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11/17 前田家での訓練7・フィル

桜月様宅、聴覚訓練三回目、十一月十七日回とリンク中ですー


フィルバージョン






「一体、どんな話が聞けるやら」


 気楽に、ホテルまでの帰り道を歩きながら。

 手を頭の後ろで組み、その口元をニヤリとさせて。

 フィルは呟き、ルドに意識を同調(シンクロ)させる。

 相棒ルドの耳目を借り、前田家で始まる話を盗み見る為に。




 (あみ)をあの場に置いてきたのは、半端冗談だったのだが、高馬は随分と海を気に入ったらしい。

 海はなんと言うか、あの性格が災いして色恋沙汰はさっぱりだったから、いい機会なのかもしれない。

 よくよく見れば家族思いで、分かりにくいけれど優しい面もある。作る料理は美味いし、料理の事や武術に関して向上心ある努力家だ。

 元気な所は好感が持てるし、朝の稽古を欠かさないから健康的で、引き締まった美しい身体付きをしている。

 口ではふざけていても、熱心に鍛錬していた海が一番、技の習得や飲み込みは早く家族の誰よりも上達し、動作も綺麗で次の間が分からない程滑らかだ。

 悪戯好きの性格と、女にしておくのが勿体無い程の腕っぷしが、色恋を遠ざけていたのは事実だろう。

 フィルとてそこは買っている為、友や仲間としてなら大歓迎だが、嫁にと言われれば二の足を踏む。

 世の中の殆んどの男は、前者を選ぶだろう。

 だが、もしかしたら。

 高馬なら、海を嫁にと望むかもしれないーー。


 あの一目惚れっぷりなら、と。

 苦笑を浮かべたその時、動きがあり。

 フィルは意識をそちらに向けた。




「子馬っ! また紛らわしいこと言ってんじゃねー捕獲だとっ! うちの娘だぞっ」

「タカの小父貴、すみませんね」

「冗談にも程がある!」

「でも、あながち冗談や嘘ってわけでも……」

「俺の目の黒い内はオメぇらの所にユキを連れて行くなんざあり得ねーからな」

「と、とりあえず話をさせてくださいね。こっちも仕事なんだよー」


 ばたばたと走り回る、高馬と鷹槍に呆れながらも。

 信号待ちをしながら、目を凝らし耳を澄ます。


「宵乃宮 雪姫(ゆき)さん。さっき話した通り、警察なんですが」

「はい? 私、何かしましたでしょうか?」

「夏に……小角という者、そしてその一味に加担していましたね?」

「えっと……」

「大丈夫ですよ、オロされた上での強制的な行為である事は裏が取れてますので、問題ありません。蒸し返す事もありません。ですが、貴女は『巫女』として自覚がありますか? ご自分の身が守れないのに不安でしたら、私達が身柄を捕獲……いえ、保護する話が浮上しています」

「えっと、えっと、良くわかりません。でも『水羽さん』には私と喋れるくらいには普通でないと言われました」


 水羽というのは、うろなを守る神だったか? と片隅で考え。

 雪姫(セツ)が「巫女」であり「神」を降ろせる媒体である事に納得する。

 あの「緩さ」がその為なら、確かに神は降りやすいだろう。

 ただ、雪姫自身に自覚はなく、それ故に起こった事態なのだとしたら。

 此方が被害を被る事が、あるかも知れない。

 自覚がないという事が、時に危険を招く事になる。

 今までの話から、それは簡単に推測出来る。

 友と慕っている(うしお)を悲しませる事はしたくないが、危険が此方にも及ぶようなら、離すべきかと考える。

 汐はーー、他者が傷付くのを厭う。

 それが自身の所為だというなら、尚更。

 自身の身を差し出してでも、守る(こちら)を守ろうとする。

 数奇な運命をその身に背負いながら、優しすぎるのだ、(かのじょ)は。

 だからこそ助け、守りたいとフィルは思う。

 それは、彼ーーいや、彼らも同じだろう。


「ユキさんは何となく緩いし不思議だけど、たぶん普通だし、巫女なんて自覚は要らないだろう!! 彼女は普通に、ごく普通に生きてるだけだっ」

「高馬、ユキさん、少し変わっているけれど。問題はないわ。貴方が出てきたと言う事は問題あるのは『回り』でしょう? 昨日の様な事があるって言いたいのでしょうけど? 私達も気をつけるわ」

