11/4 繋がれちゃった☆
「ザザっ! なんで……っ」
一つの戦闘が終わった浜辺に、少年の悲痛な叫びが響く。
嗚咽を漏らして膝を折り。砂地に座り込んだ少年の前には、僅かに盛られた砂山の上、広げられた漆黒の外套とそれに包まれるようにしてある、少年Yの涙に濡れてつやりと光を弾く魔道具が置かれていた。
まるで砂に還るかのようにして、崩れた身体。
盛られた砂山の側に転がる、真っ二つに割れた獣面。
そこにぽつりと残された、魔道具一つ。
それはつい先程まで確かに人型を取っていた、Zのものだった。
天狗仮面とカルサムが砕いたのは、四人の獣面達と八体の泥人形が持つ魔道具のみ。
それなのに、まるで崩れる泥人形達と共に土に還ったかのように、Zもそのカタチを崩し砂へと還っていた。
「どういう事であるか? 魔道具を動力にしているのであれば、同じくそれを介する術者の魔道具同様、共に砕けば終わると思っていたのだが……」
「うむ。フィル(あやつ)が言うておった通り、具象を引き起こしておるのが魔道具ならば、それを壊すが最も有用で簡単な方法の筈だが……。魔道具も砕けておらぬというに、何故このような」
涙するYを気遣いつつ倒れ伏した獣面達に鋭い視線を投げながら、天狗仮面とカルサムが思考する。
浜辺にいるこの獣面達四人も、森で壊れた魔道具を操る少女Cの時と、状態は同じであるように見えた。
彼女達が操る泥人形達も同様に核として魔道具を有していたが、魔道具同士を中継し事を起こしていたのだから、その中継物である魔道具を壊す事が出来れば、事態は自ずと終息する。
片方だけ、では意味はないが。
例えば、術者の方の魔道具を砕いただけでは既に造られている泥人形達は止まらず、もし予備を準備しているとすれば新たに泥人形達が造られるだけであろうし、逆に泥人形の魔道具を砕いただけでは、常ならあり得ない事の筈だが術者の方に傷が付く。
Mの状態を盗み見、ならば全て同時に砕く事が出来れば完全にとはいかないまでも、最小限の被害に抑えられるだろうと思っての事だったのだが。
全てを引き受けたかのように、魔道具を砕いていない筈のZが砂に還ってしまった。
まるでそれが、味方を裏切り欺いた者の、報いであるかのように。
「……なんで……なんでお前が……っ! ……ーーまさか。まさか……、俺を庇って……?」
Yが行き着いたその答えは、天狗仮面とカルサムにも容易に考えられた事だった。
「……なんでっ、だよ……っ! お前が……、お前がいなきゃ、俺が……、現在にいる意味なんて」
いつの間にか割れ、外れた面。
まだあどけなさを残す少年は、その顔を涙で濡らし砂を掻いた手を、震える程きつく握りしめる。
『…………』
肩を震わせ嗚咽する少年を、沈痛な面持ちで見つめる天狗仮面とカルサム。
そこだけが、まるで音がなくなってしまったかのような、静寂が下り。
絶えず響く波音が、いやに大きく耳に残る。
そんな中、控えめに。
「……ちょいといいでやんすか?」
そんな声がかけられる。
その声を発したのは、天狗仮面がその手に携える赤い番傘、傘次郎。
「どうしたのだ、次郎」
「!? かっ……かかか傘がしゃべ……っ!?」
それに当たり前のように声を返す天狗仮面に驚いて、泣いていたのを引っ込めて腰を抜かし。傘をぶるぶる指差しながら、Yがその口をぱくぱくとする。
その態度に呆れたように傘次郎。
「土塊を友達にしてるってのに、傘が喋ったくらいで、そこまで驚かないでほしいでやんす。まぁ、妖怪としちゃあ本望でやんすが」
「っ! ザザはゴーレムなんかじゃないっ! 友達だっ、大切な……」
傘次郎のその言葉が琴線に触れ、Yが声を荒げるが、その語尾は尻すぼみに小さくなっていき。上げていた顔は徐々に俯きその顔に苦渋を浮かべ視線を逸らすと、最後にはぎゅうと拳を握り締めて押し黙ってしまう。
また重い静寂にそこが支配されかけた、その時。
「お前さんの大切な「友達」。まだーー、死んでなんていないでやんすよ?」
至極当然の事であるかのように、傘次郎がそう告げた。
『!?』
傘次郎の言葉に、弾かれたように顔を上げるY。
そんな次郎の言葉に驚いたように天狗仮面が声を返す。
