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11/4 Mの為に3


Nニニクリ視点





 次に僕が目を覚ましたそこは、まだ屋敷の中だった。

 随分、様変わりしていたけれど。


 まわりは火の海で。

 横たわる僕と傍に立つ幼女を避けるようにして屋敷を焼き尽くさんばかりに夜闇に煌々と、炎の柱が上がっていた。


 信じられなかった。

 その炎を、目の前の幼女が操っているだなんて。

 だけど意識を失う前に感じた、まわりを埋める炎の熱も焼け付くような喉の痛みも、今はまるで壁向こうの事のように感じてさえいない僕自身の身体が、それが本当なのだと教えてくれていた。


 心でそう理解していても、理性が追いついていかなくて。呆然と熱に煽られ巻き上がる、その髪を遊ばせながら微笑む幼女を見上げる。

 炎の光に照らされて、緑色に輝くその瞳の奥に、ちらりちらりと赤色の色彩が見え隠れする。

 感情が昂っていたりすると人工光に照らされた時同様、その瞳が赤色に変化する現象。

 そういえばあの女も僕を殴っていた時は、その目が僅かに赤色を帯びていたように思う。


 そんな事を思いながら、ぼんやりと見上げる僕を見返し微笑みを湛えたまま、幼女がゆっくりと歩み寄ってくる。

 ……僕はもしかしたら、助けられた訳ではないのかもしれない。

 この幼女に、善悪の判断がつくようには見えないし。

 幼女の斜め後方で異臭を放っている、消し炭と化したダミ声男と、同じ末路を辿るかもしれない。


 あぁ、でも。

 この子に看取られて逝くのなら、それも悪くないように思えた。

 この子が僕の為に遣わされた、天使だというのなら。

 僕はどのみち、この子に身を委ねるしか術はもうないのだから。


 すると、意識を沈めていた僕にぱちくりと目を瞬いて、幼女がその歩みを止める。

 後で聞いた話だけど、僕はその時、安らかな微笑みを浮かべていたらしい。

 確かに、気持ちはもの凄く穏やかだったように思う。


 でもその時は分からなかったから、何かに驚いたようにその目をぱちぱちとする幼女を見上げて、僕が何か言おうと口を開こうとしたその時。


「生きたいか」


 燃え盛る炎を避けて現れた、ーーいや。炎自体が、まるでその者を避けるかのようにしてうねり道を開いたそこから、フードを目深に被った嗄れた声の者がそう告げた。


「!?」


 それに今度は僕の方が驚いたような顔をして、幼女の傍に進み立つ者を見上げる。

 フードの陰でその顔は見えない。だけどいきなり現れたその者を、幼女が「じじしゃま」と呼んでいた事から男性、それもかなりお年を召した人なんだろうと当たりをつける。

 思考を巡らしながらその人を見上げる僕に、


「……ほおぅ。お主のその目。コレの縁者か。これもまた、何かの導きかのぅ」


 囁いて、もう一度その人が呟く。


「生きたいか? ならばこの手を取るがよい」


 言いながら、伸ばされたその手。その傍で、幼女がニコリと微笑みを返す。

 それを見比べる僕に、更にその人から言葉が降る。


「さすればお主に「家族」をやろう」


 甘美なその囁きに、誘われるように。

 痛みを伴うのも構わずに僕は手を伸ばし、しわしわのその手を強く、強く握り返した。




 その後僕は、また意識を失って。

 二週間くらい、眠り続けていたらしかった。

 その間、ふと温もりを感じて半覚醒した時、何故か僕のベッドに潜り込んでいた幼女が、僕の夜着の裾をぎゅうと握りながら「かーしゃま……」と囁いたような気がしたけど、記憶が曖昧で定かじゃない。

 ちゃんと覚醒した時、幼女の姿はなかったし。

 だけど何処か寂しげなその声に、きゅうと胸が締め付けられるのを感じた……気がする。


 暫くして目覚めたそこは、真白なもので統一された場所だった。

 適温に保たれた室内。清潔な白いシーツ。僕の腕や胸から伸びる管が、何かの機械に繋がれていて。それが画面に数値を刻んでいくのを見ながら、ここは治療院か何かの施設なんだなと理解して。

