11/4 らしくない事、したかなぁ?
時は少し戻り。
「早く、早く。治療しないとっ」
ボロッボロのフィルと賀川に目を丸くしていたのを引っ込め。
傍でフィルとイルが何事か始めたのを気にしながらも、アプリはラッパをその手に振るい。
意識のない賀川を中心に、シャボン玉の結界を張る。
「……」
ごくり。喉を鳴らして唾を飲み込み、自分とラタリア、カルサムにもシャボン玉の結界を施し、賀川に施したふた回り程大きなシャボンの結界へと入る。
「なぜこの様な事に……」
「今、其れを問答する場ではない。アプリよ」
「わかってる、わかってるっ。リアリア、カルカル。力を貸して!」
賀川の腕のあまりに酷い状態に、痛ましげな表情のラタリア。その側で静かに言い放つカルサムに、弾かれたように顔を上げ。アプリは施術を施す為の準備にかかる。
その間にカルサムは気を編み、ラタリアは癒し手の力を発動させる。
アプリにしか使えない、シャボン玉。
無菌状態のこの結界内に招かれた事の意味を、二人はちゃんと理解している。
施術行使による身体への負担軽減と、落ちている体力の補強または増強に手を貸す。
一人で全てを行うより、分担した方が効率はいい。
微妙な調整が必要な事ならば尚更だ。
力で一気に治してしまえばいいと思う者もいるだろうが、あいにくなんでも出来る魔法のような力は持ち合わせていない。
もし仮に持っていたのだとしても、あった事を無かったようには、出来ないだろう。
人の身体というのは不思議なもので、負った怪我や傷を綺麗サッパリ治してしまうと、途端に自己治癒をやめてしまう。
自己治癒を発令しなくても、治るものだと身体が、あるいは脳が思ってしまうからだ。
そうなればほんの少し切っただけでも、自己治癒が働かないのだから、出欠多量で死に至る。
そうならないよう、細やかな調整と注意を払って施術を行う。
解放骨折を引き起こしている腕の、衣服の袖部分を割く。
患部を純水で洗浄、アルコール消毒を行い、自身の腕まで消毒して。
「カルカル、リアリア。押さえててねっ!」
「承知」
「わかりましたっ」
意識はないとはいえ、いや意識がないからこそ。条件反射で身体が跳ねる事を危惧してそう告げるアプリ。
あまり痛みを感じさせず手早く済ませてあげたい所だが、専用の機械などないのだから当然、人の手でなんとかしなければならない訳で。
時間がかかればそれだけ両者に負担が増える。
加えて麻酔の類もないのだ。そんな状況でもし、意識のある状態なら。
阻止しようとする動きが出て当然だ。
今回は幸いにも賀川に意識はないが、痛覚に対する行動が全く出ないとは言い切れない。
二人が賀川の身体を押さえたのを確認して。
「っ、ん!」
患部より上部を滅菌布で縛って止血し、手早く消毒殺菌した患部に触れないよう、ワイヤーとピンを使って飛び出ていた骨を内部に戻す。
設備も器具もない。
精密な整復はちゃんとした所でやってもらうにしても、せめて、元の状態に近い段階まで持っていく。
こちらの事情による戦いで負傷した者をそのままにしておくなど、出来るはずがない。
感染症を避ける為、患部にも飛び出た骨にも直接は触れられない。「力」も使って皮膚を切開し、慎重に、しかし手早く外にある骨を、本来あるべき場所へと導き、留め。
「ーーよし、後は」
患部を覆って固定すれば終わり、と。アプリが僅かに視線を外したその時。
「が、我慢っ、してくださーー、あっ!」
「へ?」
ラタリアの微かな声が届いた時には、
「むぎゅっ!?」
そちらへと顔を向けたアプリの視界は闇に閉ざされ、そのまま砂地に押し倒される。
「手助け、必要だったみたい」
「その様ですわね」
ギリギリと顔面を締め付けられていながら理解の及ばないアプリの耳に、意識の戻らない汐の守りとして側に付いている金瞳の双子、エリュレオとエトゥリカのそんな声が届く。
「……す……す、すみま、せ、ん……っ」
すぐ側では息も絶え絶えなラタリアの謝罪らしき声が溢れ、
「ーー問題ない」
傍らでカルサムの静かなそんな声が聞こえた時には、顔面を締め付けていた「それ」が顔から引き剥がされる。
「いたた、いたたーーっ!?」
顔を締め付けられる痛みより、引き剥がされた時の痛みに飛び起きたアプリは、悲鳴を上げながら頰をごしごしとして。
「なに、なに? なんだったの〜〜!?」
そのままきょろきょろとしながら声をあげたアプリは、カルサムの気を練った帯が賀川の両足ともう片方の手に巻き付いてその動きを封じている光景と、大量の汗を滴らせながら、汚れまくった長衣を引きずり、なんとか賀川の腕に取り縋ろうとするラタリアの姿を目にして。
「あれ」はお兄さんの手だったんだなー、と納得しながら。
「リアリア、リアリア。大丈夫〜?」
