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8/24 渡されたモノの意味は




 明日のバザーの準備が朝早くからあるからと、「泊まっていかんのか?」と別れを惜しむ源海に、また今度ねと手を振って。

 (うしお)はフィルと共に、オレンジから藍色に変わりゆく景色の中を、家に向かって歩いていた。


 四通の、手紙の入れられたバックを、大事そうに抱えながら。


「じーじもヨガおじちゃんもカナおじちゃんも、お手紙書いてくれてよかったぁ。後は、こなたお姉ちゃんの分があったら、皆揃ってたんだけどな〜」

今海外(そと)、だったっけか?」


 フィルの返事にそうだよ〜と答える汐。


 汐のいう〈こなたお姉ちゃん〉とは、カナ叔父さんと双子で妹にあたる女性。所在(アリカ)の姉である人物。行動派で、思った事はすぐ実行! と、すぐに何処にでも飛んでいってしまう。


 今は海外のデザインの本場で、王朝時代のデザインを扱う所で働きつつ勉強しているらしいが、その前は建築業だったり、陶芸だったり、出版所だったり、銀行員だったり――と、数えたらキリがないくらい色んな事手を出している。


 不思議と経営、料理系にはまったく手をつけていないが。


「私一人くらい、それ以外でもいいんじゃない?」


 とは、此方(こなた)の言い分。まったくもって此方らしい。


「俺様にゃ真似できねぇな……。郵便屋(これ)だけで、手一杯だってぇの」

「フィル、この前見習いに上がったばっかりだもんね〜」


 パワフルな奴、とため息するフィルに、くすりと笑って汐。


 フィルがしている郵便屋には、五段階の階級がある。

 鳥飼いから始まり、同伴見習い、見習い、半人前、一人前となる。

 フィルはこの間、三階級めの見習いに昇格し、一人での集配を任されるようになった。

 見習いになって、日本での集配は三回目。まぁまぁ、慣れてきた所だった。


「いーんだよ、俺様は俺様。何しろ好きでやってんだし。ゆっくりやるさ」


 うーん、伸びをしながら告げるフィル。それにそうだね、と微笑む汐。


 それから暫し、寄せては返す、波の音だけを聞きながら歩く。


 とん、とん、ととん。ぴょこぴょこ跳ねながら、フィルの先を行く汐。

 藍とオレンジの合間から差す太陽の光に、その栗色の髪が黄金(きん)に輝き、リズムに合わせ、ふわふわと揺れる。


「…………」


 後ろを歩きながら、フィルはそれを眺め。

 斜めに掛けている鞄を、そっとなぞって。


 ぴたり、その足を止め、呟く。


「――なぁ、汐」

「なぁに〜?」


 呼ばれて、クルリと後ろを振り返る汐。逆光で、フィルの顔はよく見えなかったが、その目が何か真剣な、色彩(いろ)を帯びているのが見えて。


 片足で立って、両手を水平に保っていた状態を正して、きちんとフィルに向き直る汐。栗色の瞳をくるりとさせる。


「どうしたの?」


 首を傾げて訊ねる汐に、フィルは一瞬息を飲み。

 白銀の髪に巻かれたターバンとアクセサリ、大鷲ルドの尾羽根飾りを海風に揺らして。

 郵便鞄の中から、長方形の木箱を大事そうに取り出し、それを汐に差し出しながら告げる。


「……渡してくれ、って、頼まれた」

「汐に?」


 訊ねつつ木箱を受け取る汐に、こくりと頷くフィル。木箱に施された装飾を眺めながら、更に告げる。


「誰、から?」

「……お前が、木箱(それ)を渡された時の俺の歳に追い付いたら――、渡してくれって、頼まれてたんだよ」


 蒼の瞳を真っ直ぐに汐に向けたまま、そう前置きしてから、汐の問いに答えるフィル。


「……所在(アリカ)さんに、頼まれたんだ――」

「っ!?」


 フィルの言葉に、驚いて木箱を取り落とす汐。ゴトリ、地面に落ちた衝撃で薄く開いた隙間から、溢れ落ちる欠片たち。


 夜に、輝く石の欠片。


 ドクン、汐の鼓動が跳ねる。


 ……そうだ。あの箱。あの装飾は、ごく最近目にした事がある――……


 ちゃり、首から下げた鎖が鳴る。


「!」


 それを見つめ、瞳を瞬く。


 そうだ。夜輝石のペンダント(これ)が納められていた箱と、目の前の木箱(あれ)は、全く同じモノだ!


 その事実に、息を飲む。

 何故? どうして? が、頭の中を回転する――


「……どう、して……? なん、で……」


 なんとか呟いた言葉は、波音にさらわれて消えていく。


 木箱(これ)を渡された汐が、今現在十歳なのだから、フィルが十歳の時、即ち十年前に託されたものだという事はわかる。


 だが、十年前にと言えば、汐が生まれるか生まれないか、といった微妙な時期で。


 その時既に、〈自分で渡せない〉(この)状況になっている事が、所在には分かっていたというのだろうか――?


「……嘘。……だって……っ」


 疑問が、わからない事が、頭の中をぐるぐると回る。


「……そんなの、おかしいよっ……」


 うわ言のような、言葉が溢れる。


「……だって……だって〈アレ〉は汐の……、〈アレ〉は、汐がっ……!」


 汐が〈いつ〉の事を言っているのかを、フィルは正確に読み取って。


「違う」


 ただ一言、呟く。それと共に陽の光を反射して、汐の瞳から輝く光の粒が、頬を滑り、落ちていく。


「……っ、ちがわ、ないよっ! ……だってだって――汐が〈あの時〉――」


 しかし、その後に続く言葉は、紡がれる事は無く。


「汐(お前)のせいなんかじゃない――。〈アレ〉は、〈決められていた事〉だったんだ。だから……誰のせいでもないんだよ」


 その胸に汐を抱き寄せ、その背を、栗色の頭を優しく撫でながら、静かにフィルは囁く。


「〈あの時〉の事に関して――、お前がそれを、〈重荷〉に感じる必要なんて、どこにもない。アレは、起こるべくして起こった〈必然〉。だから、誰かのせいである筈がない」

「……でも、でもっ……!」


 ふるふる、首を振る汐を、フィルはぎゅっと抱き締める。


「あぁもういいから。俺様のせいにして泣いちまえよ。お前の〈力〉の〈言えないトコ〉で、泣ける事なんて、そうねぇんだから」

「……っ……」


 その声が、あまりにも優しくて。


「……ずるいよ、フィル……。こんな――こん、な……っ」


 すり、と。フィルの胸に顔を埋める汐。ぎゅう。その手がしっかりとシャツを掴む。そんな汐の頭を優しく撫でて。苦笑混じりにフィルは呟く。


「いーんだよ。お互い様なんだから。……俺だって、お前には敵いやしねぇんだから」

「……――っ、ふ、……うぅー……っ」


 シャツを握る手に力が入る。溜めていた涙は、堪えていた嗚咽は、もう、留めていられなくて。



「――わああああぁぁぁあんっ!」


 すがりついて、声をあげて。

 汐は。


 溢れるままに、涙を流した――……



目を赤くした汐と一緒に帰宅したフィルは、太陽と陸に制裁を受け、空に介抱されるんでしょうね…(苦笑)


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