻き回しながらニヤリと告げるフィルに、きゃははと笑いながらなんとか逃れ。

 マメ鳥を身体に乗せたまま、にこりと微笑む汐。


「心配、してくれてるんだよね。でも大丈夫、だよ。〈力〉の事、誰にも言えてない訳でも、全然、泣いてない訳でもないから。……まだ〈言えない事〉は、確かにあるんだけど……」


 ついこの間だって、泣いちゃったばっかりなんだから、と苦笑する汐に、苦笑を返し。


「……ま、汐(お前)が汐のままでいるなら、それでいい。――悪かったな」

「いいよ、謝らなくても。いっぱい泣いたら、すっきりしたもん」


 だからいいの〜。と汐は笑み。


 最後の一つを付け替えて、鳥たちを空に放しながら告げる。


「汐の為、でしょ? だからいいの。――フィルってほんと、優しいよね〜」

「なっ!?」


 にこりと微笑み、バザーの準備があるからそろそろ行くね、と駆けていく汐に、


「……だっ……い……おぉっ……!?」

(……だ、だだ誰がっ、い、いつ、おおぉっお前の為だなんていったよっ!?)


 何事か叫ぼうとしたが、言葉にならず。


「……〜〜〜〜っっっ!!!」


 頬を染め、フィルはその場に屈み込んで、顔に手をやり呟いた。



「……ったく。ほんと、かなわねぇよなぁ……」


 その呟きは波音に消され、海に溶けるように消え去った。



それをまだ――受け止めるのは、重たくて



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