「次郎? どういう事であるか?」
天狗仮面のその言葉を促すように、黙したまま状況を見守るカルサムも傘次郎に意識を向ける。
三者の視線を受け頷いたような素振りをしてから、傘次郎は話し出した。
「あっしは「物」に意思が宿り、そこから転身した身である傘化けの妖怪でやんすからね。モノの事は、ちょいとばかり分かるつもりでやんすよ」
言いながらぴょこんと天狗仮面の手から離れると、座り込んだままのYの、その隣へと近付いていき。
広がる外套に守られるようにしてある、魔道具の傍に下り立って。
「さっきからずっと、お前さんの名前を呼んでるでやんすよ」
くるりとYを振り仰いで告げる傘次郎。
傘次郎には、魔道具から発せられる、その微かな声がずっと聞こえていた。
物の怪である傘次郎には、物に宿ったモノ達の事が分かるのだ。
勿論、諸々の身代わりとなって真っ二つに割れた、獣面の事も。
しかしただの人でしかないYには、そんな事は分からない。
ぱちくりと、直立する傘次郎を見つめ。
暫しして、その視線を下方へと落とす。
砂地に広がる外套の中心。
海風を受け、ころりと転がる魔道具。
それが僅かに光を放ち。
呼応するかのように明滅する。
友である者の、まるでその名を呼ぶように。
「……っ……!」
それに引っ込んでいた涙を、またその目一杯に溢れさせ。
そろそろと、僅かな光を明滅させる魔道具をーー、いや。友であるZをYはそぅと震えの残る両の手で包み。
「……ザザディノス……っ!」
その名を呼ぶと愛おしむように、泣き笑いのようなその顔を、涙で濡れた自分の頬を、魔道具へとすり寄せるのだった。
その後、戦闘の最中でもフィルの鳥笛の音を聞き漏らしていなかったカルサムは、自分の鳥笛ボラを吹き己の相棒である隼サムニドを呼び寄せ、フィルの相棒鷲のルドが見張りを務めるその場所へと赴かせ。
調度良いとばかりに片側ずつ鉄製すだれの両端を鷲掴み、U字を描いたその内部に賀川とフィルが倒した意識のない獣面四名を乗せて運び、戻ってきた所にL、M、N、Oの獣面達四人にY、Yが大事そうに両手で包み込むZを乗せ、天狗仮面、傘次郎を促し自分もすだれに乗り込んで一先ずは進路を後退し、アプリがいるであろうその場所へと戻る。
先へ行った賀川やフィル達の後を追いたいのはやまやまだったが、疲労困憊している状態で加勢に行った所で、上手く対処出来ないどころかかえって足手まといになる可能性の方が高いだろうと考えたが故だ。
お互い身なりはボロボロもいい所で、致命傷はなんとか避けたが、あちこち負傷していた。
妖怪である天狗仮面は、外傷としての傷は塞がっているものが殆んどである為切られ破られたジャージの見た目に比べ怪我は少ないように見えるが、森での戦闘からである事を考えると失った血は多くその疲労は相当なものだろう。
対するカルサムは、その身体構造は人のそれと同じである為既に血の止まっている箇所もあれば、まだその傷口から血を流している所もあった。しかしまるでそんなものは無いとでもいうかのように、すだれの端に腰を下ろし長物を胸に抱き静かに黙する。
それに習いもう片側のすだれの端に立つ天狗仮面が周囲を警戒するように見回す中、二羽の巨鳥は夜空を駆け。
他の獣面達をシャボン玉の檻に捕らえている、アプリの元へと辿り着く。
「はわ〜、はわ〜。カルカル、すっごくボロボロだね〜☆ そっちの、そっちの。鼻の長いお兄さんも〜」
絶えず力を注ぎ込み、ある程度容態の回復したCを一時Bに任せ、新たに運ばれて来た獣面達をテキパキと診断して手当てを施し、比較的軽度な獣面達は他の獣面達同様、睡眠効果の付与してあるシャボン玉の中へと収容し。
天狗仮面やカルサム、Bらから各々事情を聞いたL〜Oの獣面達四人は、特殊効果の施されたシャボン玉を新たに生成し、そこにそっと収容する。
その様を興味深そうに見つめる天狗仮面とその傍にいるカルサム達に、フィルの元へと向かい飛び立って行ったルドの羽ばたきが響く中、アプリはにこりと歩み寄り。
「カルカル達も、カルカル達も。だからね〜♪」
「ぬ?」
「なに?」
「なんでやんすか?」
