8/8 三回戦・その1
大変なことに…
それは、一瞬の出来事だった。
「芹香っ!」
「鈴音!」
「鎮兄!」
「宗兄ぃっ!」
芹香と鈴音を抱き締めたまま、カラスマントとノワールは、空中から落下した。
「やっぱこーなんの?」
「さぁ、再戦といきましょうか」
三回戦開幕直後。
向き合うカラスマントとノワール。
互いに互いを探していたという訳ではないのだが、出会ってしまったのだから仕方がない。
ステージ(ここ)は戦場。
共闘タイムはもう、終わったのだから。
「…………」
「…………」
互いに視線を交えつつ、水鉄砲を手に。
カラスマントとノワールの二人は。
どちらともなく駆け出した。
「ちょっ!? ありなんソレっ!?」
「(太陽さんに)許可貰うたし」
別の所では、佐々木と香我見が交戦していた。
無論、香我見は〈ランチャー〉を背負ったままで。
〈のび〜る君・三号〉によってホースが自在に伸びるようになり、尚且キャスター付きとなったランチャーは、移動可能になっていたのだった。
「んなっ!? なんで許可なんか」
「勤務中なんで(佐々木君潰して)早よ帰りたいんです、ゆうたらあっさりくれたで」
「なんやてっ!? なんでボクだけこんな扱いっ!?」
「変態やからやろ」
「ひどいっ! 誤解されとるだけのハズやのに! 既に確定事項なんっ!?」
「あーもー。えぇから早う潰れてくれへん?」
「いややっ! 誤解を解くまでは、ボクは絶っ対、負けへんでっ!」
走りっぱなしで喋りっぱなしだというのに、上手いことランチャーの攻撃をかわし、避け、弾く佐々木。
お喋りしながら、は企画課の二人にしてみれば標準装備。それに佐々木としては連戦状態ゆえに、ランチャーに身体と目が、若干慣れてきていた。
しかし、それは香我見も同様のようで、コンソールを弾く指は、二回戦時より鮮やかに閃く。
水柱かと思われる攻撃が繰り出される中、ステージ上を、佐々木は一人ひた走る――
「…………っ」
「……はぁはぁ……」
一回戦で、ポールが撤去された為、ちょっとした広場となっている、ステージ隅のその場所で。
渚と天音は、肩で息をしつつ、互いを牽制するように、水鉄砲を構えていた。
既に数回交戦しており、互いにカートリッジを二つ使用している。
互いの風船の位置は、渚は腰で天音は頭。
それ故、天音は渚の背に回り込んで射撃せねばならず、苦戦を強いられていたのだが、それは渚も同じだった。
頭上の風船は狙いやすい。しかし、それ故逆に狙いにくい。
頭上狙いというのは、攻撃がどうしても上向き加減になってしまう為、軌道が読まれやすいのだ。
それにカンがいいのか、視界に入っている状態での狙撃は、上手いこと避けられてしまう。
「なかなかやりますね、渚先輩」
「…………天音も」
笑みを向ける天音に声を返して。
一息の元、またも始まる撃ち合いと避け合い。
生き残るのは、どちらか。
「やるわね、べるべる」
「セリちゃんもね」
風船ドームの側で交戦し合う芹香と鈴音。
上の兄達に続き、ライバル対決である。
観客達はその微笑ましいじゃれ合いを見て、大いに和みまくっている。
えい、やあ、と戦う姿は実に可愛らしい。
暫し交戦し合い、互いに水鉄砲の水が片方のみとなった所で、
「ちょっと休憩する?」
「う、うん。そうしよ」
気遣う芹香に微笑み告げる鈴音。
他の対戦者が奇襲をかけてこないとも限らないので、風船ドームの中で休む事にする。
半月型のドームの中は、外見と同様、風船で作られており、モコモコとしていた。足元の感触を楽しみながら中を見回す。
「結構おっき〜ね〜」
「ここなら、まぁ安心して休めるわ。入り口は一つだけだし、入って来た瞬間に撃ち落としたらいいんだし。守りは完璧ね!」
「うん、そうだね!」
言いながら、中程まで歩いていく二人。
まさかそれが――……
