11/17 前田家での訓練5・海(あみ)(フィル)
桜月様宅
聴覚訓練三回目、十一月十七日
とリンク中ですー
「子馬っ! また紛らわしいこと言ってんじゃねー捕獲だとっ! うちの娘だぞっ」
高馬の首に背後から腕をかけ、鷹槍が怒鳴る。
「タカの小父貴、すみませんね」
「冗談にも程がある!」
「でも、あながち冗談や嘘ってわけでも……」
「俺の目の黒い内はオメぇらの所にユキを連れて行くなんざあり得ねーからな」
「と、とりあえず話をさせてくださいね。こっちも仕事なんだよー」
言いながら、また追いかけっこが繰り広げられ。
なんとか鷹槍の攻撃を逃れた高馬が、身を正して話し出す。
「宵乃宮 雪姫さん。さっき話した通り、警察なんですが」
「はい? 私、何かしましたでしょうか?」
「夏に……小角という者、そしてその一味に加担していましたね?」
こくっと喉を鳴らす音が、静かに響く。
「えっと……」
「大丈夫ですよ、オロされた上での強制的な行為である事は裏が取れてますので、問題ありません。蒸し返す事もありません。ですが、貴女は『巫女』として自覚がありますか? ご自分の身が守れないのに不安でしたら、私達が身柄を捕獲……いえ、保護する話が浮上しています」
「えっと、えっと、良くわかりません。でも『水羽さん』には私と喋れるくらいには普通でないと言われました」
海や、ルドの耳目を借りて「見聞きして」いるフィルは知らない事だが、夏に森にある小屋で鬼に攫われた雪姫は、その頭に一本角を生やし『雪鬼』となって、アヤカシ達の戦闘に加わっていた事がある。
今となっては操られていた事も、その者との戦いも、既に決着はついているが。
「ユキさんは何となく緩いし不思議だけど、たぶん普通だし、巫女なんて自覚は要らないだろう!! 彼女は普通に、ごく普通に生きてるだけだっ」
雪姫が言葉を言い終える前に。
机を勢いよく叩いた賀川が、静かに怒気をくゆらせながら叫ぶ。
そんな賀川を、対面の高馬は冷静に眺め。
「高馬、ユキさん、少し変わっているけれど。問題はないわ。貴方が出てきたと言う事は問題あるのは『回り』でしょう? 昨日の様な事があるって言いたいのでしょうけど? 私達も気をつけるわ」
「今の所、問題ねーよ、子馬。緩いけどユキは俺達が守る」
賀川と雪姫を気遣う葉子と鷹槍が、続けて言葉を並べるが。
「あの私、やっぱり『普通』ではないんですね」
そうじゃない、と。肯定はしてくれない周りに、しょんぼりと雪姫が呟く。
そんな雪姫に、ソファに座ったままの海は、驚いていた。
フィルは上手い事逃げたみたいだが、完璧に巻き込まさせられたっぽい海は、始まった話を意外と(?)真剣に聞いていた。
夏に妙な一味にどういう訳か加担し、警察が動く程の何かをやらかしたらしい事。
しかしそれは強制的な事であったらしく、雪姫が何か咎められる、という事は無さそうな事。
雪姫が『巫女』という存在で、その身体に何かを「オロ」せる程の『力』を持つ事。
『水羽』が言うには、その水羽と話せる程には、雪姫は『普通ではない』らしい事。
それを雪姫は分かって……、いや。どうやら分かっていないらしく、『普通』でいたいと、雪姫自身は思っているらしい事ーー。
また、『水羽』はどうやら、雪姫の口ぶりからして普通の存在ではないらしい、という事。
海が頭の中で、そんな事を考えていると。
目の前が突然、ラブぃムードになった。
賀川がいきなり、他がいる事を構う事なく、雪姫の唇に口付けたのだ!
