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7/31 抜けないトゲ




「あの後の方が、実は結構大変だったよなぁ〜。あたし、鼻凍ったしぃ〜」


 他の面々が何を考えているかなんてわかりきっていて、お菓子を手に(あみ)はわざと軽く告げる。



 実際、あの騒ぎの後は大変だった。


 全員、低体温症なんて軽く通り越して凍傷にかかってたから即病院に運ばれて入院だったし、検査検査でなにかと忙しかったし、どんだけ収容されてるかわからないくらいの無駄にデカイ大部屋では、連日騒ぎやら笑い声やらがたえなくて。


 落ち込んだり焦ったり、なんてしてる暇なんか全然なくて。


 ある意味――助かったけど。


 あの瞬間(とき)だけで――、十分な程。十分すぎるくらい、互いの心に重しが落ちた。


 抜けないトゲが――、深く深く、突き刺さった。



 (むつみ)は、あの時〈自分達を使って留めさせた事〉を、後悔していた。

 誰よりも一番、探しに行きたいと思っていたのは、太陽(ひかり)なのだから。

 それを――留めさせてよかったのか、と。


 海は、〈母親を傷付けた事を、哀しませた事を、父親の力を否定する事しか言えなかった事〉を恥じ、その時の自分に、怒りを覚えていた。

 そんな事が、言いたかった訳じゃなかった。

 だが、一度出てしまった言葉は、取り消す事など出来なくて。


 空は、〈慰める事しか出来なかった自分〉に、影でそっと涙を流した。

 もっと他に、出来る事があったんじゃないか、と。


 渚は、〈一番傍にいたのに、共に行かなかった自分〉を、ずっとずっと、責め続けている。



 子供達の中で一番、ショックが大きかったのは渚だった。


 橋の上で叫んだ後、一言もしゃべる事なく、入院中も同様で。

 二週間の入院生活の後、その湖の家に帰ってきてからも、一言もしゃべる事なく、父親のジャンク品が詰め込まれている部屋に、一人でずっと籠っていた。


 誰も、何も言えなかった。


 家の中は、シンとしていて、勿論店なんて臨時休業で。

 お互いがお互い、食事の時以外は極力、一人ずつでいるようになってしまっていた。


 それも、仕方のない事だった。


 しかし。

 そんな中で空だけは、いつも必ず、皆に何かしら声をかけて。

 渚が籠っていた部屋の前で、渚に語りかけるように、ずっと声をかけていた。


 そんな暮らしの中、更に一週間の月日が流れて。


 ソルイの翁によって、(うしお)が〈帰ってきた〉と知らされた。


 その時は、その言葉の意味より、帰ってきた事の方が嬉しくて。


 皆で囲むように汐を抱きしめて、泣いた。

 それこそ、一生分かと思えるくらい。


 だけど、喜びに浸っている暇はなかった。


 話を聞き付けた色んな人達が、押し寄せて来たからだ。


 フェアリー、エルフ、トロールなどに〈取り替えられた子供〉なのではないかと。


 その伝承は、そこでは広く信じられていて、取り替えられた子供によって、不幸に見舞われるとまで言われていた。


 そんな事はないと思っていたが、連日人々が押し寄せて来て、半ば追われるように、その湖の家を後にしたのは言うまでもなく。


 日本に帰り着いた際に一応検査やらをして、汐がちゃんと二人の子供で、姉妹の末っ子なのは確認されてはいるけれど。



 確かに、汐が帰ってきた時、奇妙な事がなかった訳ではなかった。


 汐が乗って帰って来たボートは、そのボート乗り場で借りられるものではなかったし、いなくなる前に着ていたものとは違う服を着ていたし、眠っている汐の周りには、様々な物が所狭しと詰め込まれていた。


 まるで、世界各国を渡ってきたかのような、調和の無さだった。

 お菓子、食器、髪留め、衣服……そのどれをとっても、同じ国の物はひとつもなく。


 それに首を傾げる子供達だったが、逆に太陽は何かを掴んだのか、徐々に、しかし確実に元気を取り戻していった。

 それにつられるように、子供達も徐々に〈それまで〉を、取り戻し始める。


 今のように自然に、ちゃんとした家族のようになるには、すぐにとはいかず、かなりの時間がかかったけれど。


 その間、本当に、本当に――、色んな人達にお世話になった。

 学校の先生連中、幼馴染み、友達……父方の、家族の人達にも。


 それでも――、深く突き刺さったトゲは、まだ抜けないけれど。


 きっと母親も、汐にも、たぶん父親にも、そのトゲはあるんだろうけれど。


 それでも二人が、皆が笑っていられるなら、そんなトゲくらい、心の奥底に沈めていられる。


 たまにこんな風に、浮上してきたりもするけれど。

 いつまでも――、負けてなんかいられない。




「大体、これって全部オヤジのせいなんだからさぁ〜。帰って来たら二、三発……いや、四発は殴らせてもらわねぇとな〜♪」


 今までの湿っぽい空気はもう終わりとばかりに、ニヤリと笑って海が告げる。

 それに驚いて、恐る恐る聞き返す空。


「えぇっ!? な、なんでそんな……具体的なの……?」


 その問いに、海は更にニヤリと口角を上げて告げる。


「なんでって、そりゃあそ〜でしょ♪ 空は百パー「心配したんだからぁっ!」って言って胸に飛び込んでくだろうし、汐は……わかってっからたぶん殴んねぇだろ? オカンも……殴りそうじゃねぇし。だから、あたしが四発殴る♪」


 きししと笑う海を、陸はため息して見つめる。

 空は海に言い当てられて恥ずかしげにしていたが、ふと気付いて陸に訊ねる。


「陸お姉ちゃんも、その……な、殴るの? お父さん……」

「殴りはしないけど……平手打ちくらいはするでしょうね。長女として、父さんには言ってやりたい事が山程あるし」


 それにさらりと陸は答え。空が訊ねる前に、渚がその口を開く。


「…………仕留める」


 呟くと同時に、いじっていた試作品のスライド部分を、ガチャコとさせる。


「だっ、ダメだよっ!? 仕留めたりなんかしちゃ……お、お父さんなんだからっ! お姉ちゃん達もっ」


 ふふふ……と不穏な空気をまとう三人に、おろおろしながら空が慌てて止める。

 そんな空に、海はあははと笑うと、その頭に手を置いて、よしよしとしながら告げる。


「え、ちょっ!? 海お姉ちゃんっ?」


 突然頭を撫でられて戸惑う空に、海は笑って。


「空は、そのまんまでいてくれよ? あたし達、ホントに感謝してんだから……」

「え? それってどういう……」


 海の言わんとしている事がわからず、小首を傾げる空に、先程の笑みとはうって変わって、ニヤリとした意地悪い笑みを浮かべると、海はその顔のまま告げた。


「あたしはマジだけど、(ムツ)姉と渚のは冗談だって気付けよ〜?」

「ええぇっ!?」


 それに、またもや驚きの声を上げる空。


「ふふっ。空はホント可愛いわね」

「…………同感」


 そんな空を見やって、たまらずといった感じで陸と渚も笑い出し。


 次第に空も、ふわりと微笑を浮かべる。



 そうして、四人姉妹の夜は更けていくのだった……



先生達とか、幼馴染み達とかは、あの人達とか、あの人達です(笑)

お世話になりました(笑)!


やっと7月終わりました!あとちょっとの区切りも…


次のからやっと8月です!(やっと…)

早くリアルに追い付きたいなぁ…

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