7/31 聞けないこと1
「汐、いい加減にもう寝なさい。私も一緒に寝るから。明日も皆と遊ぶんでしょ?」
「はぁ〜い」
リビングの時計が夜十一時を回りかけた所で、そう言って母太陽と汐が席を立つ。
あんた達も明日があるんだから早く寝なさいよ〜と言いながら、ヒラヒラと手を振って太陽がリビングを後にし、それに続くように汐もリビングを出ようとするが、不意に振り返り声をかける。
「……陸お姉ちゃん」
「なぁに? 汐」
それに、にっこりとして陸が声を返すが、じっと此方を見つめたまま汐は押し黙り。
「……んーん、なんでもない。おやすみなさい」
ふるふると首を振ってそう告げ、パタンと扉を閉めて部屋を出ていく。
パタパタ、一階の雑魚寝用の部屋へと足音が遠ざかり、その扉がパタリと閉められたのを確認してから、陸はふぅと小さくため息を吐く。
「……んで? 陸姉は一体何を、悩んでんのさ?」
「えっ!?」
その声に驚いて顔を上げると、ニヤリと笑う海の瞳と目が合って。
「気付かれてないとでも思ってたぁ〜? バレバレだよん♪」
「先週の、日曜あたりから……だよね?」
「…………ん。ため息、よく吐いてた」
言いながら、飲み物におつまみ、お菓子やらを持って、海、空、渚がソファへと座る。
聞き出す気満々な面々に、ため息が出る。
「私は別にそんな」
「あたしの予測だと〜♪」
「お母さんや汐には、聞かせられないこと、だよね?」
「…………ん。さっきの汐、見る限りそう」
否定しようとしたのに、的を突かれて言葉に詰まる。
「あたし等の中じゃ、たぶん汐が一番、色々良くわかってるよ。さっき陸姉に声かけたの、そゆ事だろ?」
「……はぁ……」
海のその言葉に、観念したようにため息を吐き。
陸は話始めた。
「……二十一日の日曜、なんだかちょっと、おかしかったわよね」
「んあ? ……あぁ、あの雨の日の?」
「確か渚が……」
「…………海、静かすぎた」
陸の言葉に、各々思い出しながら相づちを打つ。
それに頷き、続ける。
「あの日、夕飯の用意出来たからって、私が汐を呼びにいったんだけど」
「宿題せずに寝てた、ってアレかぁ」
ぽん、と手を打ち呟いて、それで? と目だけで促してくる海。口を開く。
「……たぶんあれ、寝てた、んじゃないと思うのよね」
「へ? どゆ事?」
「?」
陸の言葉に首を傾げる三人。そのまま続ける。
「……何か、あったんじゃないかしら。泣いてたし、一応宿題してたんだから、机の上で寝てたのならわかるんだけど、なんていうか……ベランダか窓の側に行きかけた途中で倒れた、みたいな、中途半端な場所で寝てて」
悩ましげにそう陸は告げ、三人は顔を見合わせる。
「……寝相が悪かっただけじゃ」
「それは海お姉ちゃんだけでしょ、もう」
真面目に考えてよ、とふざける海を注意する空の横で、
「…………何かに〈魅入られた〉のかも」
神妙な顔をして、渚が呟く。
『えっ!?』
それに驚いて慌てて渚を見る陸達。
視線に気付き、神妙な顔のまま静かに、渚は言葉を綴る。
「…………あの日、海は静かすぎるくらい、静かだった。海猫すら、飛んでなかったし、何かの前触れみたいに、波は凪いでた。雨だって、それを隠すみたいにずっとずっと、降ってた」
一息つき、しゃべりすぎて渇いた喉を潤してから、続ける。
「…………嫌な感じ、した。汐は、もっとはっきり感じ取ったはず」
「……だからその何か、に引っ張られて倒れた、っての?」
海の呟きに、こくりと頷く渚。
「渚でも感じる事が出来たくらいなんだから、確かに汐は、より多くを感じてる筈だよね……〈あの力〉で」
心配そうに、ぽつりと空が呟く。
「……あ〜、こりゃ確かに、オカンにゃ聞かせらんないし、汐には聞けねぇなぁ」
はぁ、とため息しつつ頭を掻く海。
苦労している母親に、これ以上心配かけたくない。
大事な汐に、嫌な思いはさせたくない。
その思いは、ここにいる皆が思っている事で。
各々悩ましげな顔をして押し黙る中、ぽつりと陸が呟く。
「……汐が話したくないのなら、別にそれでもいいのよ。でも……泣いている理由すら、聞く事が出来ないだなんて……」
お姉ちゃん失格よね、と陸は苦笑する。
それに苦笑いを浮かべ、海が呟く。
「……聞けない事が、増えてくなぁ……」
そうして天井を見上げる海のその黒の瞳に、映っているものは。




