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七年前・後編




 それに気付いたのは、事が起こってからだった。


「たっ、たたた大変だっ! アンタんとこの旦那と子供が乗ったボートが、きっ消えたっ!」


 玄関扉を壊さんばかりの勢いで押し開き、息を切らせながらやって来たボートを管理している初老の男が、切羽詰まった顔で回りにくそうな口をなんとか動かし、叫んだ。


「………………」


 それに、何を言っているんだろうこの男は? みたいなポカンとした顔を向ける太陽(ひかり)と、四人の子供達。


「と、取り合えず落ち着いてください、ソルイ(おきな)


 初老の男、ソルイの勢いに気圧されつつも、なんとか声を上げて椅子をすすめる太陽に、


「お、落ち着いとるバアイかっ! 旦那と子供が、いなくなったんじゃぞっ!?」


 唾を飛ばして喚くソルイ翁。


 いなくなった――……

 はっきり言われたその言葉が、徐々に太陽の心に浸透し。


「っ!」


 弾かれたように、ログハウスを飛び出していく太陽。


「母さんっ!」

「ちょ、ちょっとオカン! (ムツ)姉っ!」


 それにはっとして、(むつみ)が直ぐ様後を追いかけ、驚きつつ(あみ)も駆け出し。


「ま、待ってよぉ!」

「まって!」


 慌てて空と渚がその後を追う。


「お、おいっ!?」


 後には、次々飛び出していく女子供に呆気に取られている、ソルイ翁だけが残された。




「……(うしお)、アリカ君っ……!」


 後ろを子供達がついて来ているなど思いもせず、その場所へと一目散に走る太陽。


 積もった雪で銀色に染まった外界はかなり寒いはずだったが、寒さなんて、感じてすらいなかった。


 アリカ君と汐。二人の事だけが、頭を、心を、全身を支配する。


 大量の雪に足を取られながらも、なんとかボート乗り場へと到着する。


 湖の端に作られたボート乗り場は、騒ぎを聞きつけて来たのか、人だかりが出来ていた。


「……っ……」


 全力疾走で乱れた息を整えながら、その中から慎重に、アリカ君と汐の姿を探す。


 しかし。

 見慣れた緩くウェーブのかかった栗色の髪の愛する人も、お揃いのように栗色の、ふわふわの髪の愛する娘の姿も、見つけ出す事は出来なかった。


「……うそ……」


 知らずと、唇から掠れた声が溢れる。


「……うそよ……っ!」


 思わず叫んで、ボートが繋がれている橋へと駆け出す。


 いなくなった――

 なんてたった一言で、本当にいなくなっただなんて、信じられなかった。


 草の根かき分けてでも、湖の底をさらってでも、探して探して探し尽して――……

 納得するまで探し尽してからじゃないと、信じられる訳がなかった。


「お、おいっ! 誰か止めろっ」

「後追い自殺でもするつもりかっ!?」


 周囲に悲鳴やざわめきが巻き起こる中、物凄い勢いで、それこそ湖に飛び込まんばかりの勢いで、太陽は橋の上を駆け。


「っ!」


 その身体が、今まさに湖に躍り出ようかという所で、間一髪、陸が太陽のその手を取り。


「――母さんまでいなくなったら、私達はどうなるのっ!!」


 その手を握り締めたまま、精一杯の声で叫んだ。


「っ!?」


 それに、太陽の動きがピタリと止まる。


 吐いた息が、白い尾をひいて空へと流れていく。


 動き出すまでの時間が、随分と長く感じられた。


「……え……あ、……むつ、み……?」


 驚いたような、安堵したような、微妙な表情をしながら振り返って、太陽は呟くように告げ。次いでぺたん、とその場に座り込む。


「……え、あ、あれ……? なんで……」


 力が抜ける。身体が震える。

 自分の身体の変化に、思考が追い付いていかない――……


 おかしいよね、と苦笑する太陽に、陸は俯いたまま微動だにせず。

 その間に、海がその場にたどり着き。

 二人の様子を見て、呟く。


「……な、なんだよソレ……。冗談だろ……? オヤジと汐のヤツ……マジでいないのかよっ!?」

「…………」

「…………」


 海の言葉に、答えられる筈もなく。

 海にはその沈黙がまるで、何もかもを物語っているかのように見えて。


 拳を握り、奥歯を噛み締めて打ち震えた後、勢い良く橋の縁に立って、海は大声で叫んだ。


「バカヤロォ――――っ!!」


 それに、びっくりした顔をする太陽と陸。

 だが海は、まだ叫び続ける。


自分(てめぇ)にしか見えない、キラキラ(力)なんかに捕われてるからっ!」

「海っ!!」


 海の叫びに被さるように、太陽の鋭い叱責の声が上がり。


 パシンッ、かわいた音が湖に響く。


「…………」


 一瞬、何が起こったのか、わからなかった。

 いや、その時の母親の表情は、よく見えた。


 怒っているのに、その目尻に、溢れそうな程涙を溜めて。

 此方を見つめてくるその黒の瞳には、傷付いたような、哀しげな、でも何処か戸惑ったような色を宿していて。


 自分が何をしたのか、何を言ってしまったのか、理解するより早く、初めて叩かれた頬がジンジンと痛みだし。


「……〜〜っ、う、うぁ……わあぁあぁぁ――っ!!」


 海は、大声で泣き叫んだ。

 此所がどこだろうと、妹達の前だろうと、構うことなく。

 そんなふうに海が泣いたのは、それが初めてだった。


「………………」


 その傍らで、やっと皆の所までたどり着いた渚は、茫然と佇み、じっと湖を見つめていたかと思うと、突如ぽつりと呟いた。


「…………せいだ…………」


 そのまま、吐き出すかのように叫ぶ。


「一番、そばにいたのにっ! お姉ちゃんなのにっ! 守らなきゃ、いけなかったのにっ!」


 嗚咽混じりのその声が、溢れる。


「……私がっ……一緒にいかなかったからっ!!」


 叫ぶ渚の瞳から、後から後から、涙が溢れては頬を滑り、落ちていく。


 それに、海の頬が叩かれた音に驚いて、動く事が出来ず竦んでいた空がはっと我に返り。


 持っていたハンカチを湖の水に浸して絞り、泣いている海の傍へといくと、


「海お姉ちゃん大丈夫? 痛い、よね。これで冷やして。ね?」


 優しく告げて、その頬にそっと濡らしたハンカチをあてがう。


「……っ、そ、空っ……あ、ありっ、がと……っ」


 しゃくり上げつつ、それを受け取る海。そんな海にはにかむように微笑してから、空は渚へと歩み寄ると、後ろからそっと、震えるその身体を抱きしめ、囁く。


「それは違うよ、渚。渚のせいなんかじゃないよ。だから……」

「私のっ……わたしのせいだよっ……」


 それに首を振り、嗚咽を漏らす渚を抱き締め。

 空は囁き続ける。


「……渚、渚。……――大丈夫。大丈夫、だから……」


 柔らかな、優しい空の声が響く中、太陽は座り込んだまま自らの肩を抱いて嗚咽を噛み殺し。

 陸は動く事も出来ずにその場に佇み、俯いたまま拳を強く、握り締めた。



 そんな者達の頭上では、まるで何事もなかったかのように、満天の星空の中、鮮やかに移り変わるオーロラが輝いていた。




 その日、所在と汐の二人は、太陽達家族の前から姿を消した――……


やっと後編上げられました〜

一緒に上げれると良かったんですけどね…


面目ないです


次もまだ7月…(苦笑)



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