11/17 渡し送り
11/17
その日汐はー
朝食を終えた汐は、自室に籠り。
宿題を最後まで終わらせ、意を決したように椅子から立ち上がる。
今、自宅にいるのは、試験勉強をしている陸くらいなもので。
空に渚、母親の太陽、その他家族達は、日曜日という事もあって忙しく、殆んどの者達が仕事に出ている。
それにフィルと海は、今日は賀川の訓練の為、前田家を訪れていて、家にはいない。
その事に、安堵するかのように、息を吐く。
本当なら。
賀川の事も、また雪姫の事も心配な汐は、一緒に行きたい、と言いたかった。
しかし、体調不良で学校を不定期登校しか出来ていない上、昨日、海でずぶ濡れになったのが良くなかったらしい。
目覚めたその時何処となく身体は重く、起きる事が出来なかったのだ。
朝食を食べたら幾らかマシになったが、外に行ける程ではなく。
部屋で安静にしている事になったのだった。
「…………」
しかし。
これは汐にとって、チャンスだと言えた。
ずっと、確認してみたい事があったのだ。
しかしそれは、フィルが側にいては出来ない事。
だが今、フィルは裾野にある前田家にいっている。
何かあった時の為、フィルの豆鳥が数羽側にいるにはいるが、室内に入れてはいない為、カーテンを閉めてしまえば、何をしているかは分からない。
それは、神殿が付けている、監視役の者達とて同様だ。
「…………」
唾を飲み込み、朝だというのに汐は部屋のカーテンを閉める。
体調があまり良くない事は、既に知られている。
今なら、眠りたいだけだと、偽装出来る。
薄暗い中。
絨毯の上に立ち、手に取ったのは。
父親からの贈り物である、夜輝石の欠片が入った小瓶のペンダント。
暗がりで仄かに光るそれは、じっと見つめる汐のその顔を浮かび上がらせ。
微かに震えるその手を、唇を露わにする。
「……このままじゃ、きっとダメなの」
小瓶をぎゅっと握り締め。震えを止めると、意思を乗せた声でしっかりと呟く。
「何があったのか知りたいの。ーーお願い、教えて。汐は……汐には、それを知る義務があるはずだからーー!」
汐の、その。
切なる想いに、答えたのか。
夜輝石から溢れ出た光は、汐の身体を包み込むように広がり。
光をいっそう強くすると、小さな身体を飲み込んでーー。
瞬間!
「きゃあっ」
強く瞬いた光の波に、その場から弾き出された汐は、小さな声を上げ。
壁に頭を打つけて座り込み、そのまま意識を手放した。
その衝撃によって鎖が切れ。
夜輝石の小瓶は、汐の膝へと滑り落ちるが。
まるで、意思があるかのように。
淡い光を纏ったまま、空にふわりと浮き上がり。
ちょうど、部屋の中ほどでぴたりと止まると。
汐を包んでいた光が、ギュッと凝縮したと同時に。
その光は、浮かぶ夜輝石へと吸い込まれ。
一呼吸の間の後に。
光の波を孕んだまま。
天へ向け、一直線に駆け昇っていった。
後には意識のない汐が、壁に寄りかかるようにして座り込み。
窓も開けていないというのに、強風でも吹き込んで来たかのような、終えた宿題の紙が散乱する、散らかった部屋だけが残され。
ころころと転がってきた夜輝石の小瓶は、微かに開いていた汐の小さなその手の中に、収まった。
「…………」
〈ブルー・スカイ〉。
ホテルの一室から天へと昇って行った、一筋の光を。
所在はその栗色の瞳を瞬いて、うろや旅館で借りている部屋の窓から、呆然と見上げていた。
その光は、同じくする者にしか、見えない光。感じる事の出来ない波動。
〈創詠・継承者〉でなければ、分からないモノーー。
「……ははっ」
呼吸を忘れた口から、ヒュッと音を立てて息を吸い。
渇いた呟きと共に、天へと向けた目を覆うかのように、片手で隠し。
「……まさか、〈渡し送り〉まで出来るだなんて。驚いた……、驚いたな、うん。昨日は、僕に気付いてすらいなかったのにーー」
商店街で、すれ違ったその時。
両者の夜輝石は感応したが、あの小さな少女は、所在の存在に気付いてはいなかった。
もしかしたら、感応していた事にすら、気付いていなかったかも、知れないのに。
だが、先程見せられた力に、疑心は確信へと変わる。
「あの子は……、あの子は、僕なんかより。ーーよっぽど正統な〈継承者〉だ……!!」
あはは、知らずとその口許に笑みが浮かぶ。
神殿や元老院の者達が区別する為に、付けていたのだと思っていたけれど。
それはどうやら、そうではなかったらしい。
〈あの人〉が、本当に。
その様に付けた、順番なのだとしたら。
笑みが溢れて止まらない。
〈創詠・継承者〉の順番は、一から七までがあると言われる。
それ以上はなく、また、現在において古くから続いている家系は、僅か三家しかないとされている。
親番が三、五、七に振り分けられた家系しか、続いていないらしい。
らしい、というのは、この三家のうち一家の、〈継承者〉が未だ見つかっていないからだ。
しかし〈創詠・継承者〉を守る守護りが、〈いる〉と言っているのだから、いるのは本当だろう。
〈継承者〉と守護りは、見ただけで互いを〈そう〉だと分かる。
所在もそれは経験済みだから、そこに嘘はないと断言出来る。
信じがたい事だが母親の小さかった頃に瓜二つのあの容姿が、否応なく自分と同じ親番を持つ、〈七〉の者なのだと告げている。フィルが側にいる事からしても、それは明らかだろう。
〈末子〉にしか、継がれない力。
どうしてなのかは、分からないけれど。
自分以外に、その力を持っているものが存在している。
それも、〈完全な力〉として、その力を使える者がーー!