「今の所、問題ねーよ、子馬。緩いけどユキは俺達が守る」


 各々が、雪姫をなんとか手元に置こうと口を開く。

 だが、フィルは懸念を募らせる。

 葉子がいう「昨日の様な事」が、どんな事だったかは知らないが、危険があった事など容易に知れている。

 なんらかの一味に加担し、何かの「イレモノ」として機能していたその時、強制的にその力を振るわさせられていたのだろう。

 自覚もなく、また、自身を守る術も無い。

 それを、フィルが危険視するのは当然だった。



「あの私、やっぱり『普通』ではないんですね」



 何処か悲しげに、呟かれた雪姫のその言葉。

 まるで自身が守る汐が、そう言っているかのようで。

 フィルの胸が傷む。

 雪姫のように見た目からという訳ではないが、汐も本当の意味での「普通」は望めない身。

 守る対象である者からそんな事を言われたら、なんとも言えない思いが込み上げる。

 「普通でない」事は雪姫や汐が、望んでそうなった訳ではないのだから。


「こっち向いて、ユキさん」

「はい?」

「君は俺が守るから。安心して……」


 頭の片隅で、そんな会話が聞こえたかと思った瞬間。

 賀川が雪姫に、深く長く、口付けた。

 それにパチリ、蒼の瞳を瞬く。


「すぐじゃなくても貰いますから。タカさん。俺、ユキさんが好きですから」

「だから子馬さん、お引き取り下さい。ユキさんは俺が、俺達が守ります。俺自身も守って『人柱』になんかしません」


 くったりと、賀川の腕の中に崩折れた雪姫をしっかりと抱きしめ。

 宣言する賀川。

 それをにっこり高馬が見つめ。


「凄いな、俺の従姉妹。流石、刀森の血を引くだけあって、巫女への忠誠心は厚い」

「「「「え?」」」」


 誰もが疑問符を投げ、雪姫以外の面々が高馬を見つめる中。


「ーーあははははっ!」


 道から外れ、屋根伝いに歩いていたフィルは、腹を抱えた。


「忠誠心ってか、独占欲だろ? 現実(リアル)だと照れてた、あっきらちゃんだったクセによ〜。なぁんでこんなあからさまなのに、くっついてねーんだ? コイツら」


 昨日の感じやお互いにさん付けな二人に、好き合って はいるがちゃんと付き合ってはいないと、当たりを付けて呟くフィルだが。

 一つ、息を吐く。


「ホンット、雪姫の事になると余裕ねーなぁ。分かってんのか、賀川(アイツ)は。……それが隙に、時に命取りになるんだって、事をーー」


 知らず、空を見上げて呟くフィル。


 全然、似ても似つかないのに。

 昔の自分と、今の賀川が重なる。


 その事しか見えていなかった、過去(むかし)の自分は。

 その事だけに囚われて。


 ーー死なせてしまったーー


 アウリヴェーラ。ティアリアニィ。

 たくさんの兄姉弟妹(きょうだい)、民たちを。


 大切なーー……

 大切な、存在だったのにーー


「…………っ」


 思い出しただけで、視界が霞む。

 拳を握り締めて、堪える。


 いつまでも弱いままではーー、「小さなフィル」と。

 あいつらに笑われてしまう。




「ねた?!」


 感傷に浸るフィルの耳に、高馬の声が響き。


「もー、いそうろうがきゅーにキスするから、巫女ったらイキできなくなっちゃって」


 それと同時に、変化した雪姫の気配が、フィルを現実に引き戻す。


「ユキさん?」

「こ、この……段階で出て来ていただけるとは」


 不思議そうな賀川とは対照的に、身を正し膝を付いた高馬は、


「撞榊厳魂天疎向津姫命つきさかきいつみたまあまさかるむかつひめ……」

「……それ、シタかまない? 水羽とよびなさい」


 祀る神の名を紡ぎ、頭を垂れる。

 「水」を纏う神気に、水羽のあだ名は伊達じゃねーのな、と苦笑する。

 自身が守る汐は、海に(ゆかり)ある者。

 だからだろうか。