 そろりと、寝かされていたベッドから起き上がった頃に、この部屋唯一の扉が開き。


「にーしゃま!」


 僕をそう呼んで、あの幼女が笑顔で此方に駆けて来た。それに驚きながらもそんな幼女を受け止める僕に、ふと別の声がかけられる。


「経過は順調そうで安心したよ。ーーあぁ、そう警戒しないでくれるかな? 「僕」はただ、君の疑問に答えてあげようと思って、立ち寄ってみただけだから」


 突然の声に、ドキリとした僕の心を見透かしたかのように。

 そう言ってきたのは、輝く金髪を胸元に流し、揺れる髪の合間から見え隠れする、紅い唇が印象的な女。

 この真白の空間の中にあって、全身真っ黒なうえに長い前髪の所為でその顔は見えず、僕と言いながらそのスレンダーな体型にぴったりとフィットしている衣服がくびれた腰、ふくよかな女のそれを十二分に強調していた。

 明らかに妖しさ満載のその女に、警戒心を持つなという方が無理だと思う。

 だけど僕に抱き付いたままの幼女、メノが「おにーねーしゃま」と親しげに呼ぶから、僅かに警戒を解いて、僕はその女に色々聞いた。

 本当に、色々な事を。

 その全てに知っている範囲で、金髪の女は淀みなく答えてくれた。

 その全てが、どれもちゃんとした真実なのかは、微妙な所だったけれど。


 此処が何処か。

 手を差し伸べてくれた老人が「神殿」の裏事業を担う、今は七つしか機能していないらしい八人の長からなる「元老院」の長の一人だという事。

 メノが、元老院傘下の数ある部隊の内一つに、属している事。

 僕が望むなら、それ相応の用意がある事。そしてその為に、惜しみ無く手を貸してくれるという事を。


 そして僕は。

 そこで、あの女(母親)がもう長くはない事を知って。

 メノを伴い、会いに行った。

 病床の床に伏せるあの女は、随分と小さく見えて。

 二言三言話したけど、あの女は僕達が誰なのか、分かっていないようだった。

 だからお別れの言葉だけ口にして、そこから立ち去ろうとしたその時。

 ぽつぽつと、死ぬ間際囁くようにして告げられたその事実に、僕は息を飲んでその場に立ち尽くした 。


 そんな話、ある訳ない。

 この現代に〈魔法使い〉を、甦らせるだなんて。

 それも「人工的に」なんて、無謀だとしか思えない。


 あの女が、魔力石を投与され続けていた検体で。

 メノはお腹の中にいたその時から人為的に調整された、人工創成魔法使いのサラブレッドだなんて。


 信じ、られない。

 理解出来ない。

 そんな、寝物語りみたいな事ーー



 それなのに。

 心の何処かで、納得している自分がいる。

 自身で既に、体感していた所為もあるのかもしれないけれど。


 メノが、炎を操って燃やし尽くしたあの屋敷の明かりは、燭台に蝋燭、なんて古典的なものじゃなく文明の利器である電気によるものだったし、比較的新しいもののようだったから劣化したものがショート、或いはコンセントとの結合部分に僅かに空いた隙間に埃が溜まって発火する、なんて事もなかった筈だ。

 それなのに屋敷は全焼したし、あのダミ声男はそう時間も経っていない間に、消し炭と化していた。

 それに翼もないのに目の前にいきなり、それもふわりとなんて人が、舞い降りられる訳がない。


 だけどそれがもしーー

 本当に、「魔法」によるものなのだとしたら。

 その全てに、説明がつくんじゃないかって。


 衝撃的な事実と母親の死を突き付けられて、その日は一体どうやって帰ってきたのかすら、覚えていなかったけど。

 それから三日三晩、考えに考えて。


 僕はメノを守ると決めた。

 僕があの女の元を離れた事で、メノがこんな事になっているのだとしたら。

 僕は兄として、その責任を取らなければならないから。


「……僕はメノを守る為に、何をしたらいいんですか」


 僕は僕の所を度々訪れる、金髪の女にそう聞いた。

 するとその女は、


「何事も、ギブアンドテイクというだろう?」


 ニヤリと紅い唇の端をつり上げて、含み笑みと共にそう囁いた。



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