11/17 前田家での訓練2・フィル
桜月様宅
聴覚訓練三回目、十一月十七日
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笛を鳴らした途端。
膝を折り、その場に崩折れる賀川。
そよそよと気持ちよく風に揺れる洗濯物が、まるで嘲笑うかのように冷や汗で濡れたその髪を揺らす。
そんな中、賀川が叫ぶ。
「……ゼぇ、ゼぇ、ぜぇっっったいオカシイだろ」
「やっぱ、ダメじゃね〜かよ、お前。耳で聞いてた時より、ダメージでけぇぞ」
「し、『死神』が見えるからな、毎回心臓発作を起こしているか、殺されていると思ってくれ……てかっ! 『中』で頼むって言っただろーがっ!」
言い終わるのが早いか、フィルの胸ぐらを掴んでガクガクと揺する。
訓練が始まってからの、決まり事であるかのようなそれ。
フィルは笑っているし、肩に留まっている鷲のルドは、安定の位置でそこにいて。
一種の戯れであるそれを、甘んじて受けるフィル。
事の発端は自分なのだから、どーという事はない。
賀川が『中』で、と頼んできたのに、『小』『中』『大』を織り混ぜた『特大』を吹いてやったのだから。
悪戯が成功してしたり顔のフィルを、恨みがましく睨む賀川だが。
「んん〜? お前ぇ今日は左手、調子いいんかぁ?」
「ん? あぁ……」
フィルに言われて、胸ぐらを掴んだのが左手だった事に気付く。
手を離して確認するように動かしているが、そこまで調子が良いという訳でもないようだった。
「まぁ、昨日より良さ気か、な」
「あーホントだな~今日はあったけぇ~なぁ」
言いながら、見た目の所為かその年齢に引っ張られて、賀川の手を取り自分の頬に寄せる。
昨日氷のようだったそれは、ちゃんと温かみがあった。
「ちょ、人の手を頬に寄せるなっ。さ、続きを頼む。今度こそ『中』だ」
「へいへい、照れてやんのぉ~」
「うるさい、レディちゃんが!」
「またっ呼んだなっ、お前こそあきらちゃんのくせに」
「ちっ、その呼び名は止めろっ」
そんなお決まりの文句を言い合う二人に、声がかけられる。
「うるせーのはお前もだろ、しかしピーシャカ、ピーシャカ、何処から鳴ってるかと思ったらうちじゃねーか」
「タカさん、どうしたんですか? こんな時刻に……」
言い合いをやめ、現れた男に向かい尋ねる賀川。
「いやな。客も来るし、昼飯食いに戻ってきたんだよ。おめぇが賀川のが言っていたレディ何とかか? 本当にユキ並みの白い髪だな?」
厳ついオッサンに、見下ろされながら尋ねられ。
誰だ? と言う視線を傍らの賀川に向ける。
「うろな工務店の社長で、この家の主の前田 鷹槍。俺はここで世話になってるから大家さんみたいな人だよ」
前田 鷹槍。
通称タカさんと呼ばれている、五十代くらいの厳ついおっさん。
商店街にある「うろな工務店」の二代目社長でガテン系。
黒髪に一房の白髪、それを撫で上げたような髪型をしている。
裾野に自宅兼仕事場を持ており、そこにただの家政婦と自称する葉子と、工務店の社員である者達数名、居候中の賀川運送の賀川、宵乃宮 雪姫を養女に引き取り、離れに住まわせている。
普段は温厚、しかし腕っ節が強く、喧嘩っ早い。
カタカナが苦手。
賀川の説明に、人の良さそうな笑みを向け。
「よろしくな、大家! 俺の事はフィルって呼んでくれよな」
「フィ、フイ? まあいいか、笛坊主、賀川のを頼むな」
「坊主? そんな小さくねぇし。それにピーシャカって、聞こえてんのに大丈夫なのか?」
「はははははっ! 何となく耳障りって感じだな、笛フィー坊。ま、気合だ気合!」
笑いながら鷹槍が家の中に入っていく。
それを気楽に見送りながら、何処か悔しげな賀川にニヤリとするフィルだった。
昨日フィルが厳命した通り、今日の訓練は前田家でやっている。
前田家で、というのが主ではなく、今までの訓練のように開けた海や屋上などではなく、奥まった場所や遮蔽物のある状態で、聞こえる笛の音に変化があるかどうか調べたいというのが、前田家を選んだ理由だった。
最も当事者の賀川にそれを言っている訳ではなく、フィルの感覚による判断でいいという軽いもの。
また、音、というよりは、賀川は今、『目』で怪音を捉えるのに必死だから、あまり成果はないかも知れない。
汐が言っていた、「聞こえない音でも目で視える」との言葉に、何某かの活路を見出したようだった。
ただーー。
「息は整ったな、もう一度行けっか?」
「ああ、頼…………む前に、もう吹いてんじゃねーっ」
「やっぱ余計に悪くなってんじゃねぇかよ?」
「うー……」
がっくりと芝の上に座り込み頭を掻く賀川を、ちろっと見やってフィルが呟く。
「死神って言っても、どんな感じに見えんだぁ?」
「そうだな……『下』だと鎌で切られたイメージか。『中』では喉元を掻き切られてるな。『上』だと心臓が鷲掴みされて持って行かれているが……『特大』とか見える暇もなく……」
「……何か凄まじーし、全部、死んでんじゃねぇか」
「だからブロックできないと、凄まじいショックなんだよ! それなのに散々いたずらに吹きやがって! 上に行くほどスピードが上がってブロックは難しいし、ダメージが激しくなるんだ」
冬のこの時期に、汗びっしょりの賀川が見るモノ。
その全てが死神に殺され死んでいるイメージである為、かかるダメージがデカイ上に、目での情報に捉まってしまうのか、制御は上手くいっていないようだ。
「おい賀川の、そんなモンがはっきり見えてる時点でダメだろうがよ? ほれ、二人共、飯にしろや」
「…………ふう……はっきり見えてる時点でダメ……か」
「おー飯、飯」
そんな時、昼飯に呼びに来てくれた鷹槍に促され、午前中の訓練を切り上げて飯に向かう。
食堂には良い匂いが立ち込めていて、訓練後の空きっ腹をこれでもかと刺激してくれる。
卓の上にはデカイ土鍋二つに大量の煮込みうどんが作られていて、その側の大皿一つにも、ちょうどいい具合に炒められた、野菜がてんこ盛りに盛られていた。
着替えにいっていた賀川がやってきて、笑みを向ける。
「美味しそうだね、海さん。葉子さん」
「おおお~、すっげぇ良い匂いじゃねぇ~かぁ」
「うん、美味そうだな。ほら、笛坊はこっちに座りな」
鷹槍に促され、卓につくフィルと賀川。
「終わったぁ〜?」
そこに、ヘッドフォンを外しながらの海が、葉子と共にやってきた。
まだまだ、訓練中な二人
フィルは賀川さんに気を許しているので、悪戯がたえない(笑)
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん、雪姫ちゃん、葉子さん、タカおじ様
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