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7/30 昔( そ)の時の事




「小梅っち、いつもの体調不良だって?」

「みたいね。空が見てきた時の様子だと、大分良さそうだったみたいだけれど」


 今日の営業を終え、家のリビングで(むつみ)とだべる(あみ)

 明日提出の書類に目を通しながらの陸とは違い、海は缶ビール片手に、おつまみをつまんでいる。


 今日の最終当番は陸と海だった為、リビングには二人以外は誰もいない。


「ま、大事ないならそれでいいんだけどね♪」

「そうね」

「…………」

「…………」


 それ以後、陸の電卓を叩く音だけが周囲に響くが、


「あ」


 と、思い出したように海が声を上げ、まるでその海の心内がわかるかのように、陸が先んじて告げる。


「……今物凄く、嫌な事を思い出したわ」

「え〜? あたしは、めっちゃ面白いこと思い出したんだけど〜?」


 額を押さえてそういう陸に、にししと笑って海が言う。


 二人が思い出した事とは、今よりちょっと昔の話。




 各地を巡りながらも、なんとかうろな高校を卒業することが出来た私達だったが、学校を卒業してからの方が、各々なりに大変だったという事を良く、覚えている。


 その際お世話になりっぱなしだったのが、中学の頃からの付き合いである梅原先生だ。


 高校に入ったおり、田中先生から資格取得は大事だと散々言われていたので、私はポジション的に経理とかよね、と在学中なら無料、もしくは格安で資格試験が受けられるという事もあって、簿記や運転免許、その他役に立ちそうな資格の修得に勤しんでいたんだけれど。


 次女の海は、そうはいかなかった。


 海も、私達をここまで育ててくれた母さんを、助けなければいけない事は良く、わかっている筈なのだけれど。


 その時の海は資格修得をと言うよりは、いかに美味しい料理を作るかの方に燃えていて、勉強なんて二の次三の次で。


 元々勉強が好きではないというか、嫌いな方だったから、更に勉強して資格を取れ、なんて到底無理な話で。


 その事で悩んでいた私に力を貸してくれたのは、やっぱり梅原先生で。


 夏休み中に修得できる資格は結構あって、この時期はあまり体調が良くないにも関わらず、私や海の為に、空き教室を借りてまで授業してくれていたのだけれど。


 そこでもやはりというか、当然のように、海は勉強には身が入らなくて……


 というか、まず、始まり方からしておかしかったのよね。


 ドアには黒板消しが挟まれていたし、そのドアの隙間に挟むようにして備えられた紐の先には、バケツがぶら下がっていたし……

 他にも、チョークケースの中のチョークが全部粉だったり、教壇の机が外れたり。


 海にとってのこの授業時間は、いかに梅原先生を罠にかけるか、の一点だけに力が注がれていて。


 資格取得の授業の筈が、攻防戦を繰り広げていた時間の方が、長かったような気がするのよね。


 勿論私は、ちゃんと勉強してたわよ?

 簿記の資格は梅原先生に要点だけ確認したら、過去問や参考書片手に、殆んど独学で取ったようなものだったし。


 でも、一つだけ、傍観してないで、止めてればよかったな、と思った出来事があったのよね……

 まぁ、その一件以来、海も資格修得にやや真面目に、取り組むようになった訳なのだけれど――……




「今時、黒板消しのトラップに引っ掛かると思っているとは、甘いぞ海っ!」

「へへん、それだけじゃないっての♪」

「バケツだって同様だからな?」

「んじゃ、これならどーかなっ?」

「なっ!? ○○写真だとっ!? こっ、こここんなモノっどどど、どこからっ!?」


 バラまかれた写真に、激しく動揺する梅原先生。

 顔を真っ赤にして怒鳴っている事から、たぶんそっち系の写真なんだろうな、と推測する。

 そんな梅原先生を見てニヤリと笑い、海が告げる。


「いっくら剣道有段者の小梅っちでも、弱点はあるんだしね〜♪ それを突かない手はないっしょ♪」

「!」


 ふふんと不敵に笑う海に、立て掛けてあった竹刀を取って構え、告げる梅原先生。


「勝負するなら、正々堂々勝負しろっ! ええいその性根、叩き直してやるっ!」

「弱点突くのも、立派な作戦の内っしょ〜♪」


 だんっ! と踏み込んできた梅原先生の剣幕などまるで堪えていないかのように笑い、逃げる海。


 私はというと、勝負だったかしら? と一瞬小首を傾げたがそれだけで、また参考書に目を落とし。

 ……だから、直前まで気付いていなかったのよね。


「せいっ!」


 一息の元に放たれた竹刀が、海に振り下ろされるその直前。


「おわっ?」


 奇声を発して、自分のバラまいた写真で滑って横に倒れ込む海。

 その後ろには調度、参考書片手に問題を解く私の姿。


「なっ!?」


 それに驚いて、梅原先生がブレーキをかけた時にようやく、私は竹刀に気付いて顔を上げ……


 心臓が、止まったかと思った。


「…………」

「…………」


 暫く、なんとも言えない微妙な顔で梅原先生と見つめ合う私。

 じんわりと広がり始めた手の痛みに気付いて、なんとか声を発する。


「……人間、意外とやれば出来るものなんですね……」

「あ、あぁ……そうだな……」


 お互いがお互い目をぱちくりしつつ、呟く。


 白刃取り、なんて初めてしたわ。

 梅原先生の寸止めのが間に合ったおかげだけど、たぶんもう、出来ないわね。

 でもこの時程、体術やっていてよかったと思った時はないわ。


「あははははっ! あぁもうおっかし〜! (ムツ)姉の顔ってば……ぷぷっ」


 と、床に倒れ込んだまま腹を押さえ、バカ笑いする海の声で我に返り。


「あ〜み〜? 覚悟は、勿論出来てるわよね?」

「元はと言えば海! お前のせいなんだからなっ!」


 梅原先生と二人で、鉄槌をお見舞いしたのは言うまでもない。




「陸姉の、あん時の顔ってばさ〜」


 ビール片手にくくっと笑う海をじろりと睨み。


「海。貴女ね、その後受けた鉄槌、覚えてない訳じゃないんでしょう?」


 確認のように呟くが、


「ん〜? そんなことあったっけ〜?」


 ケロリとした顔で言ってのけ、おつまみを口にほうり込む。


 海にとっては、鉄槌をくらった事すら〈面白い〉ことに入るらしい。


「………………」


 それを恨めしげに見つめ、ふー、とため息を吐く。


 そういう所はほんと、憎らしいと思う。怒っている此方が、なんだか馬鹿らしくなってくるのだから。


(海の悪戯好きは、一生治りそうにないわね……)


 ボソリと胸中で呟いて、陸は電卓を叩く作業に戻るのだった。



ちょい昔話

悪戯っ子モード?発動の海さん(苦笑)

たぶん、彼女の場合剣道で小梅先生にシゴかれてても面白いこと、に入るのでしょうね…


YL様のうろな町の教育を考える会 業務日誌より

小梅先生お借りしております

田中先生もお名前だけを


おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ



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