「うわ……」
つい、声を上げてしまう。
いきなりすぎて、考えていた事が全て吹っ飛んでしまう程。
あまりにも長いそれに、目を逸らしかけた海の側で、
「あらあら、賀川君」
「ゆ、ゆ、ゆ、ユキはやらんぞ!」
葉子は穏やかに笑い、反対に鷹槍は上手く継げない言葉の代わりに、今にも賀川に飛び掛かりそうな勢いだった。
口付けを終えた賀川が、雪姫を抱きしめながら宣言する。
「すぐじゃなくても貰いますから。タカさん。俺、ユキさんが好きですから」
「だから子馬さん、お引き取り下さい。ユキさんは俺が、俺達が守ります。俺自身も守って『人柱』になんかしません」
真っ直ぐ、笑みを向ける高馬を見て告げた賀川に、あれ? っと思う海。
しかし、それが何かは分からず、賀川が言った『人柱』って言葉の方に思考が傾く。
「物語」の中の事とはいえ、従来『巫女』が『生贄』や『触媒』として、捧げられてきた事くらい、海だって知っている。
賀川の態度や、ただの運送会社の筈なのに訓練なんかやっている上、守られる対象である雪姫は、道場を構える者の元にいる。
どうやら夢語りなんかではなく現実の話である事が、ひしひしと伝わってきていた。
類は友を呼ぶーー、なんて言うけど、とボソっと溢しながら。
汐といいユキっちといい、なんでこう、危なっかしいのばっかり狙われる対象になるかなぁ、と海が思った所で。
「凄いな、俺の従姉妹。流石、刀森の血を引くだけあって、巫女への忠誠心は厚い」
高馬のその言葉に。
「「「「え?」」」」
誰もが疑問符を投げ、眠りに落ちた雪姫を残して、面々は高馬を凝視するのだった。
しかし。
「ねた?!」
皆が高馬を凝視する中。
いきなり意識が途切れた雪姫が寝息を立て始めた事に驚き、声を上げる高馬。
海がそちらを見やると確かに賀川の腕の中、すぅすぅと眠る雪姫がいた。
マジで? 高馬と同じ感想を抱いた海だったがーー。
「もー、いそうろうがきゅーにキスするから、巫女ったらイキできなくなっちゃって」
不思議な言い回しと共に雪姫の雰囲気が変わったのに、感覚で気付く。
訝しげに視線を向けていると、
「ユキさん?」
「こ、この……段階で出て来ていただけるとは」
不思議そうな賀川とは対照的にまるで、臣下ででもあるかのように高馬は恭しく身を引くと、膝を付いて。
「撞榊厳魂天疎向津姫命つきさかきいつみたまあまさかるむかつひめ……」
なんか、小難しい呪文を吐いた。
つ、つきさかきいつつみつ?? みたまあまあま??
盛大に舌を噛みそうな上間違えている海の心を、高馬にそう呼ばれた雪姫自身が代弁する。
「……それ、シタかまない? 水羽とよびなさい」
その言葉に、今目の前にいる「雪姫」が、雪姫の言っていた『水羽』なんだと合点がいく。
ゆるふわだった雪姫と違い、なんというか、神格化されたというか、洗礼されたと言えばいいのか。
従える者がいる事を、仕える者がいる事を、理解しているような、上の者である存在。
「水羽……おめぇユキん所の神!」
鷹槍がそう叫んだのに、神って神様? マジかよ……。確かに白髪に赤瞳で、神秘的な見た目だけど、と思う海。
でもさぁ、と思いながら、じっと雪姫を見る。
確かに、目の前の雪姫は今、「神」を「オロ」している状態で。
それは「巫女」という存在にしか、出来ない事なんだろう。
そんな事が出来る者は、ごく一般の者達からすれば、信じられない、理解し難い事と映るだろう。
その事だけを取り上げて言うのであれば、雪姫は確かに『普通ではない』のだろう。
殆どの一般人が持ちえはしない「力」を持ち、その身体に「神」を「オロ」せる能力を行使出来る存在ーー。
「こんにちわ。たかやり。さえへのさいはい、みごとでした」
「ありゃ……勝手に引っ付いただけで、オレは何にもしちゃいねぇ」
「まあ、いいでしょう」
「た、タカさん? 何かわかってるんですか?」
「だまってろ、賀川の」
「う……」
「こうま、古くの血がわかる者としてアナタは来たのでしょう? 宵乃宮の刀守にして、土御門当主」
「この男が、真の刀守となり得ますか?」
「いそうろうは私に『水』をくれし者。幼きより火之迦具土神ひのかぐつちのかみの加護下にすでにあります」
「もう、月姫つきの巫女のように、秋姫あきの巫女のようにならぬよう。この刀守を雪姫ゆきの巫女を永久に、側に……」
海が静かに、成り行きを見つめる中。
そこまで言うと、雪姫の中に降りていた神、『水羽』は雪姫の身体から離れ、賀川の身体に崩折れた雪姫が再び眠息を立て始める。
「まさか撞榊……いや、水羽様と会えるとは。それも俺は彼女の刀守じゃなくて良いって確約だし、よかった、よかった。これで言い訳が出来るぅ」
「高馬! 何が何か、ちょっと説明しなさいよ。当主って何なのよっ。それも賀川君が従姉妹ですって? 何を言ってるの?」
当惑している面々の中、一人だけ嬉しげな高馬に、今まで黙っていた葉子が声を上げる。
