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11/6 見つけた、見つけた




「はい、あーん」

「……あーん」


 開けさせたうしおの口の内から、体温計を取り出すアプリ。

 小さな液晶画面に表示されている温度は、三十七度八分と高い。

 ベッドに横たわる汐の頰は真っ赤で、早い呼気は見るからにしんどそうだ。


「やっぱり、やっぱり。風邪だね〜☆」


 無理もないよね〜、と思いながら体温計を容器に仕舞う。


 十一月四日のその日。

 汐は覚えていない筈だがもう冬と言っていい気候の中、それも夜半に裸足に寝巻きで、外を歩かされたのだ。

 幾ら丈夫が取り柄の家族だとはいえ、そんな格好で長時間外にいれば風邪くらいはひくだろう。

 五日の朝は元気に学校に行ったが午後には教室で倒れ、フィルにだき抱えられアプリに付き添われて家に帰ってきていた。

 詳しい事情が話されていない事もあり、家族の心配は余計に募る事になった。

 特に汐は、幼少期他の姉妹達と違い病弱だったのだから尚更だ。


 逝く二年程前から病床の床にいた永遠トワに感応してか、永遠の容態が思わしくないと汐も、よく熱を出しては寝込んでいた。

 永遠の元を訪れるのを控えれば良かったのだろうが「何か」を感じてか、時間が出来ると必ずと言っていい程、汐が永遠の所に行きたいとせがむのだ。

 それを無下にも出来ずまた所在アリカも何も言わなかった為、永遠が逝くその時まではうろなに帰ってくると必ず、祖父母の元を訪れていた。

 二年と少しの間だったが。


 だが、病弱だったのも本当に小さい時の話で、今は一度も風邪なんてモノにはお目にかかった事のないあみ同様、健康過ぎるくらいに健康体そのものだ。


「学校には、学校には。連絡したし安静にしてないと、治るものも治らないから☆ お昼まで、お昼まで。眠るといーよ♪」


 告げて汐の額の濡れタオルを取り替えてあげながら、手にこっそりと忍ばせたごく少量の睡眠薬をパラリと降らせて。


「……うん……」


 無意識に返した返事に笑みを向けながら、アプリは上掛けをしっかりと被せてあげると、そっと汐の部屋を後にする。


「フィルフィルも、フィルフィルも。だからね〜♪ アプリちゃんの、アプリちゃんの。代わりに。しおしおの事、ちゃんと見ててね?」


 音を立てないように開いたドアの隙間から、首だけを出して。

 汐の部屋の前に、こっそりと張り付いていたフィルににんやりと呟く。


「アプリちゃん、アプリちゃん。もう一人、気になる人がいるし〜☆ しおしおは、しおしおは。フィルフィルに任せとくのが一番。安心、安心。だから〜、ね?」

「……。わーったよ」


 それにやれやれと呟いて。

 入れ替わりに部屋へと入っていったフィルが、ベッドの側に寄せた椅子に腰掛けたのを見届けてから。

 アプリはくすりと笑むと静かにドアを閉めたのだった。



 はぁはぁと、短い周期で繰り返えされる呼吸。

 リンゴ色の頰にうっすらと汗が浮かんでは、頰を滑り落ちていく。

 上掛けを握る汐のその手が、苦しさからか力を入れすぎていて僅かに白い。

 熱に浮かされながら苦しげに喘ぐ汐を見下ろしながら。

 頰に張り付いた栗色の髪を指先で払い、上掛けを握りしめているその手を解いて、きゅっと握り。


「……ごめんな」


 囁くように呟いて、握った汐の手を両の手で包み込み。

 祈るように。

 フィルはそっと、その瞳を閉じようとして。


「……っ!」


 いきなり襲ってきた『反動』に、息を詰め身を強張らせる。

 身体を突き上げ突き落とすーー、その直下感を伴う衝撃。

 無理をしたその反動が、今、こんなタイミングで来たらしい。

 渦巻く流動が、内から外に這い出ようと、身体の内部なかで暴れ回っている。

 内部が灼け焦がされるかのように、熱い。

 骨が軋み、肉が引きちぎられているかのように、全身を刺すような、またじわじわと削り掻くような、形容し難い痛みが駆け走る。

 〈アイツ〉が、この小さな身体を喰い破って、外界そとに出ようとしているのがわかる。


「…………」


 それを、必死に押し留める。

 内なる炎の熱とは逆に、まるで氷のように冷たい手を握り込み、足を踏ん張り歯を噛み締めて。

 額と背筋を、冷や汗が伝っていくのを感じながら、ベッドに沈み込む肘を見るとはなしに見やり、眉根を寄せて嵐に堪えるフィル。



 これが初めての事じゃない。

 今までも無理な事をした時や、アイツの……シヴァの力を借りる度、体験させられてきた事だ。


 この世界外の〈力〉を、行使した代償。


 身体をバラバラに、されるような痛みに堪える事が、堪えきる事が条件の。

 シヴァがこの世に顕現する為の、絶好のチャンスとなる、魔の刻であるこの瞬間ときを。

 内なる痛みと熱に堪えきれず、シヴァを押さえ込んでいられないなら、汐を助けた意味がなくなる。



 シヴァの狙いは守るべき筈の、継承者うしおなのだから。



「……っ、く……ぅ」


 何度も何度も体験しても、溢れてしまう呻きに舌打ちしたい衝動に駆られる。

 体内で暴れる熱流動、全身を貫く痛みより、もっと残酷で残忍なモノすら体験しているというのに。

