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11/4 祈り願い、神に乞う




「…………」


 フィルが見つめる先。

 燃え盛る黒炎が夜の闇おも飲み込んで、その色を更に昏く深くする。

 黒炎シヴァを呼び出した事でそれまで眼前の世界を染め上げていた赤色は、時折まだ抵抗するかのようにテラリとその色を垣間見せるだけで、広大な陣を一周してきた先走りとも合わさって、既にその殆んどが黒に塗り潰されていた。


「……ちっ……」


 しかしその僅かな照り返しに、フィルは苦虫を噛み潰したような表情かおをする。


 〈シヴァ〉の些細な気まぐれと、フィルの想いにより成された力は、転送陣自体には崩壊いや消滅を、陣の糧としてその繋がりを有する者達にはそこから解き放つ為の浄化の作用を、それ以外の者達には少々痛い灸を据える措置を、または既に切り離せない程繋がりが深いような者達には、昇華の為の浄火の作用を及ぼしていた。


 陣の崩壊や浄化、灸を据える措置くらいならばまだいいが、昇華の作用は、いつ見ても気分のいいものではない。

 それに今回、フィルが思っていた以上に、昇華の対象は多かった。


 テラリ。

 七本の支柱が炎の動きに合わせて、その内部をフィルに鮮明に突きつける。

 七本の支柱ひつぎの中、まるで眠っているかのように。

 老若男女、支柱と同数の七人の者達が、そこに収められていた。

 いくばもいかぬような幼な子から、まさに御迎えが来るのを今か今かと、待っているかのような高齢者まで。

 自ら志願したのか、無理矢理糧とされたのかは、分からないが。


 〈魔導具マジックツール〉そのもののように、其処にそそり立っていた。


「……くそったれ……っ」


 吐き捨てるようにフィルが呟く。

 向こうが透かし見える肢体、既に七人共実体はないのだろう。

 魔導具を自ら取り込んだのか、はたまた魔導具自体に取り込まれたのかは知らないが、あそこまで同化してしまったら……いや、魔導具そのものとなってしまっているなら、最早選択肢は無いに等しい。

 そんな者達にフィルがしてやれる事は、一つしかない。


 浄火により、そらに送ってやる事。


 それだけしか、今のフィルには残されていなかった。


 ズグリと心に棘が刺さる。

 勿論、利用されただけなのだろう、眼前の七人や気を失い伸びている、先導師達を憐れんで、ではない。

 敵に情けをかけてやるような、そんな感情は生憎、持ち合わせていない。

 ラタリアが「生け捕り」だと言ったから、うしおが殺さないでと「望む」から、その意を汲んでやっているだけだ。


 時に非道でなければやっていけない、そんな場所にいる事は、ちゃんと分かっているのだから。


 それでも。

 〈じぶんの為に七人もの命が潰えた〉、などという事を、汐が知ったりなんかしたらーー……


 そう思うと、心が傷む。

 その小さな身体に、一体幾つのおもしが課せられているのか。

 考えただけで気が滅入る。

 望まぬ枷。だけれども、それは確実に汐を縛り嘖む。


 だから、せめて。

 フィルは祈り願う。


 〈何も知らないままでいてくれますように〉。


 望みは露と消える程でしかなくても。

 どうか、と。



 柄にも無く神に乞う。



「…………」


 浄火の黒炎が、全てを無に帰する、その様を目に映すフィルの耳に。


「……『力』だ……っ」


 恍惚とした笑みを含む、その声が滑り込む。


「……」


 声のした方に目線を向けると、黒炎に灼かれながら、笑い声を上げている男がいた。


「……これこそが『力』! 『力』こそが全てだ!」


 いつの日かそうしたように。

 両の手を大仰に広げ、獣面達の頭であるその男は告げ。


「ヒャハハハハッ、ハーハハハハハハッ!!」


 高らかな笑い声を上げながら、黒炎に呑まれたのだった。




「……ありゃ、証人としては使いモンになんねーなぁ……」


 頭の男の最期を見届け、ボソリと呟くフィル。

 白髪の頭を掻きつつ、どーしたもんかと周囲に視線を巡らせ。

 傍に居たはずの、金髪女の姿がない事に気付く……が。


『ーーあの「カラクリ者」なラ、とっくに逃げてしまったゾ。全くの無傷、というワケではないようだがナ』

「……お前なぁ。逃げたのわかってんなら、さっさと言えっての。ーーって、カラクリ者?」

『白灰眼の女ダ』

「ああ」


 シヴァの説明に、納得したように頷くフィル。

 フィルが生まれ育った集落では白灰色の瞳を持つ者は、唯人とは異なる認識をされていた。

 古くは魔女、まじない師。先視の者。先導者、はたまた魔法使いなどとも呼ばれ、近代では超能力者と称される者達と同様の。

 光を見る事が叶わぬ代わりに、摩訶不思議な術を繰り、未来さきを視る事が出来る者達。

 偶然判明した事だとはいえ、妙にこちらの事情を知り得ていた、その理由に合点がいった。


「元老院側に能力持ちの協力者がいる、それが分かっただけでも良しとするか」


 呟いて息を吐き。

 黒い炎が揺らめく中、砂地に横たわる汐の下へと、フィルはその足を進めるのだった。


フィルの小さな願い

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