カルカルだけでよかったかも。人選、間違ったかなぁ、なんて思いながら。アプリは苦笑したのだった。
一時中断したものの。
そこから更に手早く処置を施す。
反動で戻ってこないよう腕を押さえてもらっている間に、シャボンの力で真空パックしてあるアプリ特製湿布薬を取り出し、傷口全体を覆うように貼り付け。抗菌作用のある包帯でぐるぐると巻き。
添え物をして動かないよう、しっかりと固定させ。
雑菌などが入り込まないように、更にシャボンの膜で処置した部分を包んで守り。
賀川の顔に飛び散った血を綺麗に拭って。
知らず浮かんでいた汗を拭うと、漸くアプリはふぅ、と安堵の息を吐いた。
それに気付いたカルサムとラタリアは、賀川の身体の生命維持機能を阻害しないよう注意を払って注いでいた気と癒しの力をゆっくりと解除し。
「お疲れ様でした」
白紫の髪を揺らして(きっちり身形を正した)ラタリアが呟き、
「これ以上の手当ては不要。後は、此奴の治癒力に任せるより他ないだろう」
苦しげだった呼吸がいくばか和らいでいるのを確認して、カルサムが続け。
「そうだね、そうだね。二人ともありがとう」
にっこり笑顔でアプリは二人に向かいお礼を言った。
そんなアプリに微かに笑みを向けたものの、すぐに神妙な顔をしてカルサムは呟いた。
「後は残る者達を収容したのち、汐の意識をどう呼び戻すか……」
「! そう、ですね……」
先程少し和やかでいたものの、またすぐ堅い雰囲気を醸し出したカルサムとラタリアを尻目に。
「……らしくない事、したかなぁ? でも、彼女に手を貸す気はないんだから。そこは覚えといてもらわないとねぇ〜」
誰とはなしに呟いて。
フィルを苛め終わって少し、距離を置いた所で、イルは夜の空を見上げて思いにふける。
今、この世界に存在している継承者は、三家の血筋しかない。と、言われている。
番的には、二と五と、七の番を継ぐ家々。
七番は言わずもがな、フィルが守る継承者、救済者永遠の生き写しである、青空家五女の少女、汐。
五番はリカとレオが生前の時より護衛していた古の旧家、十五代目の末姫。
二番は、いる、とは言われているが、見つけられた事はない。
二番の家の者に対しては、今の所イルが存在する、と確信しているだけだからだ。
だが、護守りの直感に重きを置いている為、いないとは言い切れない。
創詠・継承者と七護守りは、引き合う性質があるのか、自分の継承者を見つけた護守りは総じて皆こう言う。
見ればわかる、と。
イルは、長い年月を生きてきた中で未だ、自分の継承者と巡り合ってはいなかった。
一つの家に一人の護守りという訳でもないにも関わらず。
永遠の護守りはカルサムで、所在の護守りはフィルだった。続く汐もフィルが護守りではあるが、連続してというのは稀だ。
リカとレオのように、一人の継承者に二人の護守りが付くというのも珍しい事である。
護守りが少なかった昔と違い今は逆に継承者の方が少ないのだから、自分の継承者と出会った事のないイルに、主で継承者を守る役が回ってきてもおかしくはないのに。
「『僕の』継承者でないなら、守る価値なんてないけど」
探している。
もう、ずっとずっと探している。
存在すると、わかったその時から。
だが、今の今まで一向に、なんの手がかりも掴めていない。
いつまでもいつまでも、巡り会えない継承者。
いつまでもいつまでも、見たらわかる、その経験が出来ないイル。
あまりにも長すぎて本当に存在しているのか、疑問にすら思えてしまう。
だが、いるんだと、護守りの感覚が告げている。それは間違いない筈なのに。
「そういえば……」
疑問なら他にもあったなぁ、とイルは呟く。
三番目の継承者は、悲劇を引き起こした家系なので、途絶えているのは皆が知る事。
続く四番、六番も、不幸な事故や流行病によって次代を継げなかった為、途絶えたのは直に見ていて知っている。
しかし。
最初であり、全ての始まりである筈の一番目。
その一番目について、詳細を知っている者はいない。
護守りの古株であったジョウイとラルヴァでさえも。
神殿や、元老院が持っている資料にも、既に死亡済みと記載されているだけで、それ以外の文面は何もない。
まるで意図的に、隠ぺいされているかのように。
そこまで思考し、イルはクスリと笑みを溢す。
「もしかしたら、いるのかも? まだ、見つけられていない、最後の一人が」
ラタリアが可哀想な事に(苦笑)
そしてなんとか応急処置終了!
ここら辺の詳しい話は桜月様宅「緩い少女」をお読みくださいませ〜
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん
お借りしております
継続お借り中です
問題ありましたらお気軽に
さて、長々続いてます戦闘回、そろそろ終盤ん〜