海はそれに一瞬声をかけそうになったが、ぐっと堪え。その代わりに、膝の上でルドがウロウロと動き回っていた。
「……刀森が、何か関係あるって言うの?」
自身が忌むべき名を、口にする葉子。
ずっとにこにこ笑っていた葉子のその顔が、固い。
葉子のその疑問に応えたのは、息子の高馬ではなく、鷹槍だった。
「……おめぇの母親が育ててた『余所の子』。名前を知ってるか? 葉子さんよ?」
「知りませんよ、そんなの。複数いましたしね」
「しょうのみや あき」
「……はい?」
「じゃあ、そのうちの一人が宵乃宮 秋姫。ユキの母親と、葉子さんの母親が一緒に居たのは掴んでいる。こないだ『洞南園』の面会者名簿に、静子って名前と、アキヒメさんの小せぇ時の字が残っていたのを見た」
「え?」
鷹槍に聞き返す葉子に、引き継ぐように呟く高馬。
「母さん、刀森はもともと巫女の分家筋なんだ。男は刀を守る者だった。女は巫女を育てた。男は巫女の配偶者になる事が多かった。それが宵乃宮に統括され、男も女もいつしか巫女を育てるだけになり、育てた巫女は機が熟した頃、子を生し『人柱』にされ、殺されるシステムになったんだ。……それを憂い、巫女を連れて逃げた女が歴史上何人か確認されている。一番最近の報告は二十年近く前。連れ去られた巫女の名は『秋姫』、その時に養育機関の『刀森』はすべて惨殺された。表向きは火事として処理され……」
「ちょ、ちょ、待って、ちょっと待って。高馬。変な事、言い出さないで」
「変な事を言ってはないよ。土御門が掴んでいる宵乃宮に関する情報の一部だよ。これは真実。一番生粋の巫女である秋姫を連れて逃げた女には、娘が二人いて、一人が母さん、もう一人その姉は養女に出されたり、結婚したりで名前が幾度か変わったが『時貞』と言う家に嫁に行ったのが確認されてる……」
「う……嘘でしょ?」
「俺がそんな嘘をついて、何か良い事ある? 母さん」
高馬が賀川を、従姉妹と言った事。
海があれ? っと思った違和感。
それに符号がぴたりと嵌る。
微かだが、似ているのだ、この二人は。
見た目、ではなく雰囲気が、と言った方がいいだろうが。
「じゃあ、葉子さんは俺の叔母? ……だから、子馬は従姉妹って事?」
「そうなるんだよね。時貞 玲」
「高馬? それってもし私が施設に居なかったら? この子の母親が? 私の姉? 姉が居たの? 私、何も知らないわ。私を施設においた母を恨んでいたの、恨んで……なのに、何?」
「施設に居なければたぶん母さんはもういなくて、俺も生まれてなかったよ。そろそろ知るべきだよ。会った事もないけど、お祖母さんは巫女を悪意を持って育てる様な役を子供にさせたくなくて、母さんやその姉を自分の側に置かなかったのだと……思う」
話を聞き終え、ふら付く葉子を鷹槍がそっと支える。
「葉子さんは葉子さんだ、気にすんな」
「……ねえ、高馬が知ってるって事は……うちの人も知っていたって事? 言わずに逝ってしまったの? もともと刀森だから……そんな切っ掛けで出会ったの」
「そうか。おんまの家系が子馬と同じく公僕こうあんだったのは聞いている。だが細かくはわからねぇ。でもおんまは優しい男だった。今ココに居たなら、お前ぇを優しく抱きしめてくれただろう、きっと」
涙する葉子を労り、その胸を貸す鷹槍。
家主と家政婦などでは無い、確かな絆がそこにあった。
「とりあえず状況はわかったよ。巫女の身柄は暫く任せた。俺の方でもヒトを出しておくよ。暫くこの地に派遣されて居るから、またくるね。俺への疑いは晴れた? さあ、さあ、海さん、送るよ」
「え、あ、これ、このままでいいのかっ!」
「良いんだよ、海さん」
全く気にしていなかった海が、抱き寄せられた事に後から気付き。
とりあえず引き剥がそうとしながら、玄関の方へと連れられていく。
それを追う為か、既に役目は終わったのか。ルドが窓から飛び立っていく。
「子馬! わからない事が多すぎる。もう少し説明を……」
「すまないが、日と場所を変えよう、時貞 玲。賀川、と、呼んだ方がいいのか?」
「待ちなさい、高馬……」
「タカの小父貴、そして賀川。巫女と、母さんを頼んだよ」
止めようとする面々を振り切り、そう言い残した高馬は、海を伴い前田家を後にするのだった。
話を聞くだけ聞かされた上何も解決していないというのに、中途半端に退場させられ。
まるで、猫の子の様に連れられていくのに釈然としないまま。
考える事は沢山あったが、とりあえず。
強引すぎる高馬をどーにかする方が先かなぁ、と。
海が思っている事など知りもせず。
盗み見しているのでした(笑)
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん、雪姫ちゃん、葉子さん、タカおじ様
、高馬くん
お借りしております
おかしな点等ありましたら、お気軽にご連絡くださいませ




