11/6 帰還命令
「あそこ、あそこ。みたいだね~☆」
建物の上から、黒髪黒目のお兄さん、賀川が美容室のような場所に入っていったのを確認して。
アムを手すりにとまらせ、自らもそこに行こうとアプリが足を踏み出しかけた、その時。
「ひゃわぁっ!?」
突然聞こえてきた端末の着信音に、空に生成したシャボン玉の足場を踏み外し、ずり落ちそうになるアプリ。
慌てて手すりにしがみ付いて難を逃れ、はぁと安堵の息を吐いて。
まだドキドキとうるさい心臓を落ち着かせながら、安全をしっかりと確保した上で未だ鳴り止まない着信音が響く端末を、フレアスカートのポケットから取り出して。
「誰かな、誰かな~?」
気楽にそう、通話を繋いだアプリだったが。
『誰かな? ーーじゃないでしょう。用事が済み次第すぐ帰還しなさい、と。言い渡していた筈ですが?』
「っ!?」
冷気を帯びさせながら、微笑みを浮かべるラタリアのその顔が瞬時に脳裏に呼び起こされて、ビシッ! と背筋を正しながらも盛大に冷や汗をかき流すアプリ。
『カルサムは、既に帰還しているのですよ? フィルを汐の元に留め置いているのですから、貴女までそちら側にいる必要は、もうないと思いますが? そんなに時間のかかる用事ではないのでしょう?』
ラタリアの言う事は最もだった。
本当は四日のあの夜捕まえた獣面達を送還する為に開いた門を潜って、既に帰還しているカルサム同様アプリも、神殿に帰っている筈だったのだ。
しかしどうしても気がかりな事があると、アプリは一日猶予を貰っていた。
一日あれば済むだろうと思っての事だったのだが、汐が倒れたりとバタバタしていた為に猶予期間中に用事を済ませる事が出来ず、加えてその報告を怠ったが故に、こうして連絡を受けるハメになってしまったのだ。
しかも、ラタリア本人から直々に。
神の耳を持つラタリアに、隠し事など出来よう筈もなく。すぐ終わる用事である事は、とうの昔にバレている。
(あわわ、あわわ。どうしよう〜!? な、なにか、なにか。ないかな、ないかなっ!?)
それでも、冷や汗を垂らしながらもなんとか言い訳をしようと考えているアプリが、端末から聞こえてくる声に返事を返せないまま。
声が更に響く。
『「ロパジェ」には、既に帰還命令を出しました。本日中に帰還しない場合は、問題になるかも知れませんね。ロパジェが神殿にいてアプリが其処にいる事が、元老院の爺婆共に知れたりなんかしたら……』
一体どんな難癖を付けられる事か、と。続けられた言葉の後、ふぅ、と吐かれた憂いを帯びたラタリアのそのため息に、慌てて声を上げるアプリ。
「あと、あと。もうちょっとしたら終わるからっ! しおしおが倒れたりとかしてて、連絡出来なかったんだよ。ごめんね、ごめんね。リアリア。用事、終わらせたら、ちゃんと、ちゃんと。帰るから」
『わかりました。それならば仕方ありませんが「報告・連絡・相談」は、出来るだけ怠らないようにお願い致しますね。それを怠ったが為に、後でどんな末路を辿ったかーー。貴女だって、覚えがない訳ではないでしょう?』
「…………」
ラタリアの含みあるその言い方に、端末を持つ手に僅かに力を込めて。
「そう、だね、そう、だね。……ごめんね。心配、心配。してくれて。ありがとう、リアリア」
小さな声で呟くと、アプリは通話が切れるのを待ってから端末をポケットに仕舞い。
頰を両手で叩いてカツを入れると、
「それじゃあ、それじゃあ。気を取り直して、いっくよ〜☆」
にぱりと笑顔を浮かべ、今度こそアプリはその足を、美容室のようなその場所へと踏み出した。
賀川が既に、その場を去っている事を知らぬまま。
ラタリア様怖い…?(苦笑)
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さんちらり
お借りしましたー




