8/1 犬猿の……?
「へぇ。いいじゃ〜ん♪」
目の前で恥ずかしげに頬を染めて立つ空に、ひゅう♪ と口笛を吹く海。
「折角だから、着てみようと思って」
言いながら、控えめにくるり、空が回る。
「さっすが〈樹雨〉の女将ね〜。抜けるような青の地に、白の水仙か」
「〈空〉の色ね。おしとやかな空にぴったり」
はにかむ空に、うんうんと頷きつつ太陽と陸。
えへへ、と頬を染める空が今着ているのは、この前行われた美女コンの景品で引き換えてきた浴衣だった。
いつも下ろしている髪は結い上げられ、水仙が型どられたすりガラスの簪に留められている。首筋に落ちる後れ毛に、そそられる客、多数。
「うむ。和の装いのセイレーンというのも、なかなかにオツなものである」
「良くお似合いですよ、空さん」
腕を組み、うんうんと頷くカラスマントとにっこりとするノワールに、気恥ずかしげに空がてれりとしていると。
「繁盛しておるようで、結構結構」
などと言いながら、一人の老人が店に入ってきた。
ここが外であったなら、夏の太陽光をキラリと反射しそうな、見事なつるっぱげ。
仙人のように長い眉に髭。しかし、その眉から覗く眼孔は、衰えを知らぬかのように鋭く。
着物の袖から覗く手は未だ力強くがっちりとしていて、本当に六十七かと疑いたくなる程、ぴんしゃんとした体躯をしていた。
その者に覚えがあって、各々が口を開く。
「あら、お義父さん」
「お祖父様」
「お祖父ちゃま?」
若干、驚いた様子で告げる太陽、陸、空。
こんな時間に、こんな所に来るのは珍しい。
いつも、漁業組合の仕事やら自身が経営しているホテルの仕事やらで忙しく、尚且つその合間を縫って海に素潜りに行ったりと、多忙を極めていてこんな所に、出向いている暇などない筈であるのに。
彼の老人の名は、青空源海。
若いもんにはまだまだ負けんと、現役で働くパワフルじいちゃん。
太陽の義父であり、陸達の父方の祖父。すなわち、所在の父親である人だった。
「言っておいてくだされば、お迎えにあがりましたのに」
カウンターの角に座る源海に水の入ったコップを差し出しながら、苦笑しつつ太陽が言う。
それに笑って源海。
「よいよい。可愛い孫の顔を、見に来ただけじゃからの」
言って、源海はお客さん相手に動き回っている、孫達を目を細めて見つめる。
そうしながらさりげなく、囁く。
「アレは……まだ、帰ってきませんか」
「……ええ」
それに驚いて一瞬だけ目を開き、すぐ様平静さを装って、静かに告げる太陽。
どおりで、こんな混んでいる時間帯にわざわざやってきた訳だ。
アリカ君がいなくなってから、ちょっとした挨拶を交わすくらいで、此方からはなかなか会いに行かないものだから、確認しに来たのだ。
「不義理にしていてすみません。でも、とても感謝しているんですよ?」
「コレの件かの?」
コレ、と言いながらニヤリとして親指と人差し指で丸を作る源海に苦笑する。
「そうですね。有志でだなんて、思ってませんでしたもの」
「儂としては、可愛い義娘と孫の為に、もっと色々してやりたいんじゃがのぅ〜」
「もう充分過ぎるくらい、良くして頂いてますから。この店と家の維持費だけでも」
「太陽さんが、そんな事心配する必要はないんじゃよ。だってコレぜ〜んぶ、所在の借金なんじゃもん」
苦笑する太陽に、源海はニヤリとしながらウィンクして。
「それに……そろそろゆっくり、してみるのもよいのではないかの? アレもばーさんに似てのんびりしとるから、少しくらい、休んでも大丈夫じゃろうて。太陽さん達なら、縁も彼方も、此所にはおらん此方も、大歓迎じゃぞ? 勿論、儂もの」
「……お義父さん。ですがそれは……」
源海の誘いに、太陽が珍しく言い淀んでいると。
「――――師匠っ!」
夜の分の材料を捕りに行っていた渚が、戻ってきて驚きの声を上げる。
「おぉ、我が愛弟子! 今日も大漁かの〜?」
それに、今までの雰囲気など無かったかのように、意気揚々と立ち上がって源海は渚へと近付いていく。
「…………あんまり沢山、捕っちゃダメって師匠言った。今日必要な分だけ、あればいい」
「うんうん、渚は良い子じゃの〜。我らは皆、持ちつ持たれつじゃからの。それを忘れる事なく、励むのじゃぞ?」
「…………ん」
源海師匠に褒められ頭を撫でられて、柔らかに微笑する渚。
それに気付いたのは、渚の調度斜め前で洗い物をしていた、隆維と涼維の二人のみ。若干驚きつつ、ひそりと囁く。
「今渚ねぇ、笑ったよな……?」
「うん……。すっごいレア」
隆維と涼維がそんな事を言っていると、
「じ〜じだぁ!」
浜で芹香ちゃん鈴音ちゃん達と遊んでいた汐が、源海に気付いて嬉々とした声を上げる。