 海の神、深和鎮(みわのしずめ)に続き。

 水の神、撞榊厳魂天疎向津姫命ーー水羽とまで目見える事になるとは。


「水羽……おめぇユキん所の神!」


 鷹槍が告げた言葉に、更に確信が深まる。


「こんにちわ。たかやり。さえへのさいはい、みごとでした」

「ありゃ……勝手に引っ付いただけで、オレは何にもしちゃいねぇ」

「まあ、いいでしょう」

「た、タカさん? 何かわかってるんですか?」

「だまってろ、賀川の」

「う……」

「こうま、古くの血がわかる者としてアナタは来たのでしょう? 宵乃宮の刀守にして、土御門当主」

「この男が、真の刀守となり得ますか?」

「いそうろうは私に『水』をくれし者。幼きより火之迦具土神ひのかぐつちのかみの加護下にすでにあります」

「もう、月姫つきの巫女のように、秋姫あきの巫女のようにならぬよう。この刀守を雪姫ゆきの巫女を永久に、側に……」


 神、をその内に宿す者ーーか。

 撞榊厳魂天疎向津姫命と火之迦具土神。

 詳しい事は、調べてみないとわからないが。

 神に縁ある者同士。

 引き合ったのだとしたら。


「……巻き込み巻き込まれたのは、お互い様、か」


 白髪の頭を掻き、付き合うしかねーかぁ、と呟く。

 賀川(おしえご)はまだまだ未熟で、フィルもまた、訓練に付き合ってやると言った手前、途中で放り出す様な無責任な事はしたくない。

 また情報は不足しており、そのままの状態で手を貸す事になれば、此方の危険度が上がる。

 出来ればそれは避けたい所だ。

 大手を振るって、協力者を望めない代わりに。

 少数精鋭の、七人の守護りなのだ。

 有事の際、動けないのであれば、意味がない。

 なれば、努力は惜しむべきではないだろう。


「まさか撞榊……いや、水羽様と会えるとは。それも俺は彼女の刀守じゃなくて良いって確約だし、よかった、よかった。これで言い訳が出来るぅ」 

「高馬! 何が何か、ちょっと説明しなさいよ。当主って何なのよっ。それも賀川君が従姉妹ですって? 何を言ってるの?」


 一人喜ぶ高馬をよそに、一気に捲し立てた葉子が声を上げ。

 ポロリと、言葉が溢れる。


「……刀森が、何か関係あるって言うの?」


 刀森? その名を訝しむようにフィルが眉根を寄せている内に。

 葉子のその疑問に応えたのは、息子の高馬ではなく、鷹槍だった。


「……おめぇの母親が育ててた『余所の子』。名前を知ってるか? 葉子さんよ?」

「知りませんよ、そんなの。複数いましたしね」

「しょうのみや あき」

「……はい?」

「じゃあ、そのうちの一人が宵乃宮 秋姫。ユキの母親と、葉子さんの母親が一緒に居たのは掴んでいる。こないだ『洞南園』の面会者名簿に、静子って名前と、アキヒメさんの小せぇ時の字が残っていたのを見た」

「え?」


 鷹槍に聞き返す葉子に、引き継ぐように呟く高馬。


「母さん、刀森はもともと巫女の分家筋なんだ。男は刀を守る者だった。女は巫女を育てた。男は巫女の配偶者になる事が多かった。それが宵乃宮に統括され、男も女もいつしか巫女を育てるだけになり、育てた巫女は機が熟した頃、子を生し『人柱』にされ、殺されるシステムになったんだ。……それを憂い、巫女を連れて逃げた女が歴史上何人か確認されている。一番最近の報告は二十年近く前。連れ去られた巫女の名は『秋姫』、その時に養育機関の『刀森』はすべて惨殺された。表向きは火事として処理され……」

「ちょ、ちょ、待って、ちょっと待って。高馬。変な事、言い出さないで」

「変な事を言ってはないよ。土御門が掴んでいる宵乃宮に関する情報の一部だよ。これは真実。一番生粋の巫女である秋姫を連れて逃げた女には、娘が二人いて、一人が母さん、もう一人その姉は養女に出されたり、結婚したりで名前が幾度か変わったが『時貞』と言う家に嫁に行ったのが確認されてる……」

