11/4 Mの為に1
敵側side
N視点
※〇の為に、というのがありますが、其方とは一切関係ありません。念のため
闇夜に赤く紅く光輝く、丸い宝珠。
それが貫かれ砕かれるその瞬間が、コマ送りのように見え。
人間の、心の臓であるかのような泥人形達の、核である魔道具が勢い良く貫かれた、その時。
「っ!」
息を詰めるような呼気と、ざりという砂音を耳にして。
「! メノ!?」
M(妹)の、異変に気付き振り返ると。胸元を、心臓がある辺りを押さえMがその場に踞っていた。
その光景に戦慄する。
何故って、明らかにおかしいからだ。
人形がダメージを受けたくらいで、奏者、主であるMがダメージを負う事なんてあり得ない。
だってそうだろう?
その血、その魂を分け与えし使い魔が殺されて主がダメージを受けるのなら、誰もそんなモノを造ったりなんかしない筈だ。
使い魔の使用目的は、自身の目となり耳となり手足ともなる、有事の際には身代わりにも出来る、便利な使い捨ての駒としてのもの。
その駒を切って捨てた所で、主が傷付く事なんてない。
意のままに操れる、手のひらの上で踊るだけの、人形でしかないのだから。
それなのにーー
崩れただの砂へと還った人形と同じくするように、Mがその場に膝をついた。
陣を維持運用する為の、泥人形を動かす「動力」としているだけのMの方が。
意のままに操る為に泥人形達と僅かにその〈繋がり〉を維持している、僕やY、Zではなく。
泥人形達との繋がりはほぼ絶たれている筈の、Mの方が。
「そんな事」、あり得る筈がないーー!!
そうは思うけれど、目の前で起こっている事は夢でも幻でもなく、確かな現実だった。
「……さま……にぃさまぁ。…………たい…………いたぃよぅ……」
M(妹)の苦しげなその声が、嫌でも事実を突き付けてくる。
あり得る筈の無い事が、起こっているというその現状を。
Mが、異常をきたしているとしか思えない、確信と共に。
「……っ……」
今すぐMの傍へと駆けて、その痛み、苦しみを拭い去ってあげたい。
だけど、それは出来ない。
兄妹である前に、今の僕達は任務を遂行する為に此所にいる、仲間同士なのだから。
私情を、挟んでいるバアイじゃない。
その隙に、つけ込まれて瓦解する、なんて事にでもなったら……
部隊全体に損壊を出すような事は、避けなければならない。絶対に。
人工的に造られた〈魔法使い〉。その、なんとかといった感じではあるとはいえ一応の成功例である僕達だけど、様々な組織部隊の中で立場が高いかといえば、必ずしもそうじゃない。
神世の時代より遠く離れたこの現代で〈魔法〉を使える。それだけで特別視する者達もいるけれど、〈異端〉だと罵り格下に見る者達だって同じくらいいる。
酷い所では「実験体」だと、人扱いされないような所だってあるんだから。
事実、Mはつい最近まで、お偉い方々の「愛玩人形」だった。
僕はあの女(母親)が、妹を産んでいた事なんて知らなかった。
忍び込んだその先で、出会う事になるまでは。
何かの検体としていたあの女は、安定剤が切れると、決まって僕を殴った。
何度も、何度も。
それで死にかけた事なんて、数えるのすら嫌になるくらいにある。
普段は優しい母親。
だけど薬が切れると、豹変し凶暴になって新しい恋人じゃなく、実の息子である僕を殴る。
それで離ればなれにされた事だって、幾度となくある。
その時に養子にしてもらうなり施設に入るなりの、選択肢なんて幾つでもあった筈なのに。
子供って愚かだよね。
どんなに酷い事をされても。
殴られても、蹴られても。
それでも、それでも。
母親を求めるんだ。
優しかった時の微笑みを、抱きしめてくれたその温もりを、覚えているから。
僕もきっと初めの内は、そうだった。
もう一度会いたかったから、恋しかったから。あんな女でも、母親と認めて求めるんだ。
引き離されて落ち着いた頃、涙ながらに駈け寄られて強く抱きしめられたら、確かに嬉しい。
