11/4 Mの為に2
N視点
暫く彼視点です〜
暖炉の壁の向こうは、調べた通り宝物庫で。
仲間二人が持ってきた袋にお宝を詰めている間、見張りをしていた僕だったんだけれど。
おかしなことに気付いたんだよね。
家人の留守を狙うのは、まぁ泥棒の鉄則で。
屋敷に出入りしているメイド達から、こっそり聞き出した情報に間違いはなかったし、自分達でも半年も費やして確認したから、確かな情報の筈で。
今日は月に一度の、遠方視察の日。
屋敷の人員は最低限だったし、家人がいない間の警備にあたっている者達も、どこか弛んでいたようだったから、これは間違いない。
あの、腹肉をこれでもかとダフつかせている男は、この屋敷内にいない。
その筈、なのに。
何故か宝物庫の更に奥からあの男のダミ声が、微かに聞こえてくる。
仲間二人はお宝を詰め込むのに夢中で、全く気付いてなかったようだけど。
二人に断りを入れて、ある程度したらそこから離れる事を条件に、僕は宝物庫の更に奥へと向かった。
音を立てないよう、こっそり忍び足で近付いて。
僅かに開いた、戸口の隙間から中を覗く。
「!?」
その瞬間。僕はそこから、目をそらす事が出来なくなってしまった。
あまり趣味が良いとは言えない、華美にごちゃごちゃと飾り付けられた室内を埋める程大きな、ベッドの上。
腹肉をダフつかせている裸の男に組み敷かれているのは、人形のように飾り立てられている、可憐な幼い幼女。
その光景に息を飲んだけど、それよりも何よりも。
僕をその場に縫い付けたのは、幼女のその瞳だった。
天窓から射し込んだ月明かり(自然光)に照らされた、緑色の右目と。
人工的なライトの明かりに照らされた、赤色のその左目に。
組み敷かれているその幼女が、「妹」なんだと直感する。
僕には、いや僕達の家系には時折、光の質によって瞳の色が変化する者が生まれてくる。勿論僕は面倒を避ける為、カラコンーーカラーコンタクトで隠しているけれど。
突然変異だとか、言われているようなものと同じ。
大昔は悪魔との混血児を素人が見抜く為、神がその御力を思し召しになったんだとか、言っていた老爺老婆がいたけれど。
そんなもの、僕は信じていなかったけど。
まさかこんな所であの女の血縁に、自分の妹に出会う事になるなんて、思いもしなかった。
その事に僅かにでも動揺して、僕は手にかけていた扉を押してしまい。
自ら姿を晒してしまった。
だけど、すぐ飛んでくる事の出来ない状態の男から、逃げる事なんて簡単だった筈なのに。
僕はそこから動けなかった。
幼女の濡れた赤緑のその瞳に。
絡め取られてピクリとも、動く事すら出来なかった。
そんな状態の僕は、格好の的だったんだろうね。
散々殴られ蹴られ踏み付けられて。
力無くゴロリと、これでもかと分厚い絨毯の上に転がった時には、もう死にかけ寸前だった。
バスローブを纏った富豪から、繰り出される鋭い足蹴り。
的確に急所に落とされるそれは富豪の元々の重量もあってか、いちいち重い。
足での攻撃は手の三倍だって言うのは、本当なんだなという事を今更ながらに身をもって知る。
身体から力が抜ける。手足が痺れているような感覚すら感じる。
武族の出だって言うのは、飾りじゃなかった事に舌打ちしながら、朦朧とした意識の中、仲間の二人を探したけど、既に逃走した後で。
当たり前かと思う。
僕達は「仲間」だった訳じゃない。
利害が一致しただけの、ただの協力関係者。
同じ場所で身を寄せ合っていたとしても、それはその時だけの一時的なものでしかなく。
群れていただけで、いつだって誰もが独りだった。
それがなんだ可笑しくて。笑みを浮かべたらまた蹴られた。
腹に深く入った突き上げに、僕の口から血反吐が溢れる。
……もうそろそろ、死ぬかもしれない。
そう思った時、肉親になんか会ったからか、あの女から暴力を受けていた時の記憶が、フラッシュバックして。
……守らなきゃ、いけないんだ。
お母さんは一人で、色々を溜め込んでしまうような人だったから。
どんなに、酷い事をされたとしても。
唯一の、肉親である僕が……!