「う……嘘でしょ?」

「俺がそんな嘘をついて、何か良い事ある? 母さん」


 沈黙が降りる中、その口を開いたのは賀川。


「じゃあ、葉子さんは俺の叔母? ……だから、子馬は従姉妹って事?」

「そうなるんだよね。時貞 玲」

「高馬? それってもし私が施設に居なかったら? この子の母親が? 私の姉? 姉が居たの? 私、何も知らないわ。私を施設においた母を恨んでいたの、恨んで……なのに、何?」

「施設に居なければたぶん母さんはもういなくて、俺も生まれてなかったよ。そろそろ知るべきだよ。会った事もないけど、お祖母さんは巫女を悪意を持って育てる様な役を子供にさせたくなくて、母さんやその姉を自分の側に置かなかったのだと……思う」


 話を聞き終え、ふら付く葉子を鷹槍がそっと支える。


「葉子さんは葉子さんだ、気にすんな」

「……ねえ、高馬が知ってるって事は……うちの人も知っていたって事? 言わずに逝ってしまったの? もともと刀森だから……そんな切っ掛けで出会ったの」

「そうか。おんまの家系が子馬と同じく公僕こうあんだったのは聞いている。だが細かくはわからねぇ。でもおんまは優しい男だった。今ココに居たなら、お前ぇを優しく抱きしめてくれただろう、きっと」


 涙する葉子を労り、その胸を貸す鷹槍。

 長い時を経て培われた信頼が、両者を固く結んでいるような。

 そんな、確かな絆が垣間見えた瞬間。


「とりあえず状況はわかったよ。巫女の身柄は暫く任せた。俺の方でもヒトを出しておくよ。暫くこの地に派遣されて居るから、またくるね。俺への疑いは晴れた? さあ、さあ、海さん、送るよ」

「え、あ、これ、このままでいいのかっ!」

「良いんだよ、海さん」


 話を切り上げた高馬が、海を引き寄せ玄関へと向かう。

 それを見て取り、どうやら話は終わったらしいと。

 同調を解いて、ルドを自分の下へと呼び寄せる為、飛び立たせる。

 その背に、


「子馬! わからない事が多すぎる。もう少し説明を……」

「すまないが、日と場所を変えよう、時貞 玲。賀川、と、呼んだ方がいいのか?」

「待ちなさい、高馬……」

「タカの小父貴、そして賀川。巫女と、母さんを頼んだよ」


 各々が声を上げるのを、聞きながら。

 視界に捉えたホテルを目指し、フィルは砂浜を歩く。

 砂を鳴らしながら、腕を組み。

 考える素振りをしながら。


「こっちでもちっとばかし、調べてみねーとわかんねぇってか。次の話がいつあるか、わかんねぇしなぁ……。とりあえず高馬と賀川に、ラザと、あと一人、付けとくかな」


 笛を吹き、手近な豆鳥を招き寄せて。指示を出し高馬に付くよう言い含めると、其方に向かって飛び立たせる。

 それを見送りながら、


「……俺様は動けねーし。誰に頼むか、なぁ。チェーイールーは論外だが、アプリに諜報(そゆ)のは向いてねーし。おっさんは時間がかかりすぎるから却下だよな」


 ラタリアに頼むってのもあるが、アレの耳目は俺たちだから、采配は的確でも、だからこそヤツに任せる可能性が高い。

 それは避けるべき事だ。絶対に。

 アレの世話には、なるべくならない方が賢明だ。……色んな意味で。


「となると……、やっぱチビ共しかねーか。幸い、交渉材料はある事だし、な」


 懐から取り出した小さな手帳を眺めて告げ。

 他にも、調べてもらいたい事があるからな、と呟いて。

 手帳を仕舞うと、フィルはいつもの飄々とした笑みをのせ。

 玄関の扉を開いたのだった。

色々収集に動く様です


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より

http://nk.syosetu.com/n2532br/

賀川さん、雪姫ちゃん、葉子さん、タカおじ様、高馬くん


とにあ様のURONA・あ・らかるとより

https://book1.adouzi.eu.org/n8162bq/

深和様


お借りしております

おかしな点等ありましたら、お気軽にご連絡くださいませ


11/17日話、汐パートに入ります

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