12/1 見せ付けられたのは

　爆発に巻き込まれ爆風に吹っ飛ばされていきながらも。

　撫子を庇う事を忘れず。

　意識のない撫子を背負って、安全な場所へと移動して。

　爆発によって崩れた瓦礫の一部を頭に受け、そのまま意識を手放すフィル。

　そうしてフィルは〈夢を視る〉。

　撫子の。

　悲しき過去の悲劇(ゆめ)を。

　夜輝石を媒介に、フィルへと意識を向けたまま、自分の意識を手放した汐(うしお)が。

　〈継承者〉が、〈守り護られる存在がいる〉。そのことを撫子が認識して(しって)いたから。

　そして、悪戯に落としたキスによって、フィルと撫子の間に、『橋』が架かった事により。

　具現した奇跡だった。

　海で泳ぐ撫子に、近付く『闇』。

　『それ』は人の良さそうな笑みを浮かべ、撫子へと手を伸ばす。

　撫子が想う〈大切な人〉、その形見を持つ男。

　赤い、トカゲに羽が生えたかのような、その指輪。

　意識の淵にいるからか、撫子の想い人が海で消えた真実を、知り得る事が出来たフィル。

　海で溺れたのではなく、奇声が響く中、ギラリと光るナイフの餌食となって。

　想い人は殺されたーー。そのことを、撫子は知らない。

　戦慄する。

　撫子に手を差し伸べる男。

　そいつの心に。

　人を貶める事に喜びを感じる。

　そんな様が見て取れた。

　

『やめろ！　その手を取るな、撫子っ。そいつはお前を『喰う』気だ……汚ねぇ手で、触るんじゃねぇよ！』

　しかし、フィルのその声は、届かない。

　伸ばした手は空を切り、すり抜けていく。

　代わりにーー。

　撫子のその手が、目の前の男の手を取った。

　それから……

　次第と穢されていく彼女を。

　見続ける事しか、フィルは出来なかった。

　撫子が求めたのはーー、形見。

　本来、なんの障害もなく、撫子の手に渡るもの。

　それなのに。

　抵抗し、抗おうとする度。

　彼女のその気力を、まるで弄ぶかのように。

　ある時は記憶を力で捻じ曲げ、撫子を我が物とするその男。

　しかし、それだけで終わるハズもなく。

　彼女が捧げた純潔は穢され、簡単に踏み躙られる。

　記憶を弄られた彼女に、触れる数多の者たちの手。

　自分が堕ちていっている事にすら、気付いてはいない。

　数多の男に、組み敷かれる女。

　そこに幻影がダブる。

　小麦色の肌。金の瞳。引き裂かれる衣服。

「…………めろ…………」

　意識すらも奪われて。

　ソレを疑う事なく受け入れる。

　赤色の長い絨毯の上。散りばめられる黒の長髪。流れ落ちる純潔。

　目の前で見せ付けられる行為がーー

　神の座で行われた、ティアリアニィのそれと重なり。

「…………やめ、ろ…………っ」

　男共から振るわれる、暴力という名のその行為を。

　その顔に、笑みを貼り付けたまま。

　涙する女のその表情がーーーー！！

「やめろーーーーーーーーーーーーっ！！！！」

　フィルの記憶を抉り呼び覚ます。

　どんなに叫んでも。

　その声は届かない。

　これは〈夢〉。

　撫子の過去だ。

　目の前の女はーーーー、ティアじゃ、ない。

　わかっている。

　だがこの〈夢〉が、限りなく、過去にあったその状況と酷似してーー。

　金の瞳が。つやりと煌めくその瞳が。

　ーー責めてくる。

「…………っ」

　泣き叫べ！　許しを乞イ！　絶望しロ！！

　〈シヴァ〉の笑みを含んだ声が、耳朶を満たす。

　主(オマエ)の所為デ！　引き起こされた悲劇ヲ！

　その目に焼き付けテ、壊れてしまエ！

　〈シヴァ〉のその大きな大きな手が、身体を包み込んだような気配を感じる。

　そうすれバーーーー

　代わりにその身体、我が使ってやろうゾ？

　ナァ、主ヲ

　酷く、甘く、じんわりと。

　〈シヴァ〉が心を苛んでくる。

　真綿でふんわりと包み込んできながらーー

　命を刈り取ろうと、牙を剥く。

　いつだって。

　〈シヴァ〉はこの小さな身体を、己がモノにしようと、あの手この手で誘惑してくる。

　隙あらば意識を乗っ取り、〈外〉に出ようとする。

　サヴァナグラートであった頃の記憶は、もう無いはずなのに。

　喜びで懐柔しようとしてきたり。

　悲しみで覆って、心そのものを壊そうとしてくる。

　まるで。

　責めているかのように。