12/1 翻弄
フィルくんと
ティアとサヴァナグラートの過去
ティアがやってのけた、〈大きな探しもの〉。
それは、鍵。
その町の、新たな領主を決める為の。
権利書が入った箱の鍵ーー。
世襲制だったそれは、双子の兄弟に亀裂を生じさせた。
次の領主は兄の方だと、専らの噂だった。
強気な気性の兄に、物腰穏やかな弟。
誰から見ても、兄が次の領主で、弟はその補佐をするのだろう、と思われていた。
次代の領主になる条件。
病床の現領主が告げたのは、鍵探しだった。
鍵探しは1年の歳月を経て尚難航しており、仲が良いと民衆に見せかけていた兄弟は、
最近巷で噂の、〈聖女〉に力を借りる事にしたのだった。
その時のティアに、探せないものはなかった。
もちろん、次期領主を決める大事な鍵だって、難なくその在処を言い当ててみせた。
それが、仲の良い兄弟の、亀裂を深まらせる事になるとも知らずにーー。
要人が、〈聖女〉と祭り上げられているとはいえただの平民に、身分を明かす筈がないのだから。
次期領主になったのはーーーー
弟の方だった。
兄は、それを祝福していた。
表向きには、そう見えただろう。
新しい領主になっても、港町は変わらず。
大きく栄える事もなければ、極端に困窮する事もなく。
穏やかに、柔らかに、時を重ねていく。
前領主、そして現領主の気質そのままの、小さな一つの港町。
だがそこにーー。
野心を抱く者がいた。
恨みを露わにする者がいた。
持てる全てを使い、のし上がろうとする者が。
〈聖女〉の護衛。
これを付けたのは、前領主の息子の片割れ。兄である者だった。
まず、邪魔な「恋人」だと名乗る男を権力でもって排除する。
二人がもう、会う事が出来ないように。徹底的に。
そうして、〈聖女〉の方にも手をのばす。
平民は、権力者には逆らえない。
逆らえば、自身の首が飛ぶ。
更に、ある事ない事を吹き込んで、疑心を持たせておく事もわすれない。
女を手に入れる方法は、幾らでもある。
証人は、手紙を運ぶ妙な子供。
〈聖女〉を守る護衛も。
事を起こす男共も。
兄の手の者。
不正を働くのは、容易かった。
闇夜に、〈聖女〉の名を使って捕らえておいた、子供の足を折り。
神のその御前で、事を起こす。
穢される〈聖女〉。
泣き叫ぶ子供。
あとは適当に痛めつけて、この子供に罪をなすりつければいい。
厄介そうな恋人の男は、〈聖女〉が暴漢に襲われたと囁いて、わざと要人を襲わせ、牢にぶち込んである。
最早、兄を邪魔するものは、何もなかった。
〈聖女〉を閉じ込めたのも。
修道院に圧力をかけたのも。
〈聖女〉を穢したのも。
要人をわざと襲わせたのも。
年端もいかぬ子供を、罪人に仕立てたのも。
全て領主の双子の息子、兄である者の仕業だったが。
それを咎められる者は、誰もいないのだから。
しかし。
完璧かと思われたその計画には。
誤算があった。
〈聖女〉の〈御業〉も、七守護りの〈力〉も。
人の手によるモノでは、なかったのだからーー。
全ての罪をなすりつけられ。
投獄され。
折られた足がなんとか治って。
漸くフィルが、牢から出られるようになったその時には。
もう。
引き返せない所まで、きてしまった後だった。
人の欲に呑まれる