自分のように、〈不完全〉などでは、決してない、その力。
先程の、〈渡し送り〉が出来た事からも、それは明確な事実だった。
あの少女はーー、彼女は。
親に〈七〉を、子にも〈七〉を戴く。
〈七の七〉の、正統なる継承者だと。
振り分けられた順番は。
もちろんただの番号ではない。
奇数、偶数の違いはあれど。
親番子番に同数の数字を持つ者の力が、一番強いとされている。
一の一、ニのニ、三の三……、七の七というように。
更に奇数偶数で分けられた時、その数に当てられた者も、強い力を持つという。
母である永遠は五番だったが、七の五と奇数で分けられた時その番に当たる為、強い力を持っていた。
それ以外の者が、そこまで力が強いわけではない事も、皮肉な事に、所在は自身によって証明している。
奇数の親番が偶数の子番を持っていても、意味はないのだという事も。
〈七〉の親番に〈四〉の子番。
母親の子番が〈五〉なのだから、せめて所在の子番が〈六〉ならば、もう少しマシな力を有していたかも知れないが。
視えるのは、時折空から降る囁き(キラキラ)。
それと、夜輝石を使って、人の〈キラキラ〉が少し視えるくらい。
夜輝石が、増幅機能のような役割を果たしてくれているのだろう。
〈あの人〉が教えてくれた事。
それと、母から教わった事。
〈渡し送り〉もその一つ。
〈想い〉を天に〈送る〉のだ。
重なれば、容易に出来る事なのだが。
所在は準備と手順を踏まねば出来ず、夜輝石の力も必要で。
しかしあの小さな少女が、準備と手順を知っているとは考えにくい。
それに、唯一知っていそうなフィルも、側にいない状況だ。
「……一体、どうやって……」
分からない事が多すぎる。
呟いて、息を吐き。
「ーーやっぱり、もう少し接触し(ふれ)に行かないとダメ、かなぁ……?」
小さな少女がいるだろう、その場所を見つめながら。所在は囁くように告げるのだった。
所在がそんな事を呟いていたなど、知る由もなく。
「ん……」
意識を取り戻した汐は、その栗色の瞳をぱちくりとして。
「お部屋がぐちゃぐちゃ〜〜!? なんで〜〜??」
驚いた声を上げ、怒られる〜と言いながら散らばった紙をかき集めていたが。
「いたっ!?」
頭に痛みを感じて動きを止め、さすってみると。
「コブになってるぅ」
ぷっくり膨らんでいる箇所を見つけて、痛いから、薬塗るのやだなぁ、なんて思う。
「あれ?」
その時になって、ようやく。
夜輝石のペンダントをしていない事に気付く汐。
何処に、と思って振り向いた時、目端に入った仄かな光に、床に転がるそれを見つける。
「良かったぁ、すぐ見つかって。……あ、鎖切れてる。落としたの、気付かなかったんだ。お父さんからの、大切なものなのに。ーーごめんね」
拾い上げ、そっと握って頬を寄せる。
夜輝石の小瓶に、許しを乞うように頬を擦り寄せて暫し。
「直してもらわなくっちゃ。お姉ちゃーん、いるーー?」
立ち上がり、夜輝石をしっかりと手に包み込んで。
切れた鎖を直してもらう為、汐は自室を後にするのだった。
ちょうどお昼時で、誰かはリビングにいるだろうと思いながら。
ウチとこ話でした
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん、雪姫ちゃん
とにあ様のURONA・あ・らかるとより
https://book1.adouzi.eu.org/n8162bq/
うろや旅館
お借りしております
おかしな点等ありましたら、お気軽にご連絡くださいませ
もう一話上げれると、17日が終わるんですが