痛みと共に最初の頃の、そんな記憶まで呼び起こされて。
お母さんが、妹に切り替わる。
……放っておけば良かったんだ。
あんな女の子供。たとえその血が半分とはいえ、繋がっていたとしても。
絶縁した僕にはもう、関係ないんだからと。
だけどーー……
何処かしらあの女に似ている、幼女のその顔に。
懐かしさを、感じてしまった。
出会えた事に喜びを、愛しいとすら思えてしまった。
それにずっとずっと、本当はーー
家族が恋しかったんだと、思い知らされた。
あの小さな身体を、抱きしめてあげたい。
こんな所から連れ出して、二人だけででも何処か遠くで静かに、暮らせたらと思った。
でも、僕にはもうそれはきっと出来ない。
もう、呼吸するのすら辛い。
身体中が痛い。指の一本、動かそうとするのだけでも激痛が走る。
意識が霞む。
高価な絨毯を汚したからか、ぎゃあぎゃあと喚き散らす男のダミ声が、遥か彼方に聞こえる。
このまま、なぶり殺されるのを待つ事しか、もう僕には出来なくて。
守りたい者が、いる時に限って。
死にかけで、動く事すら出来ないなんて。
なんて滑稽なんだろう。
人に、言えないような事ばかりしてきた者の、これが末路なのかと思うと、泣きたくなくても涙が出てくる。
今更、涙なんて流した所で意味なんてないのに。
でも涙を流す僕を見て、ベッドの上にただ横たわっていただけの幼女が、初めて動いた。
ふわりと、いきなり目の前に舞い降りたその様は、まるでお迎えに来た天使みたいだったけど。
光をバックに深みを帯びたその赤目が、カラリと瞬かれ。小さな唇から、音が溢れる。
「……にーしゃま……?」
幼女の唇から溢れた言葉の意味が、分からなくて。今度は僕の方が目を瞬いてしまう。
それに何を思ったのか、幼女が僕の頬に手を伸ばし。
「おめめがおなじだよ」
しっかり目を合わせてそう呟かれたそれに、カラコンが外れていた事にようやく気付いた。
すると幼女のその言葉に、幼女が側に来た事で手を出しあぐねていたダミ声男が、僕に値踏みするような視線を向けてから、にやりと含みある声で囁いた。
「お前も「商品」だったのか」と。
それにざわりと背筋が粟立つ。
そういう趣味趣向をしている者達がいる事は、知っていたけれど。
目の前のこの幼女だって、商品としてここにいるんだから。
だけどまさか自分が、そんな風に見られる時がくるなんて。
そう思った瞬間、唐突に嫌悪感が沸き上がってきて、怖気が走って吐き気した。
このままだと死ぬのは確実で、僕はこの幼女みたいな用途での利用はされないだろうけど。
目をくり貫かれて飾られるか、コレクターに売られるかくらいはするかもしれない。
死んだ後にまで、僕を残されるなんて御免なんだ。
死んだらそのまま、捨ててくれと思う。
だけど、そうだ。
この後この幼女はどうなるんだ?
ずっとこのまま、この男に飼われ続けて生きるのか……?
そんな事を考えた所で。
僕にはもう、どうする事も出来はしないのに。
思考だけがぐるぐる回って、余計な事を考えてしまう。
動く事すら出来ない僕に、この子を助ける事なんて出来ないのに。
何も出来ない。
これじゃ、あの時と同じだ。
あの女のかんしゃくが、収まるのを抵抗せずただ、踞り待っていた時と。
せめて、せめて僕にもっと力があったなら。この幼女くらい、助ける事が出来たかもしれないのに。
「…………ごめ、ん……」
意図せず唇から溢れたそれは、告げようと思っていた訳じゃなかったけど。
死の淵に、誘われながらの僕のその声に。
「らいじょーぶ。たしゅけてあげゆよ」
囁いてニコリと、半裸の幼女がその目をすぅと細めた瞬間。
轟音と共に訪れた、目を焦がす赤と喉を焼く痛みに、僕の意識はそこで途切れた。