やっぱりお母さんはお母さんなんだって、思ってた。
だけど、共にいればまたくり返される、理不尽な暴行。
ほんの僅かな幸せの時と引き換えに、延々と続く地獄の日々。
そんな相反する生活の中で、僕の心は壊れて擦り切れて。
いつしかーー
あの女を殺す為だけに、そこに戻るようになってしまった。
アレを殺す。それが僕に課せられた、使命なんだと。
だけど僕は、僕の手であの女を殺す事は出来なかった。
失敗して殺傷事件を起こした事で、あの女と僕は、完全に絶縁する事になったから。
このままでは本当に、ダメなんだとようやくまわりの大人達が理解したんだろう。
あの女は外面を取り繕うのは上手かったし、僕も一応あの女の子供だからその辺は意識する事なくやっていたから、その時まで気付かれなかったんだよね。
その後あの女が病気であっさり、この世を去るまでの間の事なんて、僕は知らない。
あの女と絶縁して僕は少年院に半年いた後、なんらかの事情で子供を授かる事が出来ないという、ある夫婦の元に引き取られた。
そこで普通の子供として、暫く暮らしていたけれど。
どうしてもそこに馴染めなくて、ある朝僕はその家を飛び出した。
堪えられなかった。
無条件で向けられる微笑みが、伸ばされるその手が。
ただぬるま湯に浸かってぬくぬくとなんて、僕にはもう出来なかった。
気持ち悪くて吐き気がした。
いつか自分が養父母を、この手にかけるんじゃないかって。
だから、あの家を出た。
あの養父母と僕とは、住む世界が違ったから。
それからはまぁ、なんでもやったかな?
何かの見返りがないと、僕は僕を保てなかったから。
行きずりの人の所に転がり込んで。
悪行と言われるような事は一通りやったし、殺人まがいの事もしばしば。
気が付いた時には、当たり前のようにスラム街の奥に足を運んでいた。
そんな生活にも随分慣れてきた頃。
その日の僕は、「依頼」を受けて「仕事」をこなす為、ある富豪の屋敷に潜り込んでいた。
階級制度なんて廃止されて久しいのに、まだそれを笠に着て住民に高い税を強い、その区画に住む大半の庶民が酷しく貧しい暮らしをしているというのに、自分は巻き上げた税金で贅の限りを尽くした豪遊ぶり。
勿論市民達は黙っていた訳ではなく異議申し立てを唱えたけど、その富豪は武族の出らしく、武器を持つ事を禁じられていた庶民は勿論、町の治安を守る警備隊にも、易々と手が出せる相手ではなく。
誰も、その富豪が強いだなんて思ってはいなかったけど。しゃしゃり出てくるのはいつもお付きの二人組で、富豪の男は猟奇的な目を向けながら二人が制裁を加えるのを、笑みを含んだ表情をして、後ろから見ているだけだったんだから。
少し厄介なヤツがいるけれど、ごちゃごちゃとした街並みは様々な路が雑多に入り組み、ひっそりと隠れ住むにはうってつけの場所だった。
……でも、ただ柵が広くなっただけの、そこだって彼処と同じ牢獄だった。
流れ者の僕みたいな者達には、結構厳しい所で。
定住していないというだけで部屋代は他の人の三割増しだったし、何をするにも税金はかかるしで。
なら、ある所から頂戴するしかないよねというその結論に、至るのに然程時間はかからなかった。
手はずを整え、万全の態勢でその華美で豪奢な屋敷に潜り込み。
寝室の、大きすぎるベッドの側にある、暖炉の奥。その壁のつまみを決められた手順で回すと、隠し部屋へと続く扉が開かれる。
その奥が、宝物庫だ。
本来なら厳重な警備、防犯システムの万全な所に置いておくものなのだろうが、その富豪は誰も心の底からは信用なんかしてないヤツで。
大事なモノは、自分の目の手の届く所に置いておかないと気の済まないようなヤツだった。
それが僕らみたいなちょっと裏側に足を突っ込んだようなヤツらには、お誂え向きだとも知らないで。
きちんとしたガードマンがいる屋敷での仕事よりは、かなり楽な仕事だった。
僕が別のものに、気を取られてさえいなければ。




