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七年前・前編


長いです…




 その年の夏は珍しく、うろな町の海での海の家開店ではなかった。

 夏の盛りだというのにまったく正反対の、雪深い異国の地での冬の海の……いや、湖の家開店となっていた。


 周囲を鬱蒼とした針葉樹の森に囲まれた、湖の見えるログハウスで、この地に避暑にやってきた観光客の為にと。

 夏に見れる雪国での、オーロラが売りのその観光地で。


 各地を巡っているとはいえ、雪国での営業はここが初めてだったからか、大量の雪に足止めをくらい、準備は遅々として進まず。

 例によって例の如く、オープン前日も慌ただしく動き回っていた。


「それじゃ、行ってくるから!」

「良い子にしてるのよ?」

「お土産買ってくるからなっ♪」

「お留守番よろしくね?」


 そう言って、スノーモービルで走り去って行く母太陽(ひかり)(むつみ)(あみ)、空の四人を玄関から見送るのは、父所在(アリカ)と渚、(うしお)の三人である。


「いってらっしゃい、気を付けて」

「いってらっしゃい」

「ばいば〜い」


 夕方頃には帰るから、と言い残して去っていった太陽達を見送ってから、所在はさてと呟き、ログハウス一階の店内スペースで機材の最終確認を終えると、明日開店の為の入念な掃除に取りかかる。

 勿論、渚と汐もお手伝いをする。

 汐はどちらかと言えば、散らかしている方が多いが……


「そういえば、お昼ご飯どうしようか?」

「海お姉ちゃんが作ってたよ? 冷蔵庫。チンしたら食べれるって。晩御飯の分もあるみたい」


 脚立にのり、電球を拭きながら訊ねる所在に、奥から入り口へ、掃き掃除をしながら渚が答える。


「流石は海、料理の事となるとぬかりないね。そろそろ太陽さん、追い越しちゃうんじゃないかなぁ?」

「そうなの?」


 父の呟きに小首を傾げる渚。そんな渚を他所に、床を水浸しにしていた汐が此方にパタパタかけて来ながら、


「ごはんっ?」


 と、その栗色の目をキラキラとさせている。


「まだだからね? って汐。また盛大に水溜まりを作ったもんだね。しかも、自分までびしょ濡れじゃないか」


 あ〜ぁ、このままじゃ風邪ひいちゃうよ、と苦笑する所在。


「う?」


 それに小首を傾げる汐をひょいと抱きかかえ、所在は渚に声をかける。


「お父さん、ちょっと汐をお風呂に入れてくるよ。後、頼んでもいいかな?」

「うん。掃き掃除終わったら水拭きするつもりだったし。高いとこ、もう終わってるでしょ?」

「もちろん♪」

「じゃあ、大丈夫」


 それじゃ後宜しく、と二階に上がりかけた所で、所在は渚に振り返り。


「誰か来ても勝手に玄関の鍵、開けちゃダメだからね? ちゃんと呼びに来るんだよ?」

「わかった。それより、早くしないと汐が」

「くちゅんっ」


 父の念押しに渚が頷いている間に、汐が小さくくしゃみをし。


「わぁっ、ごめんね汐。今すぐお風呂に行くからね〜」


 慌てて二階の浴室へと走っていく所在。

 そんな父の後ろ姿をため息しながら見送り、


「それじゃ、頑張ろっか」


 言いながら、渚は〈お掃除くん・二号〉の起動スイッチを入れるのだった。




 湖の家でやれる事は、そう多くない。

 掃除をしてお昼を食べ、新しく作った看板を取り付けたら、その日の作業はほぼ、終わったといっていい。


 海によって「オヤジは調理場立ち入り禁止!」との命が下っているので、ちょっとでも楽になるようにと、明日の分の仕込みを少しでもしておいてあげたい所なのだが、


「…………(じとぉ〜)」


 調理場のすぐ側に陣取っている渚にまで睨まれ、しぶしぶ退散する所在。


 各々、ゆったりとした午後を過ごす。



「……うにゅ」


 お昼を食べて眠くなったのか、汐は二階のベランダ近くでぐっすりお昼寝中。

 その傍らで、所在は冬の柔らかな陽射しを浴びつつ、読書にふける。

 渚は、誰かが来たらいけないから、と一階の店内スペースの隅で、所在が集めたジャンク品をいじくり回していた。


 そうしてゆっくりゆっくりと、その日の午後は穏やかに流れていく。




「太陽さん達、まだ帰ってきてないんだ?」


 遅めの夕飯を食べ、後片付けを終わらせてから一階に降りてきた所在が、店内を見回しつつ訊ねる。


「うん。もしかしたら、渋滞とかに巻き込まれてるのかも」


 手を動かしながら告げる渚の声に被さるように、テレビから『夏休みを海外で過ごす旅行客で、空港内は大変混雑しております』という、アナウンサーの声が届く。


 外はもう随分暗く、夜も深まってきていた。


「…………」


 ふと、ポケットから出した携帯を見やる。圏外。ため息を吐いて、またポケットに携帯をしまう所在。


 山奥で携帯が圏外になるなんてまだ、よくある話で。

 支給されている二台のトランシーバーは、互いの連絡用にと、太陽さん達が持っていってしまっている。


 連絡手段は、ないに等しい。


「……そろそろお風呂に入っておいで。明日から忙しくなるんだし、ここには僕がいるから」

「……うん。汐、いこう?」


 所在に言われ、広げていたジャンク品と試作品二つを持って、渚が傍らで試作品が作られていく様を飽きもせず見つめていた汐を促すが、


「や」


 一言呟いて、ぷぅいっとそっぽを向いてしまう汐。


 それにおや、という顔をする所在。

 珍しい事もあるものだ。


 このくらいの時間になるといつもならもう眠くて、目を擦りつつこっくり頷いて従うのに。


「汐? 明日、起きられなくなっちゃうよ?」

「おきゆもん」


 渚が小首を傾げてそう訊ねるが、汐はそこから動こうとしない。


「あんまり遅くまで起きてると、太陽さんに叱られるよ?」


 苦笑混じりに呟いて、動こうとしない汐をひょいと所在が抱き上げる。


「やっ! やぁなの〜!」


 と、そのままお風呂に連れてかれるとでも思ったのか、ぐずり出す汐。


「や〜ぁ〜っ!」

「どうしたの、汐? 無理矢理連れてったりなんかしないから」

「やぁっ、……っく、ふえぇっ……」

「あぁっ、泣かないで汐〜〜っ!」


 本格的に泣き出した汐に慌てる所在。


「よしよし。大丈夫、大丈夫だから。ね?」

「……ひっく、ふえぇ……」


 しゃくり上げる汐の背中を撫でながら、優しく声をかける所在。

 しかし、汐はなかなか泣き止まない。


「……どうしよう。こーゆーの、太陽さんのが上手いんだよね……」


 汐を抱いたまま、困ったという顔をする。

 此方を心配そうに見上げてくる渚も、苦笑を浮かべるのみで。


 うーん、と呟きながら視線を移し。

 窓から見えたモノにはっとして、所在はにっこりとした笑顔を汐に向ける。


「汐、オーロラ見にいこうか」

「……うっく……ぐずっ」


 聞いてくる所在に、しゃくっていて汐は肯定も否定もしていなかったが、所在はいそいそとコートを羽織り、汐をポンチョでクルリと包む。

 ボート乗り場は目と鼻の先。歩いて十分とかからない。


「渚も行くかい? 明日からはお客さん達が一杯で、ゆっくり見る暇ないだろうし。ボートからの眺めは凄いらしいよ?」

「ん〜……いい。お風呂入ってもう寝るから」


 視線を寄越しながら言ってくる所在に、渚は暫し悩んだが、最終的にはふるふると首を振り。


「そう? じゃあ、すぐ戻って来るけど、一応玄関の鍵はかけておくね」

「うん。いってらっしゃい」


 そう言って汐を抱き直し、湖へと向かっていく所在を見送ってから、渚は二階のお風呂場へと歩みを進めるのだった。




 それから暫くして、隣町まで買い出しやら諸々の用事を済ませた太陽達が帰ってきた。


「つ〜か〜れ〜たあぁ〜っ!」


 言いながら、我先にと玄関にたどり着く海。ノブに手をかけ、ガチンとした重い音に、首を傾げる。


「れ? オカン、なんか鍵かかってる」

「って、海! ちょっとは荷物持ちなさいっ」

「え〜? 電気、ついてるんでしょ〜?」

「……お風呂、かな?」


 各々口を開きつつ、荷物を持って玄関兼店の入り口へと集まる。

 扉が開かないのを確認し、太陽がスペアキーを探していると。

 内側からガチャリ、と扉が開く。


「おかえりなさい」


 そう言って、頭を拭きながら出てきたのは渚だった。


「ただいま。お風呂だったの?」

「うん」


 太陽の言葉に、頷く渚。荷物を持つのを手伝い、調理場に向かいつつ訊ねる。


「晩ごはん、温める?」

「あ、お願〜い」


 言いながら、大量の荷物を運び込む4人。

 そのあまりの多さに驚く。


「随分大量だね」

「雪降りすぎたら、定期便止まるかもって言われて〜。ついつい〜」


 あははと笑う太陽に、呆れ顔で陸。


「だからって、流石にこれは買いすぎじゃないの、母さん」

「だ〜いじょ〜ぶだってぇ♪ ようは、サバけりゃいーんだろ♪」

「それはそうだけど……」

「が、頑張ったらなんとかなるよ、たぶん……」


 ニカッと笑って言う海に、ため息を吐きつつ応じる陸。そんな二人に苦笑する空。皆手は止めず、荷物を仕分けては所定の位置へとしまっていく。


 その最中、ふと気付いたように太陽が渚に訊ねる。


「アリカ君と汐は? 一緒にお風呂?」

「うぅん。一緒にお風呂行こうとしたらぐずってきたから、宥める為にお父さんがオーロラ観賞に連れてった。すぐ戻るっていってたけど」

「え! なんだよそれ、ずっりぃ〜」


 調理場の奥にある冷蔵庫に、食材を詰めつつ聞き耳を立てていた海がぼやくが、


「ふぅん?」


 特に気にする事無く、太陽は相づちを打つだけに留めたのだった。




 しかしこの時。

 もう既に遅かったのだという事を、太陽ならびに四人の子供達が、気付く事はなかった――……



分けたのに長いですね〜(汗)


後編、早めに上げれるといいなぁ…



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