 溢れる声を抑えられなかった事に歯噛みしながら、ぎゅうと自らの手を握り込むと。


「……苦しい、の……?」

「っ!?」


 不意に声をかけられ、ハッとしてフィルがそちらへと視線を向ける。

 熱に浮かされた赤い顔の、早い呼吸を繰り返しながらの汐が、潤むその栗色の瞳をうっすらと開いて痛ましそうに、此方を見上げているのが目に入った。

 アプリの睡眠薬が効いている為、半覚醒状態のようだが。


「……苦しいのは、おまえ、だろ」

「……すごく、手……冷たいし……痛そう、だよ……? フィル、も……」


 悪いと続けながら、放せない手を持て余し。

 誤魔化すように平静さを取り繕ってフィルがそう呟くが、じぶんも同じだと告げてくるのに、敵わないなと苦笑して。


「大丈夫だ。寝てれば治る、こんなモン。俺様に、出来ねぇ事はねーんだよ。それに汐も、寝てりゃあ治んだから。……大丈夫だから、安心して寝ろよ」

「う、ん……。でも……フィル、は……?」


 安心させるように告げるが、まだ心配そうな顔を向けてくる汐に、フィルはニンヤリとした含み笑みを浮かべ。


「わーったよ、俺様も寝る。ーー冷却剤にはちょーど良いしな」


 呟いてそのまま、汐のベッドに潜り込む。


「ぇ……な、に……?」

「お前は熱ちぃし、俺様は冷てぇし。ーーどっちにとっても有用だろ?」


 お前は熱を冷ませるし、俺様は暖を取れるしな、と呟きながら汐を抱き込み。

 風邪うつっちゃうよ、と呟く汐にフィルは笑って。


「風邪なんか引くかよ、この俺様が。お前は、お前の心配だけしてりゃいいんだよ。ーーほら、いいから寝ろよ」

「……うん……」


 ニッと笑って告げたフィルにコクリと頷いて、うっすらと開いていたその栗色の瞳を閉じる汐。

 それを見届けてからフィルはもう一度しっかりと汐を抱き締め、自らもその蒼の瞳を閉じて微睡みの中に落ちるのだった。


 仲良く眠る二人を守るかのように、ラタリアが去り際汐に施した聖なる印が発動し、微睡む二人を柔らかな光でふんわりと包み込み。

 丁度巡回から帰って来たルドが、窓辺の手すりにパタリと静かに降り立った。

 



 雨が降ったり止んだりの、生憎の空模様の中。


「鳥さん、鳥さん。黒髪黒目の、腕を怪我してるお兄さんの居場所を、アプリちゃんに、アプリちゃんに。教えてね〜☆」


 ブルー・スカイの屋上の上で。

 数羽のマメ鳥を羽ばたかせながらのアプリが呟く。


 郵便屋である者達が使役する白い鳥。

 マメ鳥達は全国各地に分布している一般的な鳥で、各々が担当している地域にはその大多数が、担当以外の地域でも数羽は必ず自分が飼育した鳥が他の鳥達同様に、各地に紛れ込んでいる。

 同種のモノが混在していると混乱を引き起こす可能性もあるが、飼育している時に聞かせている音が各々によって違う為、鳥達が自分の主人、或いは友達を違えることはない。

 それ故、自らが育てた数羽の内一部をラッパで呼び寄せ、捜索に出したのだ。


 黒髪黒目の腕を怪我したお兄さんーー、賀川を探し出す為に。


 汐を救う為に二日に渡り奮闘してくれた賀川は、知らずと無理が祟って解放骨折を引き起こしていた。

 それだけでなく海にまで落ちたようで、ある程度の処置はしたとはいえ持っていた薬剤は少なく万全での状態ではなかった為に、その怪我の経過が気になっていたのだ。


 マメ鳥を飛ばし、相棒であるコウミスズメのアムを頭に乗せ、アプリはその翠眼を閉じる。

 するとアムのその目を借り、同じく鳥類であるマメ鳥達が見ている、その映像が次々とアプリの脳裏に映し出され始めた。


 誰でも出来る芸当ではないが、信を置く相棒に心を委ねる事で相棒の目と自分の目を意識で繋ぎ、更に相棒の目を飛ばしたマメ鳥達と繋げる事で、そのマメ鳥達が見ている映像けしきを自身も垣間見る事が出来るようになるのだ。


 同じ郵便屋の仲間であるチェーイールーやカルサム、フィルはそれを意識せずともやってのけるが、アプリにはそこまでの技術はなかった。

 そっと目蓋を閉じ、心の目を凝らす。

 次から次に流れては消えていく映像をなんとか追いながら、一つひとつアプリが確認していくと。


「見つけた、見つけた。お兄さんっ!」


 北うろなの駅近く。

 傘をさして何処かへと歩いていく、黒髪黒目のお兄さんの姿をその目に捉え、ハッとしながらアプリが閉じていた目を開く。

 それと共に脳裏に流れていた映像は消え、アプリの頭から飛び立ったアムが、一方を目指し飛んでいく。


「案内、案内。宜しくね〜☆」


 そんなアムの後を、ラッパを吹き鳴らして足場を作り、シャボン玉のその上を飛び跳ねるようにしながら、茶色のおだんご頭を跳ねさせて。

 空中を駆けるアプリが追いかけるのだった。



汐は暫く登校したり、休んだりを繰り返す感じになります


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より

http://nk.syosetu.com/n2532br/

賀川さんちらり


お借りしましたー


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