それを見つめ、頬を緩ます源海。両手を広げ、駆けていく。
「マイスウィート汐〜」
言いながら汐を抱き上げ、その頬にうちゅ〜とキスを贈る。それにきゃあ〜と笑う汐。
「凄いお髭。わかったわ、貴方は仙人様ねっ!」
「仙人さま?」
源海に気付いて寄ってきた芹香、鈴音の二人とも暫し戯れ。
ふとぐるりと周囲を見渡し、ほう、と源海は目を細める。
「日生の暁トコの坊と嬢か。他にも見ぬ者がおるようじゃが、若者が勤労に励むのは良い事じゃ。存分に励むが良いぞ」
ほっほっと笑う源海の声に気付いた者達は、おっかなびっくり会釈を返し。
「ん?」
ここに来てようやく、忙しさに忙殺されていた海が、源海の存在に気付いた。
「げっ。クサレジジィ! 何しに来やがったっ!?」
その姿を目に捉えるや、物凄く嫌そうな顔で叫ぶ。
「ほ、挨拶もマトモに出来んとは。まだまだガキじゃのぅ海よ」
しかし、それに害した風もなく、ニヤリ、告げる源海。
「はっ。冗〜談っ! アンタにはアレで充分だろ?」
それに負けじと不敵な笑みを浮かべ、応戦する海。
ピリリ、とした空気が流れる。
それを見やるや、また始まった……と太陽と陸はため息を吐き。
常連客はまたかと苦笑を浮かべ、そうでない客達はなんだなんだと興味津々だ。
陸の側で盛り付けを手伝っていた公志郎は、面白そうに二人のやり取りを見つめている。
その間に、源海の腕からスルリと抜け出た汐は、芹香ちゃん鈴音ちゃんと共に、安全な場所に避難する。
海と源海――
この二人、会えば必ずと言っていい程、互いに何かしら言わねば気がすまないらしい。
昔から反りが悪いというか、馬が合わないというか……
犬猿の仲なのである。
「言いよるわ、小娘が! そういう偉そうな口は、儂のトコの板前に勝ってから言うんじゃの〜」
「はぁ〜? ざけんじゃねぇよ。今やあたしがいなきゃ、ここ回んないんだかんねっ!」
「ほぉう〜? 連敗中の身で、随分と大きく出たもんじゃの〜。太陽さんと陸がおると言うのに? 笑わせるではないわっ」
「言いやがったな、このクソジジィ! そーゆーのは、あたしの料理を食ってから言いやがれっ!」
などと言いながら、料理の盛られた皿をガッ! と掴む海。
「ちょっ!? 海ねぇそれお客さんの……」
と、それを慌てて千秋が止めようとするが、既に遅し。
「食らいやがれっ!」
海の一声と共にヒュン、という風切り音と残像だけを残して、源海目掛けて料理の盛られた皿が飛んでいき。
「なんのっ!」
それに笑みを浮かべ、源海は飛んできた皿を指先でつまむと、大口を開けてザラリと料理をひと飲みし、ピンッと弾き返された皿は弧を描いて、呆然と此方を見つめている隆維の手にすっぽりと収まる。
もぐもぐもぐ。
咀嚼する源海を、各々固唾を飲んで見つめる中。
「会長っ!」
「ぐむぅ!?」
店に走り込んできた男の声に驚いて、げほごほと盛大に咳き込む源海。
「お義父さん、大丈夫ですか!?」
それに慌てて太陽が水の入ったコップを手渡し、それをぐいーと飲み干して、ふぃ〜と息を吐く源海。
すぐ様ギロリ、とした視線を走り込んできた男に向け、一喝。
「驚かすでないわ、この小童が!」
「ひいぃぃ〜〜っ! すすっすみませんっ!!」
一喝された男は、その場で正座してしきりに頭を下げている。
スーツにメガネ。ひょろい体型。いかにもひ弱そうなその男は、これでも会長、と自ら呼んだ源海の秘書(目つけ役)だったりする。
「興が削がれたわい。仕方ない、今日の所は預けるとするかのぅ」
「あっ! おいコラぁ! 逃げんな〜〜!!」
海が身を乗り出し叫ぶが、さっさと出口に歩いていく源海。去り際、ちらりと太陽を見つめて告げる。
「太陽さん。あの件、考えておいてくれんかの。儂らはいつでも、大歓迎じゃから」
それに、太陽は静かに頭を下げ。
次いで海に声を投げる。
「小娘! ――彼方で存分にしごいてやるから、たまには出前でもしにくるんじゃな!」
そう言って、源海は秘書の男と共に店を後にし。
海は、ぽかんとした顔でそれを見送り。
汐は芹香ちゃん鈴音ちゃんと共に壁際で、そんな二人をにこにこと見つめるのだった。
所在君の、家族側が出てきました
皆呼び方違いますね(笑)
じい様の刷り込みです、はい
漁業組合の会長もういるよ、とかだったら教えてください
とにあ様のURONA・あ・らかるとより、日生兄妹、山辺兄妹、暁くんもお借りしてます
あと樹雨の女将さんの話を出させて頂きました
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ




