12/1 奇跡
意識を戻すと
「…………」
気付いたそこは、真っ暗な世界。
まだ、過去に囚われているのか、とも思ったフィルだが。
真っ暗なその世界より、更に。
黒い玄い炎を見て。
自分の精神の中か、と呟いて。
黒炎に声をかける。
「…………〈シヴァ〉」
しかし、名を呼んでも反応しない事に、一つ息を吐いて。
てくてくと黒炎に近付いて行くと、側に腰を下ろした。
「なんだよ? 昔を思い起こす程、あの女はティアに似てたか?」
……………………
答えはない。
まぁ自分とて、似てると思ったんだから、当然か。などとフィルが考えているとーー。
ーー私はあんなに、美人じゃないわよ
「………………」
一瞬、息をするのを忘れる。
もう、絶対に。
聞く事は出来ないはずの声。
ーーまぁ、髪型は……似てるかも知れないけどーー
まだ聞こえる。幻聴が。
ティアリアニィのーー、ティアのその、柔らかな声が。
ーーちょっと聞いてる? フィルド? ねぇ?
「…………ティア…………?」
信じられないモノを見るような目で、フィルが隣をふり仰ぐと。
黒炎に、悪戯っぽく微笑うティアのその表情が見えた。
ーーそーだよ。ティアちゃんですよー
くるりん、黒炎がその場てクルリと回る。
その仕草は、剣舞を披露している時の、ティアそのものでーー。
ーーぅわ!? ちょ、フィルド、なにっ!?
思わず、黒炎を抱きしめる。
あんな過去を追想し(みた)からか。
サヴァナグラートの感覚が、身体に残っているからか。
もしくは自身の、ティアへの微かな恋心か。
はたまた、思いが込み上げて、溢れそうな涙を隠す為か。
そのどれもが正解で、衝動的に抱きしめておいて、今更はた、とマズい事に気付くが既に遅い。
「………………っ………………」
そっ……と抱きしめ返されて、離れるに離れられなくなった。
ーー何か、誤解してるみたいだから言うけど。表に出る機会がなかっただけで、私だってちゃんといたわよ。今まで
ティアのその言葉に、苦笑する。
ティアと、グラートと、港町のみんなの想いである〈シヴァ〉。
主として表に出てきているのが、サヴァナグラートっぽい意思ってだけで。
色々な人の想いの、複合体なのだから。
〈シヴァ〉は、ティアであり、グラートであり、教会の修道長であったり、領主だったり、町の誰かであったりする。
その事に気付かなかっただけでーー、いや。
意図的に、気付かないように、触れないように、意識しないように、していた。
会ったら、何を言われるのか。
それを聞くのが、怖かったから。
〈みんな〉を取り込んで、その日から更に七日、眠り続けて。
七日間、何があったか聞いても誰も教えてくれないが、目覚める事が出来たというなら。
〈みんなの主〉として、認められたという事だ。
一応は。
みんなそれぞれ想いがあり、願いがある。
その全てが叶っている訳では、ないから。
何処かの何かに妥協して、それでも。
共に生きる事を、選んでくれたから。
だから。
今、ここにいられる奇跡。
知らずフィルが、それに感謝をしていると。
ーーあの、ね
ティアが、ぽつりと呟いた。