あんな事を引き起こす事になるとは、思いもせずに。
決着は一瞬――……
カートリッジ三つ目も使って、互いに残りあと一射打てるかどうか。
じりじり、互いに距離を詰めつつ、機を図る渚と天音。
一瞬の判断が、勝敗を分ける。それがわかっているからこそ、迂闊に動けないでいた。
しかし――、ずっとこのままでいる訳にもいかない。
タイムリミットもある。
それに、他の対戦者の事もある。
あまり時間をかけてはいられない――
「……っ!」
先に、動いたのは天音だった。地を蹴って勢い良く駆けてくる。
それをきっちり目に捉えつつ、渚も走る。
一瞬の後。
「たあぁ!」
「…………!」
一声と共に、天音が左側に回り込み、水鉄砲を構える。それを常なら、身を捻って避ける渚だが。
「あっ!」
ポールが立てられていた穴に天音の足が捕われた、その一瞬の隙を見逃さず。
構えた状態のままの天音の両手を、持っていた水鉄砲で掬い上げ、傾いでいたのを立て直され、天音が驚いた顔をしているその隙に。
「…………終わり」
一言ボソッと呟いて渚は、天音の頭上の風船を、真正面から撃ち抜いた。
「なんや、あれ?」
それに、最初に気付いたのは佐々木だった。
夏の空に、色鮮やかな風船のドームが、ふよふよと浮かんでいるではないか。
「ドーム(アレ)って、あーゆー仕組みやったんか」
佐々木を追いつつ、空を見上げて呟く香我見。
じっと空中のドームを見つめ、ん? と眉を潜める二人。走るのと移動を止め、同時に呟く。
『なんやおかしない? あれ』
そんな呟きに、二つの叫びが重なる。
「芹香っ!」
「鈴音!」
浮かぶドームを見上げながら、交戦を中断して駆けてきた、カラスマントとノワールの声だった。
「鎮兄!」
「宗兄ぃっ!」
なんとそれに、ドームから芹香、鈴音の声が返る。
『なんやてぇ!?』
驚く佐々木と香我見の声に、マイクにより拡張された太陽の声が響く。
『ここでイベントの発生です! 空に囚われたお姫様達を、勇者達は無事、助け出す事が出来るのでしょうかっ!? 観客の皆様、その始終をとくとごらんあれ〜♪』
その声に、観客席から声援が送られる。
割れんばかりの声援の中、ノワールが苦笑する。
「これも余興の一つですか。カラスマント、どうします?」
「当然、助けるっ!」
「ですよね」
意気込むカラスマントにくすりと笑みを返し、ガチャリ、互いに示し合わせたかのようにポーズを決めると、目散ドームへと走る。
「ボクらもいくで!」
「おう」
その後を、佐々木と香我見が追う。
「今のままじゃ高過ぎます。高度を下げる為に、ある程度風船を割りますよ」
「オッケー」
「ボクらも手伝うで!」
『お願いします!』
手伝いを申し出てくれた二人にお礼を言ってから、空中にいる芹香と鈴音に声をかけるカラスマントとノワール。
「すぐ下ろしてやるからな。でも、危ないかもしれないから、奥に下がってろよ?」
「鈴音、ちょっとだけそこで待っててね。必ず助けるから」
笑みを向ける二人にコクリと頷いて、入り口から奥へと下がる芹香に鈴音。それをきちんと確認してから、
「それじゃ、いきますよ」
「おう!」
「よっしゃ!」
「ほな、いこか」
頷き合って、攻撃を開始する四人なのだった。
「鈴音と芹香ちゃんがっ!」
なんだか大変な事になっているのに気付いて、天音がそこから駆けて行こうとする。
「…………駄目」
肩を掴み、それを制する渚。
「なんで止めるんですか! 早くしないとっ」
そんな渚に声を投げる天音。しかし、渚はじっと天音を見つめてから、ポツリと呟いた。
「…………あっちは、四人いるから大丈夫。私達は、私にしか出来ない事をする」
「えっ……」
渚のその言葉にぱちくりと目を瞬いている天音に、微かな微笑を向けて渚。
「…………〈これ〉で」
その手には、脱落者達から託された、水鉄砲が握られていた。