負傷、疲労している天狗仮面と傘次郎、それにカルサムの三人も、ふわわんと虹色のシャボン玉を造り出すと、よいしょと被ってシャボン玉の中に入れ込んでしまう。
「ちょ、ちょっと待って頂きたい。悠長に回復するのを待っている訳にはいかないのである。私達は、先に行った賀川殿とフィル殿の後を追わねばならず。回復を促進、或いは力を増強出来る薬か何か、貰えればそれで……」
いいのである、と言いかけた天狗仮面を遮って。
「追わなくても、追わなくても。大丈夫だと思うよ? ベニベニが言うにはもうあんまり、敵さんの人数いないみたいだし☆ それでも、それでも。フィルフィル達を追いたいっていうんならーー」
にっこりと笑顔で告げて。
アプリは指先を空中に走らせ、天狗仮面達を収容しているシャボン玉を、一回り小さくしてみせる。
「アプリちゃんだって、アプリちゃんだって。容赦しないよ〜? 治るまで、治るまで。逃がしてなんて、あげないんだから☆」
「諦めるがよい、天狗仮面よ。アプリ(アレ)とてあんな容姿でも医術を心得する身。加えてこのシャボンはアプリにしか割る事は出来ぬゆえ。無駄に労力を費やすより、黙して待つが早期なり」
アプリの言葉に続けるように、腕を組みその場に座するカルサムが告げる。
そのすぐ側で、
「ダメでやんす、兄貴。叩いても蹴っても突いてみでも、一向に割れそうにないでやんす〜っ、この虹膜っ!」
内側から攻撃を仕掛けていた傘次郎が、そんな事を呟く。
確かに幾ら攻撃を加えても、その攻撃を吸収してポヨンとたわんでふるると震えるこの虹色の膜には、ダメージらしいダメージは与えられていないらしかった。
「取り込まれる前に、事を起こすべきであったか……」
「今となっては身を任せるより他はあるまい。それに信じ待つのもまた、一つの戦」
傘次郎の攻撃の甲斐なく、つやりと僅かな光を弾くシャボン玉を見つめふぅと一つ息を吐く天狗仮面に、ふっと笑んでカルサムが続け。それに座するカルサムの隣に腰を下ろし、胡座をかいてそこに座り。
「……それもそうであるな」
いいんでやんすか? と訊ねてくる傘次郎に頷き呟くと、天狗仮面はそっと天を仰いだのだった。
砂地に大人しく座した天狗仮面とカルサムに、にっこりとした笑顔を向けて。アプリはBに任せたままのCの元へと戻る。
ある程度回復したとはいえ、まだ予断を許さない状態であるのは変わらないからだ。
何か手伝いたいというYも交え、アプリが再び自分の力をCに注ぎ込もうとした、その時。
Lから伸び、浜辺一帯に張り巡らされている陣の線上を伝ってCの手と繋がれていた糸が、ポロリと溢れ。
つと、と。
それは勢い良く伸び上がると、アプリのその胸に突き立てられ。
『!?』
異変に気付いた天狗仮面、傘次郎にカルサムが、アプリへと視線を向けた途端に。
ガクリと膝を折り砂地に手を付いたアプリは、肩で息をしながら苦しげに喘ぎ。冷や汗の伝う顔を上げ。
『えっ? えっ!?』
あたふたとするBとY、シャボン玉に張り付くようにしている天狗仮面達を何処かボンヤリと見つめながら、
「アプリちゃん、アプリちゃん。(陣に)繋がれちゃったぁ☆」
あはは〜と、無理に笑みを浮かべてそう告げたアプリに。
『なにぃっ!?』
敵味方関係なく、その場にいた意思持つ全ての者達から、そんな素っ頓狂な声が上げられたのだった。
これ、やらないつもりだったんですけどね
朝陽様宅のリズちゃんに助けて頂いたので…
でも、ルッテちゃんはただでは倒れない子でした…(苦笑)
三衣 千月様のうろな天狗仮面の秘密より
http://nk.syosetu.com/n9558bq/
天狗仮面、傘次郎君
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん(お名前)
お借りしております
継続お借り中です
天狗様は今回ので一端終了ですかね
後ちょこちょこお借りはまだあるのですが
ここまで長々お付き合い、本当にありがとうございました〜☆
ボロボロですが、うちの子が死んでないのは天狗様のおかげですっ
おかしな点等ありましたら、お気軽にご連絡くださいませ
アプリはさぁどーなるか
な、所で放ったらかし〜(笑)の方いきますかねぇ




