8/4 お願い
「なぁ〜。彩頼むって」
「嫌よ。なんで私が」
ビストロ流星。
ランチを楽しむお客さん達で混雑した店内の、カウンターの一角で、手を合わせてお願いポーズの海に、そつなく答えるのは流星のパティシエール、一条彩菜。
海に応答しながらも、その手は止まる事なくなめらかに動き、鮮やかにデザートを仕上げていく。
「大体、修行しに来て良いって言われてるのの、一体何が不満なのよ。おとなしく、それに甘えればいいじゃない」
出来たデザートをお客さんに配膳し、戻ってきてまた新しいデザートを作りながら、海に声を返す彩菜。
その手付きをじっと見つめながら、ぽそりと呟く海。
「いや、あたしだって、修行させてもらえるのは、正直有り難いって思ってっけど。流星に来るのだって、あたしにゃ修行みてーなモンだし。――で、彩。この曲線どーやんの?」
「だったら素直に行けばいいじゃないのよ……。えぇと、これは口金をギザギザのに変えて、こう。一端大きく描いてから、中側にキュキュッと、絞るのよ」
そうして実演してくれる彩菜に、海はニカッとする。
ぶつぶつ文句を言いつつも、こーやって親切に教えてくれる彩は良いヤツだと思う。
それを、配膳から帰ってきた葛西さんが微笑ましく見つめる。
「まぁ確かに、カナ叔父はプロの板前だし、そこに修行しに行く事はいんだけど。――あのジジィに言われて行くってのが嫌なんだよ!」
あ〜も〜! と、カウンターテープルに突っ伏す。
カナ叔父は、海の父方の祖父である源海の次男で、その源海が経営しているホテル、〈ブルー・スカイ〉の専属板前なのである。
「あのジジィがタダで、なんてあるワケねぇし。大体、あのクサレジジィのトコにただノコノコと、なんて行けるかってんだ! だぁ〜からさぁ〜彩ぁ〜」
「いきなり、変な声出さないでよねっ!」
テープルに突っ伏したまま、上目使いで彩菜を見やり、ゴロにゃんとする海に、ぞくりとして彩菜。
……ま、あたしだっておねだりなんて、似合ってねーと思うけど。と海は苦笑いを浮かべ。
「……何か、頼み事? 僕でよければ力になるけど」
そんな二人を見かねて葛西さんが声をかけるが、
「や、これは出来れば彩に……!」
と、葛西さんの申し出をやんわり断ろうとしていた海は、そこで何かに閃いたのか、ニヤリとした笑みを浮かべ。
「なぁ、彩」
「な、なによ」
すすす……と彩菜に顔を近付け、ひそひそと話す。
「あたしだって別に、自分にメリットあるからやってくれ、って言ってるワケじゃねーよ? ちゃんと彩にも、メリットあるって」
「……それは?」
「ARIKAのドリンク無料券♪」
「話にならないわ」
「え〜。でもさぁ、これでジジィをぎゃふんと言わせられたら、お互いの店にメリットあると思うぜ〜? あのジジィ、ムカツクことに、アレで舌は確かだかんな。コラボ品の売れ行き好調なら、葛西さんに褒められたりするんじゃね?」
「っ!」
海の最後の一言に、ぴくりと反応する彩菜。
それを見やり、もうひと押し、とニヤリとする海。
「よ〜し、んじゃあプラス〈海特製夏パフェスペシャル〉割引券付けたらどうだ! 期間限定だし、デェト♪ に誘う口実にはもってこいじゃね〜?」
「な、なななっ!?」
デェト、の言葉に狼狽える彩菜。頬まで真っ赤で、可愛い。
「この前の見る限りじゃ葛西さん、彩の気持ちに全然気付いてないっぽいじゃ〜ん?」
「う……」
「ここはさぁ、彩が押せ押せで行くしかねぇって。じゃないと何時までたっても気づかねぇよ、アレは」
アレは、と言いつつ流星のほんわかしている店主を見る海。つられてチラリ、葛西さんを見る彩菜。
その視線に気付いて、にこっとする葛西さんから慌てて視線をそらし、もごもごと呟く。
「わっ……私だってそれくらいっ……わかってる、けど……」
だけど、アイツってぱホントにもう……と、このまま行くと恋のお悩み相談的な事になりそうだったので、海は最終手段に出る。
「互いの経験値上げにも、いーかと思ったんだけどなぁ〜。彩にゃ、あのジジィをぎゃふんと言わせんのは出来ねぇかぁ」
「なっ!?」
海のその言葉に、彩菜の目にみるみる好戦的な光が宿っていく。
それを見て、あ〜ぁという顔をする葛西さん。
「いいわ、やってやろーじゃない! スィーツの事に関して、この私が負けるわけないんだから! さぁ、そうと決まったら早速アイデア出しするわよっ!」
彩菜のその宣言に、海はしてやったり、とニヤリとした笑みを浮かべるのだった。
『星』と『海』なので、それっぽいコラボスィーツ出来たらいいな、と
よろしければ作品名、考えてくだされば嬉しいです〜
綺羅ケンイチ様のうろな町六等星のビストロより、葛西さんと彩菜ちゃんをお借りしました
うちの海、もう馴れ馴れしくってすみません(苦笑